二人の悩み
最初は、アミ視点。次に、ヒデ視点。となります。
*アミ*
開店の曲が流れる始めると、今までしていたバックヤードの仕事の手を止めて店の入り口に3人で整列した。
館内に流れていた曲調が変わり、モールの中にお客様を入れ始めたことを店員に伝えてくる。
今日は人が多そうだ。
昨日から始まったバーゲンセールと春休みの最初の日曜日が重なっている。
稼ぎ時だよね。
亜美は気を引き締めた。
頭の中では様々な段取りが巡っている。
今日は女性誌の新刊が二種類ある。最近は付録が多いので雑誌と組んで梱包する手間が大変だ。亜美の担当は児童書だが、この作業は時間がかかるので皆で協力することになっている。
そして今日の児童書の新刊を思い浮かべる。平積みのレイアウトを変えなればならないところが二か所ある。そして予約客への電話もしなければならない。アルバイトのチコちゃんが来るまでにどこまで進められるだろうか…。
亜美は今、本屋の店員をしている。
まさか自分がこういう仕事に就くようになるとは思ってもみなかった。大学時代には英語教師になるつもりだったのだ。
学生の時にバイトをしていた本屋の店員が職業となり、塾の英語教師がバイトになっている。
週休2日の内の1日を自宅で英語塾をしている。午前中は主婦、午後からは子ども達、夜になると会社員が生徒さんだ。この二足の草鞋で稼いで、そこそこ貯金もできたので、25歳になる今年の夏にはすべての仕事を止めてイギリスに行く予定だ。
イギリス人の貴族と結婚した友達が2人目を出産するので手伝いに行く予定なのだ。
3年間本屋の仕事をやって来て、充実した時間を過ごさせてもらった。
自分に任されたコーナーを工夫した結果、売り上げが伸びると単純に嬉しい。それに何よりも好きな本に囲まれて一日を過ごせる。このことが最終的に本屋の仕事を選んだ動機だったと思う。店員特典もあった。新刊情報は一番に手に入る。作家さんが来られた時はサイン本も頂ける。本好きな人が多いので職場での話題にも事欠かない。精神的な面では大変恵まれた仕事だった。
しかしこの仕事には欠点もある。
まず給料が極端に安い。そして店員のほとんどをアルバイトと準社員で賄っている。つまり、本屋の正社員になるという事は、イコール店長候補生になるということだ。就職の時にはそこまで深く考えなかった。
バイト先のここの店長さんに声を掛けられて、そのまま就職してしまったのだ。友達のターチには呆れたと言われたが、自分でも考えなしだったと思う。店長は、私が自宅で英語塾をしていることを知っているので2日の休みのうち1日を毎週金曜日に固定してくれて、応援してくれていた。
しかし3年も経つと移動の話が舞い込んでくる。
今回は自宅から2時間かかる本屋の副店長の話だった。うちのチェーン店は関東だけではなく近畿や西日本の方にもある。
そこで初めて気がついた。
将来、自分が結婚もすることなく日本各地を転々と移動しながら本屋の店長をしている姿を想像したのだ。
これはさすがの亜美もあり得ないと思った。
亜美が将来に悩んでいる時に、学生時代の友達でイギリスにお嫁に行ったノッコも悩んでいることがわかった。
ノッコの双子のお兄さん、伸也君の奥さんが7月の半ばに双子を出産するという知らせが来たという。そのこと自体はおめでたい話なのだが、ノッコも8月のはじめに2人目を出産予定だ。
実家のお母さんは双子だし初産ということもあるので今回は伸也君の方を手伝うことにしたらしい。お嫁さんのお母さんは身体が弱くて入院がちなんだそうだ。あのお母さんだったら「私に任せなさいっ。双子はお手の物よ。」とでも言って張り切っているんだろうな。
しかし困ったのはノッコだ。
