ルートミス
痛い。
苦しい。
やめて。
おねがいだから。
「うるせえよガキ!お前は大人しく殴られてればいいんだよ!!」
私の助けは誰にも届かない。
人間の大人達から数多の暴力が振るわれる。
体が動かなくなった時もあったぐらいひたすらに殴られた。
路上で繰り広げられる無造作な暴力。
行き交う人達は知らぬ顔をするか、面白がって笑うかのどちらかだった。
とにかく憎かった。
獣属と人間のハーフというだけで不気味がられ虐げられる。
しょうがないのは分かっていた。
獣属と人間の間ではあまり良い関係が出来ておらずお互いが憎みあっていた。
なので嫌いな血が流れているハーフは格好の獲物対象なのだ。
だからそんな環境で生きるために色々やった。正当なやり方では生きては行けない。
そんな私は良い生き方を見つけた。
裏社会の仕事だ。
裏社会の人間は仕事をするならどんな種族でも構わないと平等に扱ってくれていた。
人間は嫌いだが汚れた仕事は喜んで受け入れていた。
憎い人間だって殺せる武器も貰えるしね。
その所為か居心地は自然と良かった。
だから裏の人間以外には誰にも借りは作りたくなかった。
作ってしまったのなら、なんとかこれを帳消しに出来るだけの奉仕をしなければ。
「おーい。」
「!?」
誰もが寝静まる夜に獣の子はガバッと飛び上がる。
玄関で寝ている所に突然の声をかけられたんだ。驚かない筈はない。
「いや~ゴメンね?こんな寒い所で寝てたら君も風邪を引いちゃうよ?」
ズキッと胸の痛む音がした。
他の人には聞こえない私だけの音。
どんな暴言を言われても何も感じない筈の私の心をこの人は、えぐってくる。
「何してるんですか!?まだ風邪治ってませんよね!?」
「いやいや?それはこっちの台詞だよ?君がこんな所で寝てるからこんなこと聞いてるんだよ?」
ダメ。
これ以上聞きたくない。
「それに君、男の子の格好してるけど...本当は女の子なんじゃないのか?」
この人は嫌いだ。
これ以上この人と話していると私の考えが変わってしまう。
「おねがい...します...」
「ん?」
「これ以上私に優しくしないで..下さい...」
「優しく?何言ってるの?」
獣の子は泣きながら飛び出していった。
そんな彼女の背中を見ながら賀露島は再びフリーズする。
「なあナルタリカ?僕はまた何かやらかしてしまったのかい?」
そう質問する賀露島にナルタリカが返事を返すことは無かった。
次の日の朝、獣の子が帰ってきた。
「ご主人。昨日は取り乱してしまい申し訳ありません。今度こそご恩をお返し致します。」
彼女の顔に昨日のような柔らかい感じは無く一階のロビーにいたメイド服の受付嬢みたいに固っくるしくなっていた。
苦手なんだよなあの人。
「次は何をしたら良いですか?」
「大分体は治って来たから買い物に付き合ってくれる?」
「外に...ですか?」
少し外について抵抗があるみたいだ。
それもそうだろう。
ナルタリカに獣属と人間のハーフである彼女がどういう立場なのか聞いていた。
だがあえて誘ったのだ。
僕だけでも信用できる奴と思ってもらえるように。
「分かりました。では早めに行こう。人が少ない朝のうちに済ませよう。」
「ハイ...分かりました...」
財布を持って外に出掛けた僕と獣の子は一先ず食料を買い込む。
フードを深々と被り耳が見えないように尻尾も隠して万全な格好をしている彼女。
その間にそれらしい会話などは無かったが文字の読めない僕には彼女がいてくれて助かった。
「そういえば君の名前って何て言うの?」
そういえば聞いていなかったこの質問。
彼女も「今更ですか」と呆れていた。
「前も言ったように私は貴方にご恩を返しに来ただけですので名乗る必要もありません。」
「ハハハ。ナルタリカみたいに冷たいな~。」
「ナルタリカ?」
初めて聞いた名前に彼女は首を傾げる。
そうだその通りだ。ナルタリカは一度も彼女の前に姿は出してないのだから。
「いやいや。なんでもないよ!」
焦って取り消す僕にナルタリカが透明化のまま耳元で「後で説教ね」と小声で呟かれた。
「そうだ!服を買いに行こう!!」
「服ですか?」
「ああ。見に行こう。」
服屋に着くなり賀露島は彼女に様々な服を着させてあげた。
この世界ならではの服から何故かあるゴスロリ服まで色々着させてあげた。
「あの~。どんな服でプレイするつもりなんですか?」
なにこの子は?
まさか僕がそんないかがわしい事をする為に服を買うとか思ってるの?
