第四話 今更ながら自己紹介
「……いいんです。別にマズいなんてこと分かり切ってたんですもん。」
どうせ私は出来損ないですよなんて言って悪びれてるが、そもそも分かってるんなら食わせんなや。
「だって私の料理を食べたのなんてお婆様くらいでしたので、ひょっとしたら万が一くらいの可能性で私とお婆様の味覚が正常じゃない可能性があるじゃないですか。……ああ、ひょっとしたらあなたも自分の味覚がヤバいことに気づいてない破綻者の可能性も。」
「うるせえ。自分の料理がマズいのを人の味覚のせいにするんじゃねえ。こちとらパーティーメンバーに飯作れって言われるくらいには優れた味覚を持ってるわ!」
言ったのは自分だけど、アイツらの顔が浮かんできてちょっと腹立つな。せっかく大きい町に居を構えてたのにどこかに食べにも行かずいつも俺に飯をたかってきてたし。まあ人よりうまい飯が作れるとは自負してるが。
「ぐぬぅ。そう言えばそうでした。まあ、どうせ大したことないのでしょうけど。実際私のと大差なかったりするのではないですか?」
「かっちーん、そいつは聞き捨てならねえな。よりにもよってお前の劇物紛いの料理とも言えないなにかと比べるとか。身の程ってものを知った方がいいと思うぞ?」
「言ってくれますね……。それなら今度その腕前を見せてもらいましょうか!」
「今度……? ちょっと待て、むしろ明日からでも俺に作らせてくれ、いや作らせろ。」
「何言ってるんですか。まだ動けるような調子じゃないでしょうに。そんなに寿命を縮めたいんですか。それとも、今ここで引導を渡してあげましょうか?」
こいつの飯を何日間も食わされるとか、それこそ寿命をどぶに捨てる勢いで浪費しそうなんだが。
「大丈夫だ。自己管理くらいしっかりできる。」
「森の中でさまよって餓死しそうになった奴の言葉とは思えませんね。」
それを言われると弱い。が、あれには理由があったからだ。
「その前の三日間で魔力も体力も使い果たしてたからだし。万全の状態だったら問題なかったはずだし。」
「そもそもその状態で森に踏み込んだこと自体がダメだと言ってるのですが。というか、最初に迷ったと判断したタイミングでなぜ引き返さないんですか。バカなんですか?」
「確かに!」
「気づいてなかったんですか……。頭の出来を心配しなきゃいけないレベルなのですが。」
い、いや、そん時は食べ物に釣られてふらふらしてたわけで。普段の俺はもうちょっと頭が働くはずだ。……はずだ。
「ホントに大丈夫ですか? 自分の名前とかちゃんと言えます? 年齢は?」
「俺は迷子じゃねえ。バカにすんな。」
「……まあ、そのことは抜きにして名前くらい教えてほしいのですが。成り行き上連れ込んで助けましたけど。よくよく考えたら見ず知らずの成人男性と家に二人きりとかヤバいなって思いましてですね。」
「変な言い方をするんじゃない。別にこの家には一人でも、すぐ隣とかに誰かいるだろ。」
「いませんよ? 一番近い他の家は私の足で歩いて一時間くらい先です。」
……は? 女で一人暮らしとか珍しいとは思ったが、どうやって生活してるんだコイツ。
「お婆様が変わり者、というかここら辺では恐れられてたらしくてですね。辺鄙な所に住まわされてるんですよ。
ほら、私のことが知りたいのならあなたもちゃんと自分のことを私に教えてくださいよ。不公平です。」
「……ヤンだ。冒険者……一応、元がつくか。パーティー内では付与士だった。」
「はい! 私はイリス=ミューズと言います。薬師見習いですかね? お婆様が死んでから三年くらいはここで一人暮らしです。まあ料理の腕は壊滅的ですが、それ以外はしっかりとこなせるスーパーレディなわけで……」
イリス=ミューズ? 聞き覚えがある……というか数十年前のことにもかかわらず、今もなお恐怖と共に語られるあの名前に酷く似ている。
「おいちょっと待て。お前、『破滅の魔女』アリス=ミューズの関係者だったのか?」
「なんですか『破滅の魔女』って。関係ないこと言わないでくださいよ。まあ確かにお婆様の名前はアリスですけど。でも、破滅なんてお婆様に似合う言葉とは思えませんし。それより、ほら、他に言うことありません?」
「ああ、そうだった。薬師見習いってなんだよ。20にもなって一人立ちもできてないのか?」
「私はまだ18です! ちょっと、ひどくないですか!?」
「知らん。どっちにしろ、いまだに見習いってのも、なあ?」
「アナタだって同じくらいでしょう!」
「俺はこう見えても25だ。それにお前くらいの時にはもうとっくに独り立ちしてたわ。」
まあ、他三人と一緒に生活自体はしていたが。親元を離れたということなら13の時には済ませてた。
「うぐぐ……。わ、私だってお婆様が許してくれてれば……。」
そうして言い合っているうちに、ひどく眠くなってきた。まだ体が本調子じゃないからか、睡魔にあらがうことも難しい。
「あ。ちょ、ちょっと、何勝手に寝ようとしてるんですか! それ私のベッドでもあるんですけど!」
「ん、悪い、ちょっと無理。瞼がくっついて離れようとしない……。」
少しの間は何か言ってる気配がしていたが、すぐに静かになった。
すまん。でも、おやすみ。