第十三話 やっぱ冒険者って野蛮人
書置きを見て、俺はすぐに部屋を飛び出した。足音が激しく深夜の静寂を揺らすが、気に留めることもなく夜の街を駆けていく。この時間帯にもなると通りにいる人は少なく、かなり本気で走る。走る速度だけなら過去で一番だったかもしれない。
宿は冒険者御用達ということもあり、ギルドからはそこそこ近い。付近に怪しい奴らのたまり場なんかも無さそうで、よっぽど道を外れるか変に絡まれない限り問題はなさそうだ。ギルドの中も安心できるほど治安がいいわけではないが、冒険者でもない少女二人に堂々と暴力を振るうような奴はさすがにいない。
多少安心しつつもスピードは緩めず目的地を目指す。
しかし、急いでギルドまでたどり着いた俺を待っていたのは、いかにも怪しげな黒いフードをかぶって顔まで隠した奴がフェマの腕をつかんで押さえつけているところだった。
激昂。一瞬我を忘れてそのフードの男に殴りかかる。
そいつは少しだけ動揺したように体を揺らしたものの、俺の拳をあっさりと受け止め、あげく俺の勢いを利用して投げ飛ばしてきた。
何とか受け身は取ったものの距離を離される。その時には多少冷静さを取り戻し、相手の力量も把握しないまま突っ込んだことを反省するものの、どちらにせよ彼我の実力差をまざまざと見せつけられたこともあって動けずにいた。
「ちょっと待って、お父さん! その人はお姉ちゃんの喧嘩の仲裁をしてくれた人なの!」
しばらく睨み合っていたのだが、ふと聞こえたのはディアの必死そうな声。振り返ると、その細い腕で俺が動かないように引き留めようとしていた。
「その喧嘩もお姉ちゃんから吹っ掛けたみたいなもんだし! これ以上事を大きくしないで!」
「……おい、フェマ。それは本当か?」
手は離されていたものの、押さえつけられている態勢のまま動かず、「あー。」とか「うー。」とか唸っているフェマに声をかける。
そのまま下を向いて何も答えようとしないが、その態度が何よりの答えということで警戒態勢を解いて相手に詫びを入れる。
「あー……すまん。こっちの早とちりだったみたいだ。娘が迷惑かけた分も合わせてなにか埋め合わせをしたいんだが……。」
しかし、相手の方はそんなことは必要ないと言わんばかりに手を振ると、面倒事はごめんとばかりに立ち去ろうとする。
こういう相手はそっとしておく方がいいとは思いつつも、その姿を見てふと気になったことがあり、つい声をかけてしまう。
「あんた……その怪我は治さないのか?」
どうにも動きがぎこちない。おそらくだが体中に怪我、それも何か所かは致命的なレベルの傷を負っている。怪我をした経験もそこそこある俺的には、相当つらい状態だと思われるのだが。一歩だけでも激痛が走って、痛みに耐性のないものなら絶叫を上げてるレベルだろうに。
「お節介かもしれないが、この町で一番だろう回復魔法の使い手を紹介することもできる……かもしれない。」
死ぬ気でお願いすれば、それくらいの融通を利かせられる関係くらいではあるはずだ。たぶん。めいびー。
さっきの感じからしてみれば相当な実力者であることは間違いないだろうし、案外勇者パーティーが帰ってくるのを待ってるだけの状態なのかもしれないが。
だけど、そいつはこちらの提案に一瞬だけ足を止めるものの振り返ることすらせず、夜の闇へと消えていった。残された俺は変わった奴だと思いつつ、それ以上になんか変な空気になってるギルドの雰囲気をどうしたもんかなーと思いを馳せていた。
◆ ◆ ◆
その後、その場にいた冒険者全員に酒を一杯ずつ奢って雰囲気をうやむやにして、娘二人を抱えて宿に戻った。
ギルドの職員に話を聞いて何が起こったのか把握することも忘れずに。
まあ大体起こったことのあらましを説明すると。
フェマが冒険者登録がしたいとギルドに訪れる(ディアは巻き込まれた+夜の街を歩きたかったらしい)
↓
たまたまいたCランクの冒険者が若い少女が危険に首を突っ込むのを見かねて注意
↓
自分は戦えると主張するフェマに、なら一発殴ってみろと挑発する冒険者
(どうやら実力の差を見せつけて諦めさせるつもりだったらしい)
↓
が、予想以上にフェマの実力が高く、つい反撃してしまう
↓
それでフェマがキレて思いっきり反撃に出る
↓
黒いフードの男が仲裁に入り、フェマを取り押さえる
という感じらしい。
まあ、全面的にフェマが悪い。
「というか、そもそも部屋から出ずにおとなしく寝とけって言ったはずなんだがな。」
「「うっ……。」」
思わず、といった様子で同時に顔をそむける娘達。
はあ、とため息をついて二人の頭に拳骨を落とす。フェマの頭からはゴチンと、ディアの頭からはコツンと音がする。
「痛っ! というかディアには優しいとか差別だ差別ー!」
「……なんで私まで。」
「フェマは抜け出した挙句みんなに迷惑かけただろ。ディアもそれを止めなかったんだから抜け出した分の罰はしっかり受けなさい。」
まったく……。夜で歩くのがどれだけ怖いのかも分かってないんだから、なあ。二人とも親の贔屓目抜きに可愛いんだから。今回はたまたま何もなかったから良かったようなものを……。
心配させた分はきっちり罰を受けてもらわないと。
「拳骨一発じゃ足りないみたいだし、明日の王都観光もなしな。実は有名な甘味処に行くつもりだったんだが、お預けだな。」
「「そ、そんなー!!」」