プロローグ
そのとき、僕こと不可思議遥は疲れていた。
疲れるにも色々あるけれど、まず僕の人生哲学として「楽しいは疲れる」と公言して憚らない怠惰な性質であったため、これはもういっそ石にでもなりたいと考えつつ、ついでにもし仮に石に意思があるとしたらエネルギーはどこから得ているのだろう?と益体もない妄想を広げていた矢先の事である。
突如、トラックが突っ込んできた。
なるほど、異世界への切符が舞い込んできたのか。これが小説なら間違いなく神様が出てきて異能の力とか貰って第二の人生が始まるパターンだ。
でも、常識で考えてそんな事もなく普通に死ぬだろ。まあ別にいいけど。しょせん人生なんて運試し。今まで数十年生きてこれたが。運が尽きたのだろう。うん、そう思うと良いタイミングだな。とにかく今ままで疲れる事が多すぎた。もはや1ミリも動きたくない。トラックの運転手はこの後が大変だろうが、オレにとっては平穏が飛び込んできた形だ、てかトラック遅いな、早く突っ込んでこいよ。こいよ。
走馬灯のようにそんな事を思いつつ動かないでいると不思議な事が起きていた。そもそも、こんなノンビリとした思考をトラックが突っ込むまでに出来るはずがないのだ。すでに周囲には著しい変化が起きていた。全てが止まっているのだ。トラックの前輪が浮いた状態で固まっている。運転手はハンドルを戻そうと奮闘していたのか戦慄の表情で固まっている。なんだ?これはなんだ?
「神はいるということじゃな」
「!?誰だ!!」
「だから神だというておろうに」
声を辿って振り返ればいつの間にか女性が立っていた。柔和な顔つきだ。ていうか幼女だ。夢みるお年頃っぽい顔してやがる。なるほど...これはアレだな、なんらかのトリックだな。間違いない。
「オレは神なんて信じないぞ」
「では今起きている事象をなんと説明する?」
ううむ...確かにトリックにしては大掛かりだ。ワイヤーさえ見当たらない...ワイヤーがあればワンチャンあるんだが。いや、しかし、答えはいつだってシンプルなものだ。
「あー、そんなもの、常識で考えれば明らかだ。もうとっくに跳ねられて病院の集中治療室で眠っているに決まってる。これは夢だろ」
「むだに頑固じゃなぁ...とにかく助けてやったのじゃ、礼のひとつもあって構わぬと思うが?」
「夢の中で助けられてもな。よしんばこれが本当の事だったとしても余計なお世話だ」
「頑固じゃなぁ...どう育てばそうなるんじゃ...」
「ふん、幽霊の正体なんとやらだな、神様のくせにそんな事も知らないなんて」
「神だから全知全能とは限らんのじゃ。むしろ全てを知ってしまえばつまらぬゆえな、まあ実際のところ儂は限りなく神に近い存在というのが正しいのじゃが...」
「なんとでもいえる詐欺師みたいなタイプだな」
「言い得て妙じゃなぁ...欠片も信頼がない事だけ伝わるのじゃ...まあこれも助けたついでじゃ。神にも等しい優しさを持つ儂から、お主の願いを一つ叶えてやるというのはどうじゃ?」
「うん?願いを叶える?なんだか唐突じゃないか?ていうか、知らない人から飴玉を貰っちゃダメと言われて育ったんだが。神に等しいとやっぱり育ちも違うのか?」
「....育ちについては色々じゃな。して叶える理由か...理由なんて、まさに詐欺師が用意する詭弁そのものだと思わぬか?理由なんて、ない、なんとなくじゃ。今しがたお主がトラックに跳ねられそうになったようにな。まあ運が良かったと思えばよい」
「...運が良かっただって?今日日トラックに跳ねられそうになって神様が現れるのを運が良いと呼ぶのか?笑い草だな。いいか?僕はアレだぜ?愛なんて幻想だ、夢なんてくだらない、明日なんていらない、正義なんて身勝手だ、そう思って生きてるタイプだぜ?そんな僕の願いだって?いっそ石にでもなりたいって思ってたくらいなのに」
「それじゃな」
「ん?」
「石になりたい、その願いを叶えてやろうという事じゃな。なに、どうせ夢なのじゃろ?石になってみるがいいぞ。お主は運が良いのぅ」
僕が石になるだって?たしかに思いはしたけど願いってほどでもないぞ。どうせ夢だろうが、なんだか危険な雰囲気がする。断ろう。
「うん、準備ができたぞ。退屈せんように異なる世界の魔石として転生させてやろう。さすが神にも等しい優しさを持つ儂じゃな、サービスじゃな」
神にも等しいフレーズが気に入ったのか連呼している、この幼女が。僕はイラっとしつつ言葉を継ごうとしたが、身体に轟音が響き渡ったのを最後に意識が途絶え、るその直前に
--トラックにぶつかる機会はそうそうないでな、邪神としてのサービスじゃ--
嫌なセリフが聞こえた気がした。
初投稿です。ひとまず完結目指していきます。