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第七話 伝説の終幕


「すいませーん! ヤンさんはいますかー?」


 扉をたたく音とともに聞こえてきたのはまだ幼さの残る元気いっぱいな声だった。声の主に心当たりはある、というか村から離れたこの家にやってくるのは極々少数なのでおのずと絞れてくるのだが。


「やあ、アッシュ君。やけに慌ててどうしたんだい?」


 ドアを開けると案の定、予想した通りの姿が。内から一番近いところに家を構えてる(それでも歩いて40分くらいはかかるが)ところの、次男坊だ。元気にあふれ、底抜けに明るい彼はまだ小さい子供たちのリーダーをしてる。


「内容自体はいつものなんですけど。へへっ、途中で雨降ってきたんで、走ってきたら焦っちゃいました。」


 つい先ほどまではパラつく程度の雨だったのが、今は音を立てて激しく打ち付けている。雨具もなしに外出するのはちょっとためらうレベルだ。

 その中を走ってきたというのは本当らしく、アッシュ君は全身がびしょぬれになっている。


「すまないな。こんなな雨の中、わざわざ。」


「いや、こんくらいなんてことないっすよ!」


 ちなみに、連絡に来てくれた理由はいつもの商人が村にやって来たからだ。肉や野菜なんかは自給自足できるが、調味料なんかは商人を通してじゃないと手に入らない。町の方まで足を延ばすという手もあるが、畑を数日間放置することは難しいからな。

 一月に一度くらいしか来ないもんだから、この機会を逃すとちょっとやりくりが大変になる。



「うわ、アッシュ! あなたなんでそんなズブ濡れになってるのよー!」


「あぁ!? 仕方ないだろ、外メッチャ雨降ってんだから!」


 後ろからフェマが口を出してきた。なぜかさっきまではつけてなかったエプロンと頭にちょこんと髪飾りをつけている。


「まったく、そのままじゃ風邪ひくわよ、アンタ。ほらタオル貸してあげるからそれで体拭きなさい。」


「お、おう。サンキュ。」


 フェマは手に持っていたタオルをボフンと投げ渡す。アッシュ君はちょっと申し訳なさそうにこっちを見たが、俺がコクリと頷くと体をふき始めた。


 ある程度水気が取れた時点でめんどくさくなったのか、中途半端な所で切り上げようとしたアッシュ君。しかし、フェマが「まだ濡れてるでしょー!」と言いながらタオルを奪いとって髪をワシャワシャとしようとして、抵抗しようとするがされるがままになっている。

 アッシュ君の角度からは見えていないが、フェマがとってもいい笑顔をしている。

 ……血って、争えないんだなぁ。



 されるがままになってることへの反撃というわけじゃないのだろうが、顔を赤くしながらいつもと違う格好に突っ込むアッシュ君。


「つ、つかなんだよ、その恰好。」


「見ての通り、今から料理するところだったんですけど? ……なにその、お前料理すんのかよ、みたいな顔。」


「え、だってヤンさんメッチャ料理すんのうまいじゃん。普段から作ってるもんだと思ってたわ。全然そういうイメージなかった。」


「たしかに、お父さんほど美味しくは作れないけど! 私だって女の子なんだから、少しは作れるんだから!」


「え……ディアは?」


「あの子は例外よ。」


「……本人の前で失礼な。」


 ことがディアに波及したとき、やけにきっぱりした口調で否定したフェマに少し笑いが漏れそうになっていたが、急にディア本人の声がしたことでビクッとしてしまう。



「お父さんも、なに笑ってるの。それにダラダラしすぎ。」


 やっべ、確かに結構な時間が経ってしまってる。初々しい二人を見てるのが思いの外楽しかった。


「余ってるのをいくらかと、外套を持ってきた。さっさと行ってくるべき。」


「おお、ありがとな、ディア。それじゃあ行ってくる。」


「じゃあ俺も……。」


「アッシュ君はうちで待っていてもいいぞ? たぶんそこまで長く降る雨じゃないだろうしな。」


「「え。」」


「……ん。了解した。お姉ちゃんが作るご飯を食べながらでも、ゆっくり待ってる。」


「ちょちょちょちょちょっと! 何言ってんのよ!」


「え? え? え?」


 混沌としてきた場を見るのも面白そうだが、商人のところに行くのが遅れるのもマズい。

 というわけで隠れて見ていたいという気持ちを抑えて、ササっとラン三世に飛び乗り村の中心へ向かう。


 ぬかるんだ道も、雨で悪い視界も問題はない。この20年間何度も走った道だ。歩けば一時間くらいの道のりでも、15分程度で走ることができる。

 ラン三世には雨の中走らせることになって悪いな、と言うと、『このくらい大したことねえよ。まだまだ俺はやれるぜ。』と、自信ありげにヒヒーンと鳴いた。

 もう25年間も一緒にいる。コイツがわざわざ強がりを言うってことがどういうことか、何となく察せられる。


「そうか。」


 でも今は、ただそれだけでいい。



     ◆  ◆  ◆



 村の中央、広場になってるところに商人は来ていた。


「おやおや、お待ちしていましたよ。ヤンさん。いやはや、雨の中大変でしたでしょう。」


「それはお互い様だろ、クルトン。しかし、今日はやけに景気がよさそうだな? なんかあったのか?」


 もう顔なじみになってる商人―——クルトンとあいさつを交わしながら、気になったことを尋ねる。

 こいつはこの村まで行商に来る唯一の商人なんだが、いつもは馬車一台しか持ってこないのに、今日は二台並べてやがる。それに雰囲気がやけにわくわくしてるっていうのか、ずいぶんと明るい。


「ええ、ええ、それはもう! 今はどこへ行っても羽振りが良くてですな。荷物も増えてしまうというものです。」


「へえ、よっぽど大それたことがあったらしい。なんだ、魔王でも倒されたのか?」


「おやおや、知っていたのにそんなことを言うとは人が悪い。」


「ん?」


 適当に冗談を振ったつもりが、なんか真剣に返されちまった。これはひょっとして……。



「ご存知の通り、勇者アイズの手によってついに、ついついに! 魔王が討たれましたので! それはもう景気は良くなろうというものですな!」




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