エミリーの訪問
昨夜の衝撃のプロポーズから一夜明けて・・。
*アミ*
なんだかいろいろと考えてしまって、亜美は眠れなかった。
睡眠導入の為に散歩に出かけたはずが、かえって考え事を増やしてくれた感がある。
宮様は大丈夫だろうか?
あんなにハッキリと断ってしまって悪かったかしら?
そんなことを考え始めたらきりがない。
時差ボケで明け方に眠くなってしまい、うとうとしていたら赤ちゃんの泣き声と車の音で目が覚めた。
まさかノッコがもう帰って来たのかしら…?
とにかく起きて下に降りてみることにした。
滝宮様と顔を合わせるのは気まずいが、避けたりしたら周りの人に変に思われるだろう。
1階の朝食室に行くと、大勢の人たちが集まっていた。
扉の側にいたアルさんが亜美を迎え入れて、やって来た人たちを紹介してくれた。
「アミ、おはよう。妹のエミリー夫婦が来てくれたんだよ。エム、覚えてるかな? こちらは、結婚式に来てくれてたノッコの友達のアミ・ソウダ。」
「なんとなく覚えてる。隣村の神父様に英語を習ってた人でしょ。」
「そうです。昨日、日本から来ました。アミって呼んでください。ノッコの店の手伝いに来たんですよ。そちら、もしかして娘さんのセラフィナ?」
エミリーは満面の笑みで抱っこしていた娘さんの顔をこっちへ向けさせた。
「そうよ。ノッコから聞いたのね。セラって呼んでるの。ほらセラ、ノッコおばちゃまのお友達よ。ご挨拶して。」
「アロー。」
セラフィナは初めての人間にも物怖じすることなく、挨拶をしながら手を差し伸べて来た。
「セラさま、アミと言います。お見知りおきを…。まぁ、しっかりしてる。まだ1歳前でしょ?」
亜美は小さな手を握り、女王陛下の拝謁を賜ったように礼をした。
「そうなの。もうすぐ11か月になるの。でも、もう歩き始めたから大変。公爵のおじいちゃまが甘やかすのよねー、セラ。だから自分が一番偉いと思ってるみたい。」
エミリーと同じシルバーブロンドのサラサラの髪に、お父様の譲りの賢そうな茶色の瞳をしている。
この子とノッコの娘のクレアが手を組んだら、将来大勢の取り巻きができそう。
「おはようございます。」
背中で低い声が聞こえた。
亜美の身体がピクリと緊張する。
「滝宮様、お久しぶりです。」
「宮様。」
エミリーさん夫妻が、滝宮様に最高礼の挨拶をした。
「エミリー、それにロベルト。こちらこそご無沙汰してしまって…。エミリー、聞いてはいたけどお母さんになったんだねぇ。」
宮様が感慨深い声を出すのもわかる。
アレックスとノッコの結婚式では、外人で身体が大きいとは言ってもエミリーもロベルトさんもまだ幼い顔立ちをしていた。
こんなに若い2人がもう婚約してるの?!と驚いたことを覚えている。
今では大人になってはいるが日本人の感覚では親になるのはまだ若いと思ってしまう。
でも私が歳を取っているだけなのかも…。
周り中が結婚したり子どもが出来たりしていると、なんだか自分だけが置いて行かれたような気持ちになってしまう。
宮様もこんな気持ちになったのかしら?
それで焦ってその辺にいた私にあの提案?
ありえる話だな…。
◇◇◇
*ヒデ*
失敗した。性急すぎた。
もっと他に言いようがなかったのかと繰り返し考えてみたけれど…後の祭りだ。
いやしかし、諦めたくはないなぁ。
何年もこれという人が見つからなくて悩んでいたんだ。
やっと琴線に触れる人が出て来たんだから、一度の失敗で諦めてしまうわけにはいかない。
亜美の気持ちを変える、何か良い方法がないだろうか?
女の人はどういう提案だったら結婚を考えてくれるんだろう?
だれか…ノッコにでも相談してみようか。
いやノッコは亜美の友達だ。どちらかというとあちら側について私を批判するだろう。
今回は頼れないな…。
そんなことを悶々と考えていたら、丁度いい人がやって来た。
エミリー、君に会えて嬉しいよ!
エミリーなら、いやエミリーの前世の「なつみさん」なら私にアドバイスをしてくれるかもしれない。
エミリーの娘のセラフィナがお昼寝したというのを聞いて、秀次はエミリーを図書室に呼び出した。
すると案の定ロベルトがついてきたので、彼にお土産のヘリコプターのキットを渡すと、箱を抱きしめて即座に部屋に帰って行った。
「宮様…人に言えない何か大事な話があるんですね。」
エミリーは勘がいい。
秀次は頷いて、話を切り出した。
「実は昨夜、亜美にプロポーズをしたんだが…あっけなく断られてしまった。どういう風にしたら亜美の気持ちを変えられるか、なつみさんに相談したいんです。」
「……………。」
「どうでしょうか、お願いできますか?」
「宮様は以前からアミのことを知っていらっしゃったんですか?」
「いえ。アレックスの結婚式で会ったのが初めてで、昨日空港で会ったのが2度目です。」
「えーと…つまり、お互いにほぼ知らない人というわけですね?」
エミリーに客観的に指摘されると、本当に言われる通りだ。
私は何を考えていたのだろう?
いつもは冷静で、なかなか行動を起こさない人間だと言われているのに…。
秀次がたじろいだのが判ったのだろう。
エミリーは「では呼び出しますね。」と言ってなつみさんを呼び出してくれた。
「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
(ピーンポーン)
『はいはい、お呼びですか?』
なつみさんが記憶の場に出て来てくれたようだ。
「なつみさん、お久しぶりです。滝宮秀次です。」
『まぁ、皇太子さま。お久しぶりです。お元気…そうには見えませんね。何かあったんですか?』
秀次は昨日のことを詳しくなつみさんに話して、アドバイスを求めた。なつみさんとエミリーは2人?して秀次に質問しながら、相談している。
「1日だけの良い印象でプロポーズまでしてしまったところが、信用できないと思われたんじゃないかしら。」
エミリーの指摘に、身が縮む。
『そうねエミリー。それもあるけど…一目惚れはよくある話でしょ。私は日本人ならではの感性がプロポーズを現実のものとして捉えることを邪魔しているんじゃないかと思うの。』
「どういうこと?」
『日本人にとって皇室というのは、神に近い存在なのよ。どこか雲の上の存在なの。そんな人が急に側に下りて来て話をしてくれても、どこか現実感がないものなのよ。その上プロポーズなんていうものは一生のうちに何度もされるものじゃないでしょ。』
「ああ、現実感のない状態の2乗なのね。」
『そういうこと。その上一目惚れなんて、現実感のない状態の3乗でしょうね。』
なるほど…2人の話を聞いていると、自分の今の状況がよくわかる。
秀次にしても、日本で亜美に会っていたらここまで早くプロポーズをしなかったもしれない。
イギリスでの親密なふれあいで、自分も普段の皇太子の顔ではなく、、1人の独身男性のつもりになっていたのかもしれないな…。
「ということは、これから私は亜美にどう接していけばいいのでしょうか?」
『まず、滝宮様もお年頃の1人の男性だと認識してもらうことね。それには時間をかけなくちゃ。そして…私の考えは古いのかもしれないけれど、身分差がある場合で手っ取り早く結婚できるのはお見合いね。誰か双方を知っている人で信用できる人にお仲人をしてもらって、両家の意識を結婚に向けていくのが一番早いと思う。』
なつみさんのアドバイスは目から鱗だった。
そういえば皇室の人々の結婚は、親戚や知り合いを介してのお見合い話がほとんどだ。
これは理にかなっているんだろうな。
2人を知っている人で両方の家の人とも話せるような人か…。
アレックス夫妻ぐらいしか思いつかないな。
しかし彼らは私よりも年下だ。日本の仲人の考え方からはだいぶ外れている。
……………。
まあいい。
これを考えるのは後だ。
私を亜美の周りにいる年頃の男性だと意識させる。
まずはこれからやってみよう。
久しぶりのなつみさんにエミリー
※二人のことを知りたい方は「めんどくさがりのプリンセス」をご覧ください。