第六話 20年
小さな墓石の前で手を合わせる。
いつ行くと決めているわけではない。ただ、ふとした瞬間にここに来たくなる。俺の愛する人……イリスが眠る場所。
最初の内はそれこそただの同情だった。まともに飯も作れない、それでいて女一人で暮らしているお前を放っておけないな、なんて軽い気持ちでしかなかった。
だけどいつからか、お前の笑顔が見たいと思うようになった。俺が作る飯を幸せそうに食べるお前の隣にいたいと、楽しそうに話すお前の笑顔を俺が独占したいと思った。
それを自覚したきっかけは何だったかな。お前が『あなたの作るものはもう食べません!』って言って喧嘩したときだったかな。それとも風邪を引いて苦しそうなお前の看病をした時だったか。
……きっかけなんてどうでもいいか。ざっと思い出すだけでお前との楽しい記憶はいくつも蘇ってくる。その一つ一つが俺にとってかけがえのないものだ。
当時の俺はかっこつけて言葉にすることは少なかったかもしれないが。それはちょっと、いやかなり心残りだったかな。そんなこと言うと『そのくらい言葉にしてもらわなくたって伝わってますよ。ヤンの考えてることくらいお見通しですから。というか、顔に出やすいんですよ。顔に。賭け事をやったらむしり取られて破産してしまう人ですよね、ヤンって。』とか言ってきそうだが。
……いや、あれだな。これ、初めて想いを告げた時に言われた言葉では。
20年もたってるから前後関係が曖昧だけど、確か……そう、昔の仲間たちが俺抜きでも活躍してるって噂を聞いてやけ酒に走って酔っ払って……うん、思い出すのをやめよう。ろくでもないことが蘇ってくる気がする。
まあイリスも『だから私が賭け事なんてできないように私が傍にいてあげますね。』って言ってくれたし……。
そうやって思い出に浸っていると、結構な時間が経っていたのか雨がパラついてきた。濡れては叶わんと急いで家に戻る。
「ただいまー。」
一声かけて家に入る。すると「「おかえりー」」と二人分の返事がする。我が家の二人の姫たちだ。二人とも家にそろってるのは珍しいな、と思いつつ外の天気のことを思い出して一人納得する。
「お父さん、遅いよー! 今日は料理教えてくれる日だって言ってたじゃん!」
「……うん、時間にルーズ、よくない。ちゃんと反省するべき。」
元気いっぱいに扉を開けて飛び出してきたのはフェマ。その後ろから静かに声をかけてくるのがディア。双子なために見た目はよく似ているものの、性格は全然違うのが面白い。ちなみにフェマが姉でディアが妹である。
一応、見分けがつきやすいようにフェマは髪を後ろで一本にまとめるポニーテールに、ディアはツインテールにしている。まあ髪型を変えられたところで見分けるのはそこまで難しくないのだが。
二人ともイリス譲りの真っ黒な髪色をしていて少し羨ましい。俺はやや赤が入った髪の色なので家族で並ぶと俺だけ浮くのだ。
しかし、そうか。今日は料理を教える日だったか。食事はもっぱら俺が作ることが多いのだが、それに任すとマズいということもあって、月に1,2回は一緒に料理を作りながら簡単な手ほどきをしている。約一名すでに手遅れになってしまったのもいるが。
「すまん、すまん。仕事終わりに母さんのところに寄っててな。それよりどうだ。今日はフェマとディアの二人だけで作ってみるというのは。」
「えー、なんでよー?」
「そろそろ俺の助けが無くても簡単なものくらい作れるだろ? なに、ちゃんと後ろで見といてやるから、さ。」
子供の成長とは早いもので、もう15になる。やや寂しくはあるが嫁に行くなど言い出してもおかしくはない年だ。料理以外の家事はうまく分担できていて及第点は出せるのだが。
「……私は別にできなくても、いい。どうせ、上手にできないし。」
「いや、それでどう生活していくつもりだ。」
「……料理のうまい人を見つける、とか? それに一応、最低限はできる。」
その料理の上手い人とやらに俺が入ってる気がする。一応働いてはいるとはいえ家から出る気配がないというのがなぁ。父としては安心できるのだが、親としてはそれでいいのかという気持ちになってしまう。
「お姉ちゃんみたくやりたいことが決まってるわけでもないし……。」
「べ、別に、私も特にやりたいこととかないけどね!? まあだから料理の修行は頑張りたいんだけど!」
「……披露する相手がいて、羨ましい(ボソッ)」
「なんか言った!?」
顔を赤くしたフェマがディアをがくがくと揺さぶる。フェマの恋路は公然の秘密というか知られてないと思ってるのは当事者二人だけだから……。
フェマの方は将来安泰そうなんだけどなぁ。相手の方も知り合い、というか同じ村の子供だから良く知ってるし。ただ、ここに口を出すと娘二人から容赦なく責め立てられるので聞かないふりをしておく。
で、落ち着いたころにもう一度話を振りなおす。
「ま、作るのは簡単なものでいいし、最初から最後まで自分たちでやるってのが大事なんだ。とにかくやって見ろって。」
「「はーい!」」
と、いい返事が返ってきたその時。
ドンドン! という扉が激しくノックされる音が聞こえてきた。




