無痛
頭がクラクラする。
昔仕事をしていた頃、少し頭がフラついて今と同じ状態になったことがある。
食事以外の時間に休憩時間はなく、ただひたすらに納期間際の案件を客の無茶ぶりの所為で遅くまで仕事をしていたと思う。
帰宅時間は早くても夜10時は超えてたし遅いときは次の日の夜に帰るなんてのはざらだった。
今思うと聞いてるだけで辛くなるが、その時はそんな生活が慣れにより日常化して辛いと感じなくなっていた。
だがこれは慣れではなく麻痺に当たるんだろうか。
麻痺してしまえば慣れてしまえば楽になるのかもしれない。
でも慣れてしまうということは何かに気づかなくなるという事。
つまり痛みや疲れに対して鈍感になってしまい体が痛みを感じた時には既に遅いという事になる。
体調を崩して入院してしまった僕が得た社会人になって得た教訓の1つだ。
それと同じ現象が起こっている事に早く気づくべきであった。
蹴られた部分は全く痛くない。少し体がふらついているだけだ。
まだ行ける!
「どうしたァァ!そんなもんか!!」
僕が振るう拳をひたすらに手でガードしているだけで、反撃の様子を見せないバーミン。
まるで僕が一方的に殴っているように見える有利な状況だ。
「貴方こそどうしたんですか?反撃はしなくてもいいのかい?」
あまりにも有利に事が進んでいくので僕は余裕があると言うことを伝える。
防戦一方で全く反撃出来ていないバーミン。
このまま拳をぶつけ続けていられれば、バーミンのガードはいつか崩れる!
こんなに激しく動いても汗だって1つもかいてない。
ならば今はただ守りに徹する彼を殴り続けろ。
休む事なく全力の拳をバーミンにぶつけた。
そろそろラストスパートだ。
狂化モードで拳の威力を底上げしてとどめを。
〈狂化モードへ移行しますか?〉
イエス。
その瞬間、僕は体から力が抜けるように膝から崩れ落ちる。
「え?」
左足を前に出そうとしたら右側に吸い寄せられる感覚。力が入らない。
体が思ったように反応しない?
どういう事だ?
賀露島は自身の体の異常に疑問を感じて何が起こっているのかを確認する。
バーミンが防御姿勢を解除し僕の方を見ながらニヤリと笑う。
やられた。
僕の体のあちこちから服の上からでもよく分かるほど血が流れていた。
だが痛みが無い。つまり痛覚が全くない。
「体が上手く動かねーだろ?まんまとかかりやがって。」
バーミンは体が上手く動かせず膝立ちしている僕に近づき一度立ち止まると蹴りを炸裂させる。
バーミンの蹴りは見事に僕の顎にヒットし後ろ壁を貫いて外まで飛ばされる。
先程から騒がしい様子に野次馬たちが集まってきていた。
僕は胃の底から吐き気をもよおし口から何かが出てくる。そして吐き出す。
出てきた唾は真っ赤に染まる血の色だった。
しかしやはり痛覚はない。
そして1つの答えにたどり着く。
(痛みが消されている?)
先天性無痛無汗症なんて言葉をテレビで見た事がある。
それは生まれた時から痛みや汗が無いとかいう病気だった。
学生時代は暴力が絶えずあり、よく泣いて帰っていた記憶がある僕はこの病気が羨ましくて印象に凄く残っていた。
それを聞いた時は僕もなりたいと思っていた。
そして今、その病気の恐ろしさについて身に染みつけることになった。
痛みがないから何処が痛いのか分からない。
人は体を守るため痛い場所がある時は、そこを追撃されないように庇う筈だ。
しかし痛覚が無い今、こうなってしまうと今もどんな状態なのか分からない。もしかするともう体は死んでいるのかもしれない。
現に体が現在進行で動かすことが出来ない。
機械に例えるなら体はオーバーヒート状態で動かなくなっていた。
「ったく!散々言い様に殴りやがって。だからここからは俺の番だぜ?」
無数の拳が賀露島に当たる。
賀露島がやっていた時同様にバーミンもひたすらに殴り続ける。
違いがあるとすれば賀露島はバーミンの拳に対してノーガードであることだ。
殴られる度に賀露島から大量の血が吹き荒れる。
殴られても殴られても痛くない。あまりにも不思議な現象にポーションを使うことを忘れてしまうほどだ。
いや。というよりは血の流し過ぎたのか、ただ疲れているのか何も考える事が出来ない。
死ぬという感覚すらもう無い。目の前で男が殴っている事しか頭に入ってこない。
(あれ?僕は何で殴られてるんだ?何か悪いことしたのか?)
賀露島の頭には自分が何をして何でこの状況になっているのかも忘れている。
意識がさらに薄れていく、もう眠りについてしまえば楽になれるのに今も立ち上がろうとしている。
何でそんなに頑張ろうとするんだ?
もはや誰か勝手に体を動かしているみたいだ。僕はそんなに頑張る人種じゃ無い筈だ。
何が僕を動かしている?
もういいや。寝よう。
「おいおい...お前スゲーな...こんなにボロボロになっても抗うのかよ。」
賀露島の意識はもう消えていた。だが気絶した状態で立っていた。
バーミンもこれには敬意を称して拍手する。
「ハハハ。なるほどフクニーグの奴が言っていたように楽しい奴だ。」
大量に流れ出す血が賀露島の足下に水溜まりを作っている。
相当に辛かったであろう。
「これで楽にしてやるよ。」
バーミンは離た所に落ちていた槍を手に取る。
野次馬がその様子をハラハラと見守る中。
確実に殺す為、槍に魔力を込められる。
バーミンは魔力の込められた槍を構え賀露島の心臓目掛けて放たれた。
流石に賀露島もこれには耐えられないだろう。
見守る野次馬が絶体絶命だと思った瞬間、止まるはずの無いバーミンから放たれた槍は賀露島の体に刺さる前で止まっていた。
「...あ?」
槍はゆっくりと賀露島から離れていく。
少し離れた所で槍の方向は投げた本人であるバーミンに向く。
そして槍を止めた本人が姿を現す。ナルタリカだ。
その姿を見たバーミンと野次馬、さらには少し遠くで見ていたフクニーグも驚く。
「初めて見たぜ...こんな人間の町中で見れるなんてな...」
そこには人間には簡単には姿を見せない人間の掌程度の大きさの生き物。神話の生き物である妖精であった。
この生き物に皆が驚く。
「本当は姿は見せたく無かったけどね...本当にコイツが情けなくなってね?」
「妖精様がこんなところで何やってるんだ?」
バーミンからの質問に少し考え込む。
人間にとって妖精は神話の存在魔力の源は彼女等が始まりと聞く。
バーミンは、そんな存在が賀露島と言う人間と共にいるのだから聞きたくもなる。
そしてナルタリカは答える為に口を開ける。
「う~ん。成り行き?」
帰ってきた答えは答えになっていなかった。
「フッ...まぁどうでも良いことだったか...とりあえず俺の槍を止めやがったんだ覚悟はいいな?」
戦闘体制に入るバーミン。
そんな彼にナルタリカは、止まっていた槍をバーミンの顔目掛けて返す。
難なく左手で取るバーミン。
しかしここでバーミンは予想外な事に気が付く。
槍は手に取ったものの止まらない。
「っく!!なんて力だァァァァァ!!」
止まる事なくバーミンは槍を掴みながら先いた建物の中まで飛ばされていった。
バーミンは手を離すと自身の体に槍が刺さってしまうので手が槍から離れないように両手に持ち変える。
「どこまでも飛んで行きなさい...」
バーミンは魔力全開で踏ん張るが止まる気配がない。
これが妖精の魔力なのか。
「くっそォォォ!!!止まれやァァァァァァァァァァ!!!」
少しずつ握る力が抜けていく。
少しずつ槍がバーミンの顔に近づいてくる。
少しずつ踏ん張れる魔力も使い果たす。
(マズイ...死ぬ!?)
ただ槍に魔力を込めて放っただけでこの程の威力にバーミンは恐れる。
人間と妖精でこれ程の魔力差があることを槍を掴んでみて知る事になる。
止まる事なくバーミンに襲いかかる槍。
これが意外なことにピタリと止まる。
「うおおォォォ!!止まったけど、うおおォォォォォォ!!!」
槍は止まったが体は後ろにいく運動量は無くなっていないため、そのままバーミンは後ろへ飛ばされ続けた。
「なんてこった...これ程の魔力を片手で...」
槍は自動で止まったのではなく理楊が左手で掴んでいた。
目の前で超高濃度の魔力で放たれた槍。恐らく最上位のゴールドカラー冒険者でさえ、これは簡単には止められない筈だ。
遠くで見ていたが、この魔力の持ち主である妖精から放たれた槍。
フクニーグは知っている。妖精を見たことがあった。
彼が妖精を見て思ったこと。
人間とは別次元の魔力の技術と才能を知った。
妖精の捕縛のミッションを複数の上位冒険者で行ったが、1匹も捕まえる事が出来ず失敗した事がある。
そしてこう結論した。
妖精には手を出さない。
そんな妖精の魔力をなに食わぬ顔で止める理楊がフクニーグの目の前にいる。
「やっぱり化け物だぜ...」
声が漏れる。
それを聞いていた理楊が首をひねりこちらを向く。
「何か言った?」
「なっ..なんでもねーよ!?」
しかも怖い。
何なのよこの化け物は。
「まあ貴方とは良い友達だからね?全然怒らないから安心してよ」
ズルッと舌ナメずりをする理楊。瞳には最早色はない。
純粋なほどの黒だ。
「さーて。選手こうたーーい!」
理楊は槍を持ったまま賀露島のいる方角に足を踏み出した。
ツインテールが不気味に揺れる姿がそこにあった。
堂隆理楊
害獣討伐組のキャラクター。
主人公〈堂隆真人〉とは血液上での繋がりはないが親が捨てられていた彼女を拾った事により兄妹の関係になった。
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