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第五話 飯マズ一家で育つって辛いよね


 材料を用意します。

 次に、丁寧に下拵えします。香草は固い部分を取り除いて、お肉は叩いて柔らかく。あらかじめ塩を揉み込んでおいて味付けをするのも忘れない。

 付与魔法を使って素材の味を引き出します。

 あとはさっと炒めて、はい完成。


「ちょっと待ちなさい。おかしな工程が紛れ込んでいるのですが。」


「そうか? 普通だと思うけどな。」


 まあ、プロの料理人の中では、という但し書きがつくが。魔法を使って味の向上をはかるのは一流のコックなら出来て当然だ。

 もっとも、料理人ですらなく、料理魔法ではなく付与魔法を使ってこんなことができるのは俺くらいだが。


「ず、ずるいです! ずるです! そんなの無効です! そんなことしてまで勝って嬉しいんですか? 人としての尊厳がないんですか!?」


「うるせえ、とりあえず食え。」


 別に勝負していたわけでもないのに、ワーワーと騒ぎ立てるのが煩わしかったんで、香草炒めをイリスの口に無理やり突っ込む。


「あふっ!? でもうま!?」


 最初こそ目を白黒させてたが、次第に静かになって幸せそうにはにかむ。

 初々しい反応にこちらも少し嬉しくなる。




 さて、こんなことになったのは俺がイリスに助けられてから三日目。ようやく普通に動けるようになって真っ先に、厨房の権利を奴から奪おうとした結果である。


 奴はなぜか料理を食べさせることに並々ならぬ執着を持っていて、簡単には明け渡してくれなかった。

 確かにまあ、寝込んでいる二日の間に出てきた料理は、なるべくおいしくなるようにという工夫の痕跡が見られて少しほっこりした部分もある。

(本人曰わく、『気分ですよ気分。まさか、あなたのために少しでも美味しい物を作ってあげよう、みたいなことを私が考えているとでも? ええ、たまたまお婆様が残してくれた本に料理のことが載ってたので実践してみただけですから。』らしい。)


 だが! 一向に改善されない味にはもううんざりだ。

 そんなわけで、お礼だから! ということを前面に押し出して一回だけ料理できるチャンスをもらった。


 腕によりをかけてとびっきりのごちそうを作ってやろうとしたものの、厨房を見て愕然とした。いや、厨房とすら言えないな、あれは。

 まともな調理器具すらそこにはなく、ビーカーやらフラスコやら、果てはよくわからん注射器まで転がってるときた。まさしく魔女が使う儀式上か何かと見まがうほどだ。


 なんとか関係のないものを片付け、物置からフライパンなんかを引っ張り出してくるとかろうじて調理台といえそうなものが出てきた。横にうず高く積まれてるおどろおどろしい備品に目をつむれば、だが。



 しかも、さあ料理を始めようと残ってる食材を聞いてみれば、そこにある食材は何の肉かもわからない干し肉と、食材と言っていいのかも定かではない薬草の束だけ。ギリギリ岩塩があることが料理をする場としての体裁を保ってるといってもいい。

 困難でまともな料理ができるわけないだろとキレかけたが、なんとかそれっぽいものを作ることに成功した。ぶっちゃけ、付与魔法がどうのとか、下ごしらえがどうのとかいう前に、調理できる環境を作るのが一番大変だったと言ってもいい。

 

 

 

 まあ、うまそうに食べてくれるのであれば、その苦労も報われたと思えるが。にしても、こいつ、ほんとに幸せそうな顔で食べるな。そんなに上手くできたか? 

 

 そう思って、俺も一口食べてみるが……まあ、普通。せいぜい、あの食材からよくこの味にできたな、とは思えるが決してうまくはない。正直、イリスの舌を肥えさせて料理の権利を奪い取ろう作戦は失敗だったんじゃないかと思った。

 ……いや、今までのこいつの飯のことを考えれば、これも相当うまい部類に入るんだろうが。

 なんか幸せそうな顔をして食べているイリスを見るのが少しつらくなってきた。

 

「どうしたんです。目に涙なんか浮かべて。何か変なものでも食べました?」


「いや……。うまいか? と思ってな。」


「ぐぬぅ。悔しいですが負けを認めざるを得ません。こんなに美味しいものを食べたのは生まれて初めてです。」


 そうか……。大変な人生だったんだな。


「むむ、なんですか。なんかこっちを憐れむような目で見てきて。結局、魔法を使ってるなんて反則です! やり直しを要求します!」


「うんうん、これからは俺がうまいもの作ってやるからな。」


 せめてこのくらいの料理じゃ満足できないくらいには舌を肥えさせてやるから。



◆   ◆  ◆



 そんなことを思ってから……20年の月日が流れた。

 

 

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