閑話 冒険者ギルドでの一幕
ギルドの中に入った私たちを迎えたのは非日常的なワンシーンだった。
血と汗の匂いが染みついたカウンター。そこに並ぶゴツい武器を持った人たち。奥では何人もの人が依頼の処理で右往左往している。
視線を横にずらせば、大金を受け取ったからかお酒を飲んだくれている人、人、人。顔を赤く上気させ、大声をあげて騒いでいる。お祭りなのかと疑ってしまうが、今日はまだそこまで騒ぎになってないなと、お父さんが言っていた。
つまりこれは、いつもの日常ということなのだろう。ちょっと怖い。
お姉ちゃんも同じ感じで、二人とも数瞬固まってしまった。いつまでも入り口を塞ぐわけにはいかないと、中に向かって歩き出すと、大柄な男に話しかけられた。
「おいおい。嬢ちゃんたち。ここは遊びで来るようなとこじゃないんだぜ? 悪いことは言わないからさっさと帰ってパパかママに抱っこしてもらいな。」
どうやら、幼い女性の二人組というのは珍しいらしく、比較的近い位置にいた奴に目をつけられたらしい。
「遊びじゃないし。」
「いやいや、子供二人で何をするつもりだ? まさか『私冒険者になるー!』とか言い出すんじゃないだろうな?」
「そのまさかに決まってんでしょ!」
冷やかし半分みたいなところもあったし、そこまで面白そうな所でもなさそうだから私として早く出て行きたいのだけど、お姉ちゃんがムキになってしまった。
その男は多少面食らった表情をしていたが、やれやれと顔を振った後に後ろを振り返り、何事かを頷くとお姉ちゃんを諭し始める。
「いいか、冒険者ってのは楽しいもんじゃねえんだぞ。物語なんかじゃ面白おかしく書かれることだってあるが命の危険にさらされるってのは辛いぞ? 恰好を見るにちゃんと食わせてもらってんだろうし、こんなところに来る暇があるのなら親孝行の一つでもしてやれって話だ。」
「違うっての!」
「それじゃあ勇者様とお近づきになりたいんですーってか? やめとけやめとけ。あの人たちはそういうことに興味ないし、強い奴じゃないとかまってくれないからな。」
「違うって言ってるでしょ!」
あ、お姉ちゃんがキレた。
「私だってちゃんと覚悟くらいしてるわよ! イノシシなんかを狩ったこともあるし! それに、これでも村で一番強いって言われてるんだから!」
「あぁ……? 村? それで一番強い……?」
なぜかその男はまじまじとお姉ちゃんの前進を見つめた後、フッと笑ってある提案をした。
「とてもそうは見えんがなぁ。もし、そうだってんなら俺を一発殴って見ろよ。」
「何言ってるのアンタ。」
「俺はお嬢ちゃんに殴られたって痛くも痒くもないってことだよ。それともどうした? 自信が無いってか? 自信満々だった割には随分と臆病なんだな?」
「言ってくれるわね……。」
正直、お姉ちゃんはこういう煽りに弱い。大抵はその馬鹿げた力で粉砕することが多いけど。
やる気になったお姉ちゃんは拳を構えて、そのまま一歩近づく。
「言ったからには避けんじゃないわよ。」
「ははは。その強気がいつまで保つかな。これでも俺はCランクの——————」
相手が何事か言っていたが、気にせずお姉ちゃんが踏み込む。正直、私に分かったのはこれだけだった。
次の瞬間見えたのは、吹っ飛ばされたお姉ちゃんとその場で腕をさすりながら立っている男だけだった。
お姉ちゃんは、バキバキバキバキッ! とすごい音を立てて机にぶつかり、上に乗っていた飲み物や料理を辺りにぶちまける。そこら辺の椅子とかを巻き込んで完全に埋もれていて姿は見えない。
その席に座っていた人から「やりすぎだろー!」とか「ちゃんと奢れよー!」といったヤジが飛ぶが、こういった荒れ事には慣れっこなのか平常運転だ。
だけど、私は気が気でなかった。正直、お姉ちゃんが負けるとはこれっぽちも思っていなかった。お父さんがお姉ちゃんに『お前くらい強いのは王都にならゴロゴロいる』って言ってたけど、釘をさすだけだと思ってた。
ドンッ、と音がすると崩れていた机と椅子が吹き飛んで、下からお姉ちゃんが出てくる。それも完全にキレた時の表情で。
そのまま怒りに任せて下手人に襲い掛かる。
……止めるべきなんだけど、あそこに入り込むのは私にはできそうにない。いやだって、何してんのか全く分かんないし! なんか移動して、そのたびに机とか椅子が辺りに散らばってるのは分かるんだけど、あれに入り込むなんて私には無理!
周りの人が止めてくれないかな、と思って見渡すも。誰もかれも「いいぞー! もっとやれー!」と煽ってばかりだし。しれっとお酒と食べ物持って避難してるのはさすがというかなんと言うべきなのか。
というか、こういう出来事にも慣れてるの? ちょっとドン引きなんだけど……。
とかなんとかおとなしく見てるのが良くなかった。お姉ちゃんが暴れ出した時点で見なかったふりをして宿まで戻ればよかった。
真っ二つに割れた椅子が私の方を目掛けて飛んでくる。どんな力を加えたのか、ちょっと私が反応できる速さじゃない。
私にできるのは、恐怖に怯えて目を瞑ることだけだった。
一秒、二秒と目を閉じていても衝撃は来ない。恐る恐る目を開ければ目の前にはすれすれでキャッチされている椅子と、それを受け止めたらしい黒いフードをかぶった人。
「大丈夫でしたか?」
と問いかけてくれる優しさまで持ってるらしい。
全力でコクコク頷くと、フードの下の顔がにっこりと笑ってくれる。
はあ~~~と声にならない悲鳴を上げながら、じっとその顔を見つめる。
「……? どこかでお会いしたこと、ありましたか?」
「い、いえ! ないと思いますぅ!」
「そうでしたか。……おっと。」
そうしてる間にもう一本、今度は椅子の足の部分だけが飛んでくる。
「このままでは少し危ないですね。止めてきましょう。」
「あ、片方はお姉ちゃんなのですけど、ちょっとくらい痛い目に合わせちゃってください……。周りのことまで目に入らなくなってるみたいなので……」
それを聞いてパチクリと目を瞬かせて苦笑した。
「それは……少し難しいですかね。なにせこれ以上恨まれるようなことはしたくないもので。」
その言葉の意味はよく分からなかったが、歩き出していってしまったので聞き返すことはできなかった。
そして、宣言通り一瞬で喧嘩を止めてしまった。何をしたのかは分からないけど、いつの間にか二人の間に割って入って拳を手で押さえていた。
お姉ちゃんはそれでも抵抗しようとしてたけど、あっさりと無力化されていた。ホントにあっさり、まるで赤子でもあやすみたいに。
やっぱりすごい!!
そのあとお父さんが入って来たり、なんだかんだあって黒フードの人とは話すこともなく別れてしまった。
そしてお姉ちゃんの巻き添えで一日だけの謹慎をくらうし……。
どうやら昨日のことでお姉ちゃんは王都に行くことを諦めるかもしれなさそうだけど、逆に私が行きたいって思うようになった。
しかし、冒険者をやれば最低生きていけるお姉ちゃんと違って、私はどうすればいいかな……。
明日からちょっと旅行に行くので更新は不安定になります。本当は毎日投稿したいのですが、それだけの時間が取れるかどうか……。
なので二日か三日に一回は投稿していくスタイルにしたいと思います。