クラスメイトが○○でした。
診断メーカーさんより。
長野 雪さんは、碧眼男性と少女のカップルで、寝室のシーンを入れたハピエン小説を書いて下さい。
#ハピエン書いて https://shindanmaker.com/585298
「……っはぁ~~~。さすがに窮屈だわ、これ」
2時間目と3時間目の少し長めの休み時間を使って、小学校の中でも工作室などの特殊教室が並ぶ棟へと駆けこんだ彼は、2階へと上がる階段の裏で大きく息を吐いた。丹田に篭めていた力を抜いて、でれんと壁にもたれかかる。
仕事と割り切ってはいるが、ツライ、とボヤく。
「……えぇと、もしもし?」
「さすがに俺が変化得意だからって、人選ミスだよなー。あと半年とか、まじキツい。独身だからって長期出張入れるのもどうかと思うぜ」
「……小山田くん?」
「だいたい小学生とか無理あるだろ。高学年になって随分マシになったけどよー、ガキに囲まれてガキに馴染めって言われて、魂出るかと思ったわ」
「聞こえてる? 小山田くーん!」
「感性が合わない以前に、話が合わないっつーの! 無茶振りだろクソ上司!」
「小山田くんってば!」
あー、タバコ吸いてぇ、と落とした肩を、ぽんぽんと叩かれた彼は、飛び跳ねるように振り向いた。
その先にいたのは、見覚えのある女子だった。黒髪を肩のあたりで切りそろえていて、何だか陰気で表情に乏しいから、確か「市松人形」だの「いちま」だの呼ばれているクラスメイトだったと記憶している。
そこまで思い至った彼は、文字通り青ざめた。今、自分は、どんな格好をしている?
「えと、小山田、賢くん、だよね? 間違ってないよね?」
教室の端で本を読んでいることの多い彼女は、少し長めの前髪に隠れた瞳を大きく瞬いた。
対応に困ってぐるぐると混乱している頭が、彼女の名前をポロリと思い出した。桜井、千沙だ。
「桜井、さん?」
「えーと、次の授業が移動教室になったから急いで呼びに来たの。美術室だって」
「え? えええ?」
「じゃ、ちゃんと伝えたからね?」
狼狽する彼を置いて、千沙はさっさと背を向けて教室に戻っていく。
「見られた……?」
放置された彼は、金髪に緑の瞳、それに何より、とても小学生とは思えない体格をしていた。
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「あの、桜井さん。今日、俺んちに遊びに来ない?」
「……いいけど」
その日の放課後、ランドセルに教科書を入れて帰ろうとしていた千沙は、首を傾げて曖昧な返事をした。
どちらかというと機転が利いて話題に事欠かない賢は、クラスの中でも賑わいの中心にいるようなクラスメイトだ。一方の千沙は教室の隅でひっそり本の世界に没入するような大人しいタイプ。これまでほとんと接点のない二人が、放課後に一緒に遊ぶなど考えられなかった。
もちろん、どうして賢が彼女を誘ったのかはよく分かっている。
千沙がおせっかいを焼いたのが原因だ。2時間目と3時間目の間の20分休みに、そそくさと賢が出て行ったのを見つけたのは偶然だった。普通なら他の男子と遊ぶ賢だが、金曜日あたりになると、一人になりたい時間でも作りたくなるのか、ふらりと姿を消すのだ。もちろん、千沙は賢に興味があったわけではない。千沙は本を読んでいるふりをして、人間観察をするのが大好きだった。それだけだ。
いつもなら、賢は3時間目が始まるぎりぎりになって戻って来る。今日もそんな感じだろうと別の観察対象を探し始めた千沙は、教室に戻って来た先生が声を張り上げて3時間目が移動教室になると知らせたことで、少し困った。千沙は今、賢と同じ班になっている。賢が教室に来るのが遅れてしまえば、連帯責任で先生に雑用を言いつけられてしまうかもしれない。そんなのはごめんだと、慌てて賢を追いかけたのだ。
――――まさかそこで、外見も年齢も何もかもが違う彼を見てしまうとは思わなかった。
面倒事はいやだから、何もなかったことにしようと思ったのに、どうやら彼の方はそうは思わなかったらしい。千沙は大きくため息をついた。
一方、まさに青天の霹靂という出来事に、まだ生徒が多く残っていた教室は一気にどよめいた。「え? 桜井に?」「ケンちゃん血迷った!?」「うっそ、信じられない!」男子女子問わず、驚愕の声がクラス内に飛び交う。
注目を浴びることに慣れていない千沙は、もう一度小さくため息をついた。
「おうちに帰ってから、行くよ。はたき台だったよね」
「うん、坂の上の公園で待ってるから」
「分かった」
クラスの人気者に誘われたにも関わらず――いや、むしろ、だからかもしれないが――ローテンションなままで千沙が教室から出て行くと、残った賢の周囲には、いつもつるんでるメンツがわっと集まった。
「ちょ、ケンちゃん、どゆこと?」
「そうだよ、今日はサッカーやろうと思ってたのに」
「あー、悪い。ちょっと桜井さんが気になって……」
賢の発言に、教室に残っていたクラスメイトが一様に驚きを見せた。
だが、彼自身は自分の発言の危うさに気付かぬままに「じゃ、俺も帰るわ」と教室を後にしてしまう。
「え、まさか、小山田くんって、桜井さんみたいなのが趣味……?」
「いやー! ありえねぇ! だって桜井って陰キャじゃん! いちまさんじゃん!」
「ケンちゃんに限って、恋愛とかに『うつつをぬかさない』って思ってたのに! 裏切られた―!」
阿鼻叫喚の教室の様子も耳に入らない賢は、千沙を迎えるために足早に家路を辿っていた。
(やばい、これは絶対やばい! 絶対見られたし……! ちくしょー、あと半年だってのに、どうしてヘマするかな俺!)
午前中に『あの姿』を見られたことですっかり動転していた彼は、自分の発言がどんな波を引き起こしたかなんて考えもしていなかった。
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「お、こっちこっちー」
「……小山田くん。あのね、言っておきたいんだけど」
「こ、ここじゃダメだ! 俺んち行こう! 早く行こう!」
「ちょ、引っ張らないで、転ぶから!」
ぐいぐいと手首を引っ張る賢に、つんのめりそうになりながら慌ててついていく千沙は、少し顔をしかめている。だが、前を歩く彼はそれに気づきもしないで、ひたすらに道を急いでいた。
到着した先は、もちろん、賢の家だ。「おじゃまします」という少女の言葉に応える声はない。
「飲み物持ってくから、階段上がってすぐ左の部屋で待ってて」
「手伝うよ」
「大丈夫、慣れてるから」
初めて来たおうちなのに、先に行っててというのは、信用されているのか、それとも放置されているのかは判断できなかったが、千沙は渋々階段を上がった。用事は分かっているんだから、もっと手早く済ませてもらえないかな、と恨みがましく思うことぐらいは許して欲しい、と呟く。
指定された部屋のドアを開けると、学習机に本棚、そしてベッドがある……いわゆる子供の一人部屋がそこに広がっていた。
千沙は姉と二人で1つの部屋を共有している。一人部屋を少しだけ羨ましいと思いながら、どこに落ち着こうかと考えた。ぐるりと見回したがフローリングの床には座布団も何もない。座るなら学習机の前のイスか、ベッドの2択なのかな……と考えて、窓際に自分の背負っていた小さいリュックを置くと、その傍に腰を下ろした。お尻がひんやりするが、なんとなくどちらにも座りたくなかったのだ。掃除が行き届いているのか、とてもきれいだから問題ないだろう。千沙と同じ部屋を使う姉が散らかし魔なので、こういう空間は本当に羨ましくてたまらない。
「おまたせ。カルピスだけど、大丈夫?」
「うん、好き」
コップを受け取ると、そのまま一口飲んでみる。慣れた甘酸っぱい味に、緊張していた身体の力が少しだけ抜けた。
「えーと、それで、その、桜井さんにお願いしたいことがあって」
「うん、その前に……言わせてもらえる?」
目の前で正座して神妙な顔付きを浮かべる賢に、両手でコップを持ったまま、少女は少しだけ眉を吊り上げてみせた。
ずっと言いたかった。具体的には、放課後に声をかけられてから、ずっと。
「ありえないから」
「……は?」
千沙の口から飛び出たのは、賢が予想したどれとも違うセリフだった。
「どうせ、小山田くんが言いたいのって、休み時間に見ちゃったことを内緒にしてほしいとか、そういうことだよね?」
「あ、あぁ、うん。せっかく5年以上も頑張って隠し通したのに、バレたことが本国に知れたら強制送還されるし」
「ほらまた! ありえないから」
千沙は、コップをダン、とフローリングの床に置いて、ビシッと人差し指を突き付けた。
「隠しておきたいなら、どうして知らんふりしないの?」
「いや、口止めしておかないと、言い触らされたりしたら困ると思って」
「そもそも、それが間違ってる」
いつも無表情で本を読んでいる(と賢は思っている)地味な千沙が、呆れた様子で半眼になって賢を見つめていた。
「だいたい常識に照らし合わせて、小学校6年生のクラスメイトが、いきなり金髪碧眼の、しかもオッサンに変わったとか言ったところで、誰が信じると思ってるの?」
「いや、でも、それは……」
「私が言ったところで、目の錯覚とか見間違いとか、しまいには頭おかしいんじゃないのってからかわれて終わりだと思うよ」
「そうかもしれないけど」
「それなのに、大勢の前で私を遊びに誘うし、口止めのはずが『本国』とか『強制送還』とか新たな情報を洩らすとか、むしろ小山田くんがバラしたいの?」
「そんなことはない!」
キッパリと否定を告げる賢を見て、千沙はこれみよがしに大きなため息をついた。
「だったら、小山田くんのしなきゃいけないことは、何もなかったことにするために、特に何もしないことだと思うよ」
「だが、それは、既に君に見られたのに――――」
「そもそも、私が見たっていうことが、その『本国』とやらにすぐにバレるの?」
「それは……ないと思う。そんな術式が組み込まれていれば、休み時間に君に見られた段階で連絡なり通達なりあるだろうし」
「だったら、もういいでしょ? 私帰るね。カルピスごちそうさま」
すっくと立ちあがった千沙は、そのまま彼の脇を通って部屋を出ようとする。滞在時間は僅かに5分。しかもその時間の中には、賢がカルピスを準備している時間も含まれる。
てっきり長引くだろうと思っていた交渉が、あっさりと終えてしまったことに賢は呆然とした。家路を辿る間に、金で口を塞げばいいのか、それとも暴力的な脅しが効果的なのか悩んでいたのがバカみたいだった。
「ま、待て!」
すぐさま自分を取り戻した賢は、自分の隣をすり抜ける千沙の手首を掴んで引っ張った。だが、予想以上に軽かったせいで、少女の身体は脆くも倒れる。その先にベッドがあったのは幸いだった。そうでなければ、絶対にケガをさせていたほどの勢いだった。
「痛い」
「す、すまん! つい、力が入って」
「しかも、またその格好だし」
「ち、違うんだ。こっちの方が楽―――というか、あの姿は窮屈で」
狼狽して言い訳を口にする賢の姿を、千沙はジト目で睨みつける。口の中だけでもごもごと「また迂闊に情報漏らしてる」と呟く。
「小山田くん、身長150センチぐらいだっけ」
「あ、あぁ、そのぐらいだな」
「その姿、2メートルありそうだよね」
「そうなんだ。とても窮屈で」
ベッドに仰向けに転がったままの千沙の視線の先には、筋骨隆々の浅黒い肌に、金髪碧眼のおっさんが立っていた。もう一度言う、『オッサン』が立っていた。顔立ちもどう贔屓目に見ても日本人ではない。賢は日本人の小学生の中でも、特に愛嬌のある顔をしていたのに、似ても似つかなかった。
「それで、何か話し損ねてたことあった? 私は言い触らす気もないから、そこは安心して欲しいんだけど。誰かに話したところで、信じてもらえるとも思えないから」
「いや、そこは心配していない。確かに桜井さんの言う通りだから」
寝転がったままも居心地が悪いので、「よっ」と声をかけて上半身を起こした千沙は、こっそり口元をヒクつかせた。目の前のマッチョな外タレおっさんに『桜井さん』なんて呼ばれるのは、違和感があり過ぎて困る。
「言いたいのは、その、とても冷静に物事を判断できる桜井さんを、俺はとても好ましく思っていて、だから、今後も仲良くしてもらえたらと」
「無理」
クラスの中心人物と、壁に溶け込みたいクラスメイトがどう仲良くすると言うのか、と千沙は0.1秒で却下する。
「そ、そんなことを言わずに、ぜひ、その判断力を見習わせてもらえれば―――」
「見習うと言われても」
千沙だって、やたらとパニクっては周囲に被害を及ぼす人工台風みたいな姉がいなければ、こんな性格にはなっていない。
「男女の付き合いという形で、近くでその冷静さを盗みたいと―――」
「小学生なのに付き合うの? ごめん、私、そういうキャラじゃないし」
「俺は小学生じゃないから問題ないだろう!」
だんだんと口調も崩れ、『小山田くん』の皮が剥がれてきた相手に対し、千沙は「ロリコン」と冷たく言い放つ。
「俺は桜井さんのその沈着冷静ぶりに惚れたのであって、別にロリコンというわけでは……! だいたい、ロリコンなんて表現ができるような年齢差でもないし」
「……いくつなの?」
「俺か? 俺は1億とんで12歳だ!」
千沙の脳裏に「化石レベル?」という言葉が浮かんだが、さすがにそれは口には出さなかった。ちなみに、地球で言えば白亜紀頃の生まれになる。
「一周回ってその年齢でもその落ち着きのなさはすごいと思う。……それじゃ、私、帰るね。小山田くんも、明日以降はむやみに私に話しかけないでよ? 嫉妬とか面倒だし」
「桜井さ……っ」
今度は引き留める手もなく、千沙はスッパリ部屋を出て行き、ついでに玄関まで振り返ることなく直行した。
とりあえず、今日のことは忘れよう。そう心に決めながら。
その同じタイミングで、絶対に逃がさない。というか師匠と呼ばせてもらおう、なんて賢が考えているとは知らずに。
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どうにも飲み込みの悪い賢は、もちろん千沙の言う通りに引き下がる……ようなことはせず、何かあるたびに千沙に声を掛けるようになった。何が起きたのかとざわめくクラスメイトとは対照的に、千沙はいつものペースで読書に励む。ときに嫉妬にかられた男子や女子から問い質されることがあったが、何故かその度に危険を察知した賢が割り込むという徹底ぶりだった。
あちこちに波紋を与えた事件だが、3か月後にはクラスメイトも千沙にまとわりつく賢、という構図に慣れてしまった。半年も経てば、一向に報われない賢に同情票が集まる始末である。
その後、『本国』から6年間の予定で送り込まれていたはずの賢は、何故かみんなと一緒に中学に進学し、高校も千沙と同じ高校を受験した。その頃には、クールな千沙と、それにまとわりつくワンコな賢という謎の共通認識が出来上がってしまっている。
「いったいいつ『本国』とやらに戻るの?」
「こっちの教育の在り方についての調査だし、後任も決まらないから、まだ先かな」
「そう。じゃぁ、進学やめて公務員試験受けようっと」
「えええぇぇぇぇっ!?」
「……うるさい」
なんでこんなことになったんだか、と耳を押さえた千沙は、深くため息を吐いた。