「店の方もあるんだけど…こっちの人って貴族でしょう。私達と感覚が違うのよ。『7月に入ったら2か月に渡るサマーバケイションなんだから、店は閉店にして別荘があるクラフの町で赤ちゃんを産んだら?』って、お義母様に提案されたの。アレックスは観光業だから夏は忙しいでしょ。サマー家の人たちにすれば私たち夫婦はワーカーホリックで働き過ぎらしいわ。でもこんな事情を日本側に言えないしね。店を長期休みなんかして本家にバレたら、すぐにうちのお母さんや伸也たちの耳に入っちゃうし、できたら心配させたくないのよ。こっちで学生バイトでも雇うつもり。…ちょっと心もとないけどね。」
ノッコが言っていることだけではないと思う。
旦那様のアレックスの妹のキャサリンが8月の終わりにイギリスの王子と結婚することも大きいのではないだろうか。
日本でも最近その話題で持ちきりだ。自国のイギリスではもっと報道が過激になっているんじゃないかしら。下手にバイトを雇うとどんな情報をリークされるかわからない。ノッコも頭が痛いことだろう。
ここでいい考えが閃いたのだった。
亜美が夏に店を辞めてノッコの手伝いに行く。
亜美にしても8月の1か月間インターバルの期間を置いて、向こうで仕事をしながら色々考えて次の就職先を探せばいいかなと思いついた。
ノッコと話した後、すぐに店長に事情を話してこの春からの新入社員を入れてもらった。夏までにこの人に教育をつけて辞める予定だ。
亜美の提案にノッコも大乗り気で「助かったーありがとう。」と感謝された。ワーキングビザのほうは、アレックスが手続きをしてくれるらしい。
本屋と塾の仕事をしながら職場と家を行き来するだけだった生活から、イギリスでの新たな生活が待っている。
普段冷静な亜美ではあるが、それを考えると心が浮き立つ気持ちになるのだった。
◇◇◇
*ヒデ*
最近、侍従長の圧力が厳しい。
先日イギリスの第一王子リチャードとアレックスの妹キャサリンの公的な結婚報道がされてから、その圧力はますます強さを増してきた。
秀次にとっては5年も前からわかっていた結果だ。
2人の結婚はキャサリンの決断如何にかかっていた。キャスも大学を卒業してから1年間働いたので、やっと自分の気が済んだのだろう。待たされたリチャードはたまったものじゃなかっただろうけど。
結婚しろとうるさく言うのならロザンナとの結婚を許してくれれば良かったのだ。
学生時代にイギリスでつき合い始めたロザンナとはまだ浅い関係の時に宮内庁の駄目出しが入って別れさせられた。その時に一番に反対したのは、雲居侍従長あなただろうと言いたくなる。
住民票もパスポートも持たない皇族は、ただ唯一の「日本人」として生きよと教えられる。
私も幼い頃からの皇族教育を受け、将来は天皇の身位につく身だ。
ロザンナとの恋が実を結ぶことはないとわかっていた。しかし淡い恋を踏みつぶされた気持ちはそうそう忘れられない。
日本では遠巻きにされがちで、若い女性と親しく言葉を交わすこともまずない。そんな私が初めて同等に言葉を交わせてつき合えたのがロザンナだった。
しかし奔放なロザンナに皇太子妃の役目は無理だっただろうとは思う。
日本社会は閉鎖的で堅苦しい所があるからな。ただそれこそが、日本の伝統をこの現代まで何千年の長きに渡って守り伝えて来た、日本人固有の性質ともいえるので、一概に悪いことばかりではないのだが…。
何人かのお后候補を紹介されたが、今一つピンとくる方がいない。
推薦してくださった方にも誠に申し訳ないのだがお断りさせて頂いた。
おもう様もおたあ様も何も言わないが、心配していることはわかっている。30歳がくるまでに何とかしないと、年の離れた下の妹たちと結婚時期が重なってしまう。宮内庁の職員たちにとってもそれは避けたいところだろう。
秀次にしても職員たちに迷惑をかけることは本意ではない。
そうは言っても一生の事だ。
友人のアレックス夫妻を見ているとやはり双方の思いがある上での結婚がしたいと思ってしまう。
はぁー、どうしたものか。
日本国皇太子 滝宮秀次の憂いは深かった。
みんなの五年後、さまざまな変化があったようです。