最近の若い子は恐ろしいものだ。
「どうしてそんな考えになるんだい...」
「私が女であることを見破られたので若しくはと?」
彼女の言葉につい溜め息が漏れる。
ナルタリカもそうだが僕を変態呼ばわりするのは止めて欲しいものだ。
「それでは何の為に?」
「君に少しでも女の子らしい格好になって貰いたくてやってるんだよ?」
本心からの言葉だった。
小さいとはいえ男の子の格好をしているとはいえ本来は女の子。
女の子らしい格好をしてもおかしくはない年の筈なんだ。
生まれの所為で酷い人生だったと死んで欲しくないからと思った言葉。
しかしそれは彼女の逆鱗触れた。
「何度言ったら分かるんですか!私は貴方に恩を返すためにやってるんです!これ以上私に恩を渡さないで下さい!!返させて下さい!」
彼女の怒りが頂点に達したのだろう。
貯まっていたものを全て吐き出すかのように出した言葉に疲れたのかハアハアと息切れをしている。
目と目が合う二人。彼女は賀露島に深いところまで関わるなと訴えかけているようだった。
しばらく沈黙していたが賀露島が口をあける。
「..そう。ならこっちからも言わせて貰うよ。」
「なんですか?」
「前にも言ったけど僕は君に恩を与えた覚えはないよ...」
「なっ...!?」
あまりにも真剣な顔つきに今の言葉は本当だと言わんばかりであった。
賀露島は彼女に近づき顔を両手で触れる。
「僕は君に恩しか貰って無いんだ。」
「そんな筈無い!」
「僕は君に看病して貰ってしかいない。それに雨の日に君を守った覚えもない。」
「...そんな筈...」
彼女は裏社会である程度生きてきたので人が嘘を言っているのか本当の事を言っているのかが大体分かる。
だから分かってしまう賀露島は嘘を付いて居ないことを。
「あれは君の考えすぎだったんだよ。君は誰からも助けてもらってない。勝手に助かったんだよ。」
彼女から1つ1つ涙が落ちる。
しかし。
「ふざけるなぁぁ!!アンタ達人間が今まで私にしてきたことを知らない癖に!!」
彼女の顔は憎悪に溢れる顔に変わり泣きながら僕の肩を噛みつく。
そんな彼女に賀露島は何事もないように話をする。
「..知らないけど分かるんだよ。君の気持ち。」
ナルタリカに彼女達ハーフの話を聴いて、とても悲しかった。
今彼女が噛みついている肩の痛みよりも痛かった。
何もしていない彼女がただ獣属と人間のハーフで生まれてきたと言うだけで差別されることについて心が痛くなってしまった。
昔、僕のいた前の世界にも人種差別等で問題になっている事をニュースで見たことがあった。
身近だと日本でも恵まれない体の子や普通とは違う体型、思考を持つ子を必要以上にイジメる奴等が必ずのようにいた。
僕はそのような子を見てきたが何も言えなかった何故なら自分もイジメられる側にいたからだ。
何が楽しいのか分からず、ただ向こうは僕の嫌がる事を散々にやってきた。
平等なんて言われていた日本でも、明らかに平等なんて言葉は庶民の日常生活には繁栄されなかった。
それが彼女の世界ではその差別が容認されているふざけた世界。
この幼さで僕以上の苦しみを味わったに違いない。
でも大きかれ小さかれ感じた痛みの種類は似たものがあった筈だ。
受けたものにしか分からないどうしようもない苦しみを。
「心の痛みはね...他から見たら違うかも知れないけど実際は変わらないんだよ...」
少しずつ、彼女の噛む力が弱っていった。
そして噛むのを止めてこう言った。
「..なんでですか?貴方は憎い人間の筈なのにどうして私は貴方を求めてしまうの?」
「胸がずっと痛いんです。貴方にかけてもらった言葉1つ1つが痛いんです。」
彼女の瞳は、いつかのどしゃ降りのゲリラ豪雨位、流れているようだった。
「...でもとても暖かかったです...」
その笑顔は彼女が本当の意味で笑顔になれたと思う。
そんな彼女の涙で濡れた目の周りを手で拭いてあげる賀露島。
「そこで聞きたいんだけどいい?」
「...ハイ..なんですか?」
「貴方の名前を伺っても良いかい?」
優しく笑いかける僕に笑顔で答える。
「...私の名前はキュウカと言います。」
泣き止んだ筈のキュウカの瞳にはまだ涙が残って潤んでいた。
その瞳は店の窓から漏れ出す光に照されキラキラと輝いていた。
その時。
キュウカが突然叫ぶ。
「危ない!!」
「え?」
グサッ。
ハッキリと音が聞こえる。
槍が賀露島の体を貫く音が。
「はい!御苦労様でした~。」
後ろから賀露島を槍で刺した男は賀露島の体から槍を抜くと賀露島は激しく血を流しながら倒れた。
「貴様ァァァ!!!」
賀露島を刺した男に襲いかかるキュウカ。
しかし呆気なく手刀を喰らってしまい気が遠くなる。
「よし!標的も殺して目的も回収できたし帰るか!!」
男は大声で笑いながら店を扉から出ていった。
辺りには誰も居なかった。
この店の店員も全て気絶させられていた。
おかしいな。
僕は数多のゲームやってきた。
その中のギャルゲーなどの選択するゲーム。
一歩間違えると女の子を攻略できなくなる恋愛シュミレーションゲーム。
それに例えるなら今のは、かなりいい感じに進んでいた。
ゲームによっては選択を間違えただけで死んでしまうなんてのは、よくある話だ。
だから思う。
どこが違ったんだ?
いやおかしい。間違えてない。
つまり僕を刺した奴はバグ?
バグは許さない。
僕は遠退いていく意識の中、何とかポーションを使うことに成功し立ち上がる。
「よしっ!粛清だ。」
獣属
言葉の通り獣の体をした種族。
主に様々な動物が人形になったような感じ。
人間種とは仲がとても悪く、時々小さな紛争を行っているぐらいだ。
獣属もまたキュウカのようなハーフを嫌っている。