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ゆりちゃんとケーキ 前編

本編前のおはなし。かっちゃんのお兄ちゃん視点です。


※実際に「ヒンメル」っていうパン屋さんがあるみたいですが、そちらとは一切関係ありませんのであしからず



 今日は、ゆりがあそびにきました。

 ケーキをいっしょにたべて、たのしかったです。


四年一くみ 白鳥勝也


〇 〇 〇



「今日は由梨ちゃんが来るから、これから納品ついでにヒンメル行くわよ」


 土曜日の朝。母さんがそう言ったら、勝也の顔がぱっと輝いた。

「俺も行く!俺も!!」

 ぴょこぴょこ飛び跳ねるよう母さんに纏わりついていたかと思ったら、買い物袋をみずから持って玄関で待ち構えている。ツンツンの坊主頭に野球帽を被って、準備万端だ。

「お母さんはやくはやく!!」

「はーい」

 くすくす小さな声で笑いながら、母さんは財布とキーと台帳を持って玄関に向かう。

「これから行く佐藤さんちね、おじさんが出てきたらちゃんと挨拶するのよ」

「わかってる!」

 聴きなれたワゴン車の扉をスライドさせる音、また閉められる音。助手席運転席両方の扉も閉まり、古ぼけたエンジンを吹かせて発進していった。

「ケーキ、ケーキ!」

「はいはい。後でね」

 車窓を開け放しているせいか、そんな会話も聴こえてきた。

 ヒンメルというのは近所にあるケーキ屋の名前。俺はあんまり詳しく知らないけど、どっしりした本場のケーキから日本人が好きな軽めのものまで、商品が幅広いんだって母さんが言ってた。なんだっけ、パティ……が本格派なんだってさ。

 けど俺的には、ヒンメルで売られてるケーキやシュークリームはたしかに美味いけど、高い。コンビニのより高い。ヒンメルで何かを買う時は誕生日だとか来客ある時とかだけだし、そして店には一人じゃ絶対入れない。菓子を売ってるせいなのか酒屋うちのみせよりなんだか匂いも雰囲気も甘くて、男だけで入るのがなんとなく気が引ける。午前中の休日、誰かと逢うかもしれないので少なくとも俺は行きたくない。中一男子の心理は複雑なのだ。この前母さんと行ったら見事に同級生と鉢合わせて、向こうは女子だったので余計気まずかった。自分ちの店とかスーパーとかそういうところだと恥ずかしくないのに、ああいう店だとなんで恥ずかしいんだろう。

 俺の弟はまだ小四だし、今んとこそういう気持ちにはならないみたいだけど、あのテンアゲ状態は高いケーキ食えるだけじゃないことも知ってる。

 朝の緊急納品がある場合、母さんはついでにちょっとした買い物も済ますことがある。由梨ちゃんのためにヒンメルに行くと一言云えばまず間違い無く勝也がついてくるので、荷物持ちさせやすい、らしい。

「……勝也、由梨ちゃん関連だとわかりやすいもんな」

 リビングに戻ってそう呟けば、支度途中の父さんの目が笑った。



 一時間くらい経った頃、得意満面でケーキの包装袋を持った勝也とスーパーの袋を下げた母さんが帰ってきた。淡く色のついた袋に白抜き筆記体のロゴは「ヒンメル」って綴ってあるらしい。いまだに読めないけど。

「由梨が好きなやつ買ってきた!」

「本当は一個ずつ色んなの買ってバラエティパック~ってやりたかったんだけど、勝也がこれだって言って聞かなかったのよ」

 母さんは苦笑しつつ、勝也が手にしている袋からケーキ箱を取り出し、卵パックと一緒に冷蔵庫に入れる。

「ちょっと冷やしてからの方が切りやすいそうから、しばらく入れておいてね」

「何買ったの。……え~これかよ。俺、チーズケーキが良かった」

 レシートを見て文句を言う俺に対し、母さんはまた笑う。

「これだけはお店について来てくれた人の特権よ」

「ちぇっ。おい勝也、なんでこれにしたんだよ」

「だって由梨が好きだって言ってた。これ、兄ちゃんのじゃないから。由梨と俺のだから。兄ちゃんには分けてやるんだ」

「なんだお前ーなまいきー」

 被っている野球帽を取り上げ、ぐりぐりわしゃわしゃと頭をかき回す。ツンツンボウズなので触ってて気持ちいいだけで全然乱れない。つまらん。速攻でくすぐり攻撃に切り替えた。

「ぎゃははははっ兄ちゃんやめっ」

「おい参ったかー」

「まいったーーゃははははっ」

 朝から忙しい母さんはそんな俺らの後ろで手早く支度し、父さんに遅れてこれから出勤だ。

「じゃあね。匡也まさや、今日は部活休みだったわよね。出かける時はちゃんと戸締りするのよ。勝也、お兄ちゃんの言うこと聞くのよ。あっそうだケーキ切るのは……、」

「いいよ母さん、俺やっとく」

「うん、匡也だから大丈夫よね。手を切らないようにね!」

「大丈夫」

「勝也、ケーキ切るのはお兄ちゃんに任せなさいね」

「……。わかってる!」




 で、さっきからそわそわと冷蔵庫を見てる勝也。かと思ったらテーブルの上に食器を並べ出した。しかも客用のすごくいいやつ。食器棚の一番上に手が届かないから、わざわざ椅子使ってやがる。

「由梨ちゃんが来るのは昼過ぎだろ」

「うるさいな! 今準備しとくの!!」

 むっとした顔で、丁寧に紅茶カップとティーバッグを用意してる。前にヒンメルのケーキを一緒に食べた時はそんなことしてなかったのに、何してんだか。

「なに、お前もしかして由梨ちゃんにお茶出したいのか?」

「うるさい! 兄ちゃんはあっちいけ!!」

 声がびいんと高くなって、勝也は睨むようにこっちを見上げた。さっきまで凄く機嫌良かったのに今はこの顔。経験上、こういう時の勝也は頭わしゃわしゃしようとしても反発して、痛いくらいに手を叩いてくる。

 溜息つきたい。

「……ま、いーよ。俺はテス勉してるからケーキ切りたくなったら呼べよ。包丁使ってやるから」

 そう言って、退散した。後ろで勝也がどんな顔をしてるかも知らないで。



――「すぐ下に弟が居る。仲良いつもりだけど、たまに弟が勝手に苛立って当たってくる」


 そう言うと、大抵返されるのが「そんなんよくある」「ていうかお前が弟をパシってるから嫌われてんじゃないか?」って言葉。

 違う。俺は勝也をパシってないしいじめてもいない。そりゃ実の兄弟だから遠慮しないし物の取り合いとかするし、たまにひでえ言葉遣いとかしたことあるかもしんない。でも、いじめとかそういうレベルじゃない、と思う。少なくとも、同じ年ごろの同じ差兄弟よりは仲良いつもりだ。友達に似たようなのがいるけど、そいつの家に遊びに行ったとき痛感した。俺ってかなり優しい兄貴じゃねえかって。

 実際、勝也はたまに生意気だけど可愛い弟だと思ってる。さっきのやり取りみたく俺の感覚では普通に可愛がってるつもりだし、三つ違いだから力の差は解ってるので本気で殴ったりもしない。勝也の機嫌が悪くなった時はあんまり突っつかないから喧嘩じたい滅多にしない。勝也も、親や他人が居る場所では素直だし。

 でも、二人きりになると向こうの態度が変化するんだ。さっきみたく、どうでもいいことではねつけられたりする。こっちもちょっとイラッとくるから、相手にしないですぐ退散するけど。

 思えば、勝也は保育園の頃、かなり泣き虫でおとなしかった。今みたく元気になったのは、いつからだったか。そして、俺に対してこういう態度になったのもいつから。

(俺、本当は勝也に嫌われてんのかな)

 そんなことを思うようになったのも、いつからだったか。



 で、結局勝也は俺を呼ぶことなく、微妙な空気のまま昼飯をぼそぼそ食って。

 一応「ケーキ切るか?」って聞いてみたけど、「いい!!」と全力でそっぽ向かれたので、ああそうかよ、そうならもうなんもしねえよ、とこちらも大変ムカついて、お互いぶすっとしたままで食器洗いを終えた。

 そして。

ピンポーン

 呼び鈴が鳴らされたと同時に勝也は玄関まで猛ダッシュ。何あの瞬発力。一応俺も後からついていく。

 ドアを開けた直後、勝也の全力で喜んでる声が響いた。

「――由梨!!」


「かっちゃん。……こんにちは。お邪魔します」


 にこっと笑ったあと、こちらにも気づいて、ちょこんと頭を下げてくる小さな女の子。おかっぱより少し長めの髪とくりくりの目、勝也と同い年の羽田由梨ちゃんだ。勝也とは保育園来の付き合いで、何かっていうと話題に出てくる。てか、勝也の頭の中は野球以外この子しかいないんじゃないかって思うくらい。

 この子を前にしたときの勝也おとうとは、すごくすごくわかりやすい。

「こんにちは、由梨ちゃ「由梨、由梨、ケーキ食おうよ。今日買ってきたんだよ。ヒンメルの!」

 おい、俺の挨拶にかぶせてくんな。あと自慢したいからってフライングしすぎ。三時のおやつを昼直後に食ってどうする。

「勝也、それは後でも「今食おうよ!ケーキは早めに食ったほうが美味いって!」

 だからかぶせてくんな。さっきから俺の言うことぜんっぜん聞かねえなこいつ。

「わあ、ヒンメルの!? すごい! ありがとうかっちゃん」

「うん! 俺が選んだ! 俺がこれがいいって言って、買ってきたやつだから!」

 勝也、お前は選んだだけだろ。買ったのは母さん。なんで自分の手柄みたいに話すんだっての。由梨ちゃん頼む、こいつを止めてくれ。

「あ、でもかっちゃん、私お昼食べてきたばっかりだから、後でいいよ」

「!」

「宿題とタイガークエストやったら、後で一緒に食べたいな。だめ?」

「!!……ううん! わかった! 後で一緒に食べる!」

 由梨ちゃんすげえ。そして勝也、こいつマジで由梨ちゃんの言いなりだな。母さんが「勝也は由梨ちゃん次第だからねえ」とよく言うのも、本当のような気がしてきた。

「じゃあさ~由梨、タイクエやろうぜ。俺結構進めたんだ。仲間トレードしよ」

「宿題が先だよ」

「え~こっちが先でいいじゃん。ねえねえ、やろうよ」

「もう、しょうがないなあ」

 そんなことを話しながら、二人は連れ立って歩く。俺にもう一度「お邪魔します」と礼儀正しく言ってくれた由梨ちゃんに対し、俺のことはガン無視して由梨ちゃんの手を引っ張ってリビングに連れていく勝也。いい度胸だ。

 でも、その顔が赤くなって嬉しそうで、ケーキ屋に行く前より何倍も楽しそうな声になっているのに気づいたら、どうも怒りは長続きしなかった。

 勝也くらいの年ごろで、好きな子いじめとかスカート捲りとか幼稚なことしないで、こうしてまっとうに女の子と仲良くしてるのって結構めずらしい気がする。自分も周りもそうだったからわかるんだけど、小四なんてのはバカなことばっかりして、女子に嫌われる奴の方が断然多い。でも、勝也はそうじゃない辺り、素直にすげえなと思ってる。まあその分、別の意味でお馬鹿だなとは思うけど。

 たまに生意気で可愛くなくなる弟だが、好きな女の前でかっこつけることくらいは赦してやろう。俺にも覚えがあるからな。



 と、まあそんな気分でまた自室に引っ込んだ俺。

 しかし。


「大変です!かっちゃんが……!!」


 由梨ちゃんが血相を変えて俺を呼びに来たのは、その直後の出来事だ。




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