第七話 お互い暴走開始
可牧の暴走から数分後。
玄関で呆然としていた都村と遠衣の二人と合流したミサは、教室で交わしたやりとりの一部始終を語って聞かせた。
「なんてやつだ……パンのためにそこまでするか、普通!?」
おまえが言うなおまえが言うなーっていうかおまえのためだー!! と心の中で激しくツッコむミサと遠衣。しかし口にはしない。とてつもなく口にしたいが、しない。なぜなら、
「待てよ? パンのためにそこまでできるってことは、やっぱ俺たちって気が合うんじゃねぇか!」
そう、なぜなら――都村が意味不明な思考回路と理屈によっていい感じに自己完結しようとしていたからだ。結局は可牧の印象が良くなるならば、それをわざわざ邪魔することもないだろう。
「いや……でも今更だよな。俺たちケンカしちまったし」
「あんたは仲直りしたいと思ってるんでしょ?」
率直なミサの言葉に「うっ」と詰まる都村。やはりこの男、根は純情なのだ。不器用とも言える。
「……ああ。でもな、どうしたらいいかわかんねぇんだよ! とりあえず教えてくれ、おまえらから見てこの場合、俺とあいつのどっちが悪いんだ!?」
「どっちの頭も悪いわ」
「間違いない」
即答なミサ、即同意な遠衣。二人のリズムの相性は今日も抜群だ。ミサが聞いたら怒るだろうが。
「あーっと……じゃあ俺は謝らなくていいのか?」
「なんでそうなる」
やっぱり頭が悪い。ミサは改めて結論づけた。
「どっちが悪くても、こういうときは男が謝るのよ。そう法律で決まってるの」
「えっと、男として僕も反論したいとこなんですが、ミサ嬢? どこの法律ですかