第三話 そうゆうとこやぞ、お前
「……ということがあって、森の中をさまよってた。」
「なるほど。」
腹を壊してからも数日間森の中を歩いていた結果、俺はいつの間にか気を失って倒れていた。多分栄養失調だと思う。そしたらいつの間にかこの女の人に助けられていた。
「びっくりしました。急に人を背中に乗せた馬がやってきましたので。なにか大事があったのかと心配していたのですが、予想以上にくだらない理由で拍子抜けです。」
ラン三世が連れてきてくれていたらしい。アイツ……森から抜ける方法分かってたのかよ。俺の苦労は一体何だったんだ。
「しかし、あんたもお人好しだな。見ず知らずの人間をこうやって家にまで上げて看病してくれるとか。」
「助けてくれたことへの感謝も言えないのでしょうか。仲間から見放されたというのも当然ですね。」
「うぐっ。わ、悪い。助けてもらったことには感謝してる。」
やけに当たりが強いようにも感じられるんだが。いや、助けてもらったのはこっちなんだから文句を言うんわけじゃないんだけど。
「それに助けると言った覚えもありませんが?」
「は? いや、もう十分助けてもらってると思うが?」
「あなた、自分の状況を分かってますか? ほとんど飲まず食わずだったせいで餓死寸前なんですよ? ベッドから起き上がることもできないでしょう?」
うわ、ホントに体動かねえ。でもぐっすり寝れたせいか魔力は回復してる。これなら何とかはできそうか?
「このままあなたを見殺しにしてあなたの身ぐるみを剥ぐことだって……無一文でしたっけ、あなた。えっと、それなら……外にいる馬を私のものにするというのもいいですね。」
「馬って、ラン三世のことか。」
「ラン三世。センスのかけらもない名前ですね。あの子がかわいそうです。」
……なんで一々ディスってくるんだろうか。
「とにかく、あなたの生殺与奪の権利は私が握っているということをゆめゆめ忘れないで……」
自分自身に支援魔法をかけて体を起こす。あちこちがバキバキと音を立てて痛む、がまだ動ける。なに、一日三度死ぬ男と揶揄されていたのは伊達ではない。下手なアンデッドより生死の境界を反復横跳びしている俺の経験をなめてもらっては困る。
「って、なに動いてるんです!?」
「いや、これ以上世話になるのも悪いしな。さっさと出て行こうかと。」
「いや、そもそも何で動けるんですか!? 普通なら一歩も動けないはずなんですが!? ですが!?」
「んー。まあ慣れだ。」
「慣れって……。いやその前に! なんで出て行こうとするんですか!?」
「だって、なんか危険そうだし……。」
「へ、へえ。あなたは森で倒れたところを助けてもらったという立場でありながら、その恩を返そうともせずに行ってしまおうとするんですね。そんな血も涙もない冷酷な人だったとは……。」
「……。」
「いえ、いいんです。だってあなたを助けたのは完全に私の善意で会って、別に見返りを期待したわけではないのですから。『こんなぼろっちいとこなんかいられるか、さっさと出て行きたい!』ということでしたら、どうぞご遠慮なく私の善意を踏みにじりながら行ってしまえばよいのです。」
「ええい! 何が言いたいんだよ!」
「あら、出て行かないのですか?」
「お前がグダグダと言うから出て行こうって気持ちも萎えるわ! ほれ、何か言いたいことがあるなら言えよ! 俺にできることならなんでもやってやるから。」
「いい、のですか?」
「おう。あ、でも変なのはダメだからな。借金を肩代わりしてほしいとか、ラン三世を譲ってくれとか。」
「そんなことは言いません。ちょっと料理を食べてほしいだけですから。」
「料理? どうしてまたそんなものを。……毒か?」
「し、失礼な! ちゃんと私が丹精と愛情を込めて作った物ですよ! せっかくあなたのために作ったのに、出てくなんて言って無駄になっちゃうところだったんです!」
「いやだって、助けないとか言ってたじゃん……。」
「助けないとも言ってないですー。なんですか、ちょっとした乙女の照れ隠しじゃないですか。そんなことも分からないんですか?」
「はいはい、分かった! 分かったから! 食べさせてくれよ!」
「食べさせてもらう立場なのにずいぶんな物言いですね。頭が高い。」
「……食べさせてください、お願いします。」
め、めんどくさい……。
で、ベッドの上で待つこと十分ほど。何やら湯気の立つ器を持って戻ってきた。
「……なあ、ホントに毒とかじゃないんだよな?」
「え、ええ。ちゃんと食べれる材料だけで作ってるはずです。今までお腹を壊したことは片手では数えられませんが、両手の指の数よりは多いです。」
「いや、可能性があるだけで十分だよ……。」
器の中に入っていたのは緑色のどろりとしたスープ。まず緑色って時点で突っ込みたいが、スプーンを入れてかき混ぜると漂ってくるこの臭気もやばい。冒険者時代にまずいと噂のポーションを一気飲みしたこともあるが、あれでもこれほど邪悪な匂いはしていなかった。
中にいくつか肉片も入っている。食べやすいように細かくしてあるのは非常にありがたい。火の通った肉を食べるのは久しぶりだし、脳内補正で何とかいけないだろうか……いや、無理だわ。この世の終わりみたいな色合いをしてる肉を口に含む勇気は俺にはねえ。
というかそもそも、大丈夫だよな? この弱り切った体にいれても大丈夫なものだよな? 食べたとたん、これが致命傷になるとか、それはさすがに嫌だぞ?
チラッと相手の方を見ると、やや申し訳なさそうな感じに目をそらされる。
「だ、大丈夫。私が食べてるのはいつもこんな感じですし? 栄養があるのだけは保証できますし?」
「おい。味についての保障をしろ、味の。」
「う、うう。食べるって言ったじゃないですかぁ。あれは嘘だったんですか!?」
……確かに、それを持ち出されると痛い。でも、その時はこんな劇物が出てくるなんて思ってなかったし。
いや、よく見ると手間はかかってる。まずい物を食べさせようと思って作られたものではないのは分かる。むしろ食べる側のことをよく考えて作られた一品ではあるんだが。
「……。」
じっとこっちを見つめてくる視線が俺の良心にチクチクささる。
「……よし。」
意を決して一口、舌先に運ぶ。ひょっとしたら美味しいかも……いやそれはないな。でもさすがに『まずい』と直接声に出して言うのは失礼だろう。感情を消せ。頑張れ、俺。何とか耐えきって、お世辞でもいいから『うまかった』って伝えなければ……!
「うん! クッソマズいわ! 分かってたけど! 信じられないほどクソマズい!」
……我慢できなかった。
……ごめん、せめて美味しいご飯が作れるように教えるから。それで勘弁してくれ……。
頑張って作った料理をスルーしないでほしくて、頑張って料理を食べてもらえるように誘導してたと思えば少しは可愛く見えてくるはず……無理だな。
どうしてこうなった。