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銀の翼を天使と呼んだ  作者: 早藤 尚
33/75

誰でもいいから俺の話を聞いてくれ②

 言われるままに腰を下ろし、唇を引き締める。


「さて、気を取り直して――、ゼロ」


 呼ばれて視線をあげる。

 爽やかとしか言いようがない――むしろそれ以外の感情が読み取れない笑みをたたえて、東雲は話を戻す。


「君が言いたいことは、こうでいいのかな? ひとつ、とばっちりを受けたあの人間の女の子にはもう構うな。ふたつ、自分はこれから人間界へ行く」


 指折り数えながら確認する東雲に、ゼロはやや警戒しながらも、黙って頷いた。

 東雲は何故か満足そうに笑みを深める。そして、


「君は自分の尻拭いくらい、出来るよね?」

「――東ワールゲンの軍……いや、王のことか」


 自分の主のこと以外で、尻拭いと聞いて浮かぶのは、それくらいしかない。

 黒衣の使徒は腕を組み長椅子にもたれると、


「おや、ゼロくんはなかなか察しが良い。ちなみに、どうしてそう思う?」


 問われたゼロはわずかに逡巡した。


「……最初に、あの騎士達と戦ったときだ。あいつらは、アリスが宿に火をつけたと思っていたはずだ。アリスを追っているはずなのに――何故かアリスを狙わなかった。俺から仕掛けたせいもあるのかもしれないが……それにしても、腑に落ちない」


 脳裏に当時の状況が甦る。あのとき、アリスに攻撃をしたのはひとりだけ。しかも、自分が一度蹴り倒した騎士だ。あの場にアリスもいることを知っていたはずなのに、誰ひとりとしてアリスを狙わない。

 ――これは、おかしい。

 それに、とゼロは言葉を続ける。


「やり合っているときに言ったんだ。向こうの騎士が……()()()()()()()と。俺を見て」


 あれは、間違いなく自分に対しての台詞だった。


「俺が人間の軍隊に追われなきゃならない理由は、あの火事で翼を出したからだとしか思えない。それ以外に狙われる理由が、ない」


 おおかた、翼を見られてしまったのだろう。想像に難くない。


「なるほど。……ま、人間は珍しいものを見ると、手に入れたがるからね。じゃなきゃ、狩るか」


 応える東雲の声音はどこか冷酷な響きを漂わせていて、あたかもそれが彼の身に降りかかった事実であるかのように聞こえた。


「……俺達の翼は、やっぱり珍しいものなのか?」


 背に翼の生えた人型の種族など、人間界にもいそうなものなのだが。


「羽や翼を持つ種族ならいるよ。でもそれはあくまでも、れっきとした体の部位だ」


 最年長の使徒は淀みなくゼロの質問に答えていく。教鞭でもふるうように。


「けれど、僕らのように、光の束ではない。彼らのそれは筋肉や血管がちゃんと繋がった生身だからね。まして、自由に発現させたりしまったりが可能かどうかは――解るね? まあ、そういう意味では、希少種だね、()()は」

「そう……なのか」

「今人間界に伝わっている、大概の伝承には『天使はその背に光の翼をひろげ』なーんて書いてあるから、もし翼を見られたら、天使と思われること請け合い」


 そう言って、東雲は愉快そうに口の端を吊り上げた。


(そういえば、アリスも俺のことを天使だと思っていたようだったな……)


 自分が出した、翼を目にして。ひどく驚いていた。


「『天使』なんかいないのに、人間はご苦労様だね」

「? 東雲、俺らが天使なんじゃねーの?」


 それまで黙っていた紫鳩が、不思議そうに口を挟む。ゼロの足元でしゃがみこんでいる姿はあまり行儀が良いとは言えない。

 東雲が首を傾ける。


「おや紫鳩くん。紫鳩くんは名乗るとき、自分が天使だと言ったことはある?」

「あるわけねぇじゃん。使徒なんだから。つか、そーじゃなくて、人間は俺らのこと天使だと思ってんじゃねぇの? ってハナシ」

「そうだとも言えるし、違うとも言える」

「はあ? 真面目に答えろよ」

「僕は至って真面目だよ?」

「――あ。そうか」


 ゼロの呟きに、東雲と紫鳩は揃ってこちらを見た。

 ふたりの視線が台詞の先を促す。


「人間が思う……人間界の伝承に描かれた天使と、俺達の特徴が同じなんだ」

「正解。さすがゼロ、察しが良い」

「は? 意味わかんねー」


 不機嫌そうに口を尖らせる紫鳩を見て、東雲はわずかに表情をゆるませた。


「だからつまりね、『天使』というのは人間が生み出した、空想の産物なんだよ。天に仕えてると思ってる、もしくは使いの役目だから、『天使』と名付けた。知ってか知らずか、それがたまたま僕らの特徴と合致している。ただそれだけ」

「ただそれだけ……って、んなわけあるかよ!」

「じゃなきゃ、原型は本来の使徒だったけれど、だんだんと変容して今のような微妙に食い違うものになったか。どちらかだね。人間にしても、数多の人間が同じ思想を抱いてるわけじゃない。あくまで一般的に広まっている認識であって、何をもって『天使の定義』となすかはきっと人間側だって理解してないだろうね。ただ人間では有り得なく、特徴がそれっぽいから僕らは『天使』と呼ばれる。もちろん、呼ぶ側の認識においてだけだけれど」


 そこで話を切り、東雲はゼロに改めて向き直った。


「と、いうことで、君は言わば勘違いされたまま狙われているわけだ」


 めぐりめぐって話の本題が戻ってきた。

 ゼロは神妙に頷く。


「……私達はお互い不干渉が基本だ」


 それまで黙っていた火神ユリウスが一歩こちらに踏み出す。


「私達?」

「天界。人間界。そして地界。現に我々『神』と名のつく者は、()()()()()()()()人間界に顕現することは出来ない」


 ただ、と火神はその端正な顔に憂鬱そうな表情を浮かべ、己の第一使徒を見遣った。

 東雲は気軽な調子で頷く。


「……なんだけど、今回火種をまいたのはこちらだし。あれ以上騒がれても困るし」

「……すまない。俺が翼を出したせいだろう」


 立ち上がり、潔く頭を下げる。どうやら巻き込んでしまったのはアリスだけではなかったようだ。みずからの至らなさに胸が痛む。


「そんなわけで、ゼロ」


 頭を上げ、ゼロはしっかりと黒衣の使徒を見据えた。


「君には贖罪もかねて、後始末をしてもらいたい。という条件付きで、人間界へ行くことを許可します」

「許可?」

「許可が不満なら、まあ力ずくでもいいけど。それは君が僕に勝てたらの話」


 爽やかな微笑をたたえる東雲の、本当の実力をゼロは知らない。主でもなければ眷属でさえない火神側の許可をもらわなければ行動ひとつとれない。そんな自分の状況に苛立たないと言えば嘘になる。

 けれど、確かに今は火神に預けられている立場。わざわざ逆らう選択肢を選ぶほど、ゼロはまだ自棄を起こしてはいなかった。

 黒衣の使徒は腕を組み、そこに悠然とたたずんでいる。


「……残念だが、俺はあなたと戦う気はない」

「へぇ。そう? それは確かに残念だね」


 台詞とは裏腹に、その声音はたいして気落ちしていないように感じた。


「じゃあ、条件をのんでくれるわけだ」

「ああ」

「うん、交渉成立。――まぁ、君が翼を出さなきゃいけなくなったのは、うちの香姫のせいもあるからね。途中までは僕もサポートしてあげる」


 それから、と東雲は紫鳩を指さして、


「紫鳩くんも連れていっていいから」

「――はあ!?」


 耳をつんざく大音量に、ゼロは顔をしかめた。

 紫鳩はたちまち跳びはね、拳を握りしめて抗議する。


「嘘だろ!? なんでまたコイツと一緒に人間界行かなきゃなんねーんだよ!? ぜってー嫌だからな!」

「紫鳩。行ってきなさい。お前、香姫を置き去りにしてきただろう」

「……っ!」


 火神の言葉に、紫鳩はぐっ、と息をのみこみ、最大級の不満を顔に出しながらも、渋々頷いた。


「わ、わかった……火神さま」


 了解の意を示しているのは台詞だけだ。その証拠に、なんとも恨みがましい視線がゼロに向けて送られている。


(…………)


 さりげなく目を逸らし、ゼロは東雲、そして火神に問う。


「具体的には何をすればいいんだ? まさか東ワールゲンの王を倒すわけにもいかないだろう」


 仮にも相手は一国の王だ。そんなことをすれば騒動どころか、戦争になりかねない。ことの微妙さにゼロは眉をしかめたが、対する東雲はひどくあっさりとしたものだった。


「別にそれでもいいよ?」

「――、いや、でも」


 あまりのことに反応が遅れる。


(いくらなんでもそれはないだろ……)


 無謀というか、もはや無茶苦茶だ。


「あ、そうだ」


 東雲が何かを思い出したように、ぽん、と手を打つ。そして部屋の隅に置かれた水瓶を手ぶりで示した。


「ふたりとも、当の王様の顔を知らないよね。見ていくといいよ」


 促されて視線を移した先で、ぼんやりと火神の紋章が浮かび上がる。それは水瓶の手前、空中でしだいに輝きと大きさを増し、やがて円を形成した。

 小窓ほどに広がると輝きを落とし、淡い淡い光へ変わる。揺らぐそれへ寄せてさざなむ波紋の中心に、うっすら映るものが見えた。

 城だ。

 堅牢そうな、立派な城である。いくつもの塔をまとい、緑豊かな庭園をはべらせた姿は、厳かでもあり、美しくもある。天辺(てっぺん)に見えるのは鐘のようだ。かなり大きいものだ。


「これが東ワールゲンの王城。――で」


 ふわり、と映像の視点が城へと落ちる。

 塔に囲まれた、白色の館。広い石造りのバルコニーに流れ込む、清らかな朝日。その中央にたたずむ影がある。

 人間の青年だ。

 装飾の多い衣服だった。身分が低いようには見えない。


「これが王様」

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