第十四話 宿の一室
こっちには三日間しか滞在しない予定だが、そのうちの一日を部屋の中で無為に過ごすことになるとは思わなかった。
救いなのは勇者一行がまだ帰還していないことだろうか。前情報では昨日か今日あたりに凱旋してくるという話だったのだが。道中になんかトラブルがあったか、それともどっかでのんびりしてるのかは分からないが、まだ王都に到着しそうにないことは確からしい。
その生kあ、窓の外に見える街並みも人通りこそ多いものの祭りの時ほど多くはない。前夜祭というのか、これから盛り上がっていくぞという雰囲気はビンビンに感じるのだが。本番はこれから、ということだ。
娘二人に目を移せば一人はベッドに寝っ転がってゴロゴロしてるし、一人は椅子に座って虚空を眺めてる。
「おい、フェマ。一応お前も謹慎てことなんだからゴロゴロすんな。ディアを見習って、きちんと反省しろ。」
「反省してるんですー! こう見えてもー!」
とてもそうとは思えんが。正直、暇な時間に飽きてるようにしか見えない。
「お父さんの言いつけを破ったのもまあ、多少は悪いとは思ってるし! ディアを連れて危険に突っ込んでったのも悪いと思ってますー! だけど、それ以上に……。」
「それ以上に?」
急に歯切れが悪くなった。いつもハキハキと自分の意見を言うのに珍しい。
「あー! もー! さすがにこれは言うのが恥ずかしいの! これ以上、聞ーかーなーいーでー!」
顔を枕に押し付けて見えないようにした後に、激しく転がる。足をバタバタさせてるのも相まって幼い子供が駄々をこねてるようにしか見えない。
だが急にピタリと止まると、こっちに疑問をぶつけてきた。
「ねえ、あの黒い人はどれくらいの強さだったの?」
「なんだよ。藪から棒に。あの人はなぁ。得意分野も分からんし……。」
それに、拳を合わせたのは一瞬だけ。俺よりも強いというのは分かるが具体的にどこまで強いかってのは判断しかねる。
「だがまあ、不得意っぽさそうだった身体強化だけでもBランク上位の実力はあっただろうな。Aランク、下手すればSランクって言われても驚けないぞ。」
「不得意ってどういうこと?」
「ああ、体内の魔力がてんでバラバラに動いてたからな。身体強化は苦手なんだろ。普段使ってない系統の魔法を使うとよくああなるんだ。」
つかまれた一瞬で分かるくらいに、乱れた魔力の使い方をしていた。今思えば平和に場を収めるために不得意な魔法を使ってくれたんだろう。
「そういうのって、簡単に分かるもんなの? 私、まったく分からなかったんだけど。」
「こういうのは経験次第だからな。魔物討伐の時に相手の体内魔力の流れをつかめると楽になるんだよ。次の動作を読んだり相手の得意属性を暴いたり。必須の技能ってわけじゃないが、冒険者なら習得しておきたい能力だな。」
「そうなんだ……。」
フェマは昔から冒険者になりたいと言っていた。
才能はあるだろう。なにせダンジョンに入ることなくCランクの実力を持ってるのだ。常人なら十年以上かけてたどり着く境地に、最初からいる。村の中でも、大人含めて一番強いのはフェマだ。
その強さを活かしたいって気持ちは分かる。俺自身も冒険者だったわけで、そうと決めたのなら反対するつもりはない。冒険者時代に身に着けた技術を教えるのもやぶさかではない。
だが、どうも俺にはそのことを相談してくれないんだよな。
俺が冒険者になることに対して反対すると思っているらしい。そりゃあ可愛い娘が戦いの中に身を置くなんて簡単に許可するつもりはないが。
だからって今回みたいに強引に行動されるのもなぁ。ないと思いたいが、勝手に家を飛び出されても困る。
「なあ、フェマ。お前はまだ冒険者になりたいか?」
「……分かんない。命がけってのは分かってたつもりなんだけど、な。」
「もし本気でなりたいのなら、ちゃんと相談してくれ。簡単に頷くつもりはないが、お前がそうしたいっていうんだったら全力で協力してやるから。」
「……うん。」
こんなことを言いながら、当の本人の俺は何も考えずに冒険者になったんだが。説教ができるほど何か考えていたわけじゃない。そういうのは大体ウィルの役割だったし。
「つか、ディアはずっとぼーっとしてるが、何考えてるんだ?」
「……黒の人、かっこよかった。」
やや重くなった雰囲気を変えようと、ずっと黙ったままでいたディアに目を向けるとさっきから全く動いていない。大丈夫なのかと疑問に思って話しかけると、ちゃんと起動した。
返事が大丈夫じゃないかもしれないが。
「危ないところをさらっと助けてくれて、まるで王子様みたいだった……! 顔が見れなかったのは残念だったけれど。掴んでくれた手の温かさだけで、私、幸せ……。」
大丈夫じゃないな、これは。数秒思考がフリーズしてしまった。なんか、これ以上ないってくらいに幸せそうな笑顔を浮かべている娘に対して、どうすればいいんだ、これ……。
とりあえず、あの黒フードの男。今度会ったらボッコボコにしよう(思考放棄)
「うわ、我が妹ながらチョロい……!」
「うるさい。お姉ちゃんの方がチョロ甘だし。そんでもってヘタレ。」
「はあ!? な、何を根拠にそんなこと言うのよ!」
「お姉ちゃん、アッシュが何したって喜ぶじゃん。プレゼント貰った時とか一週間以上ニヨニヨしてたし。この前料理食べてもらったときもアホみたいに機嫌よかった。
なのに一切進展しないとか。いい加減告白の一つもすればいいのに。」
「べ、べっつにー! そんなことないんですー! そんな事実はありませーん!」
「攻め方も甘い。お姉ちゃんはもっとがっつり行かないと。押し倒して既成事実つくるくらいのことをするべきなのでは?」
「な、な、な……‼ そ、そんなことできるわけないでしょー‼」
どうでもいいけど、親がここにいるってことを忘れないで欲しいなぁ、って。
しばらくの間、耳をふさいで虚空を見つめたくなるような状況が続いた。いつ終わってくれるかなぁと待つばっかりだったが、突然ノックの音が飛び込んできてくれた。
これ幸いと、率先して扉を開けると息を切らして膝に手をついている青年が。こちらから問いかけるまでもなく、とんでもない情報をぶち込んできた。
「ヤンさん、大変だ! 大変なんだよ! なんでも、勇者様たちが行方不明になっちまったんだって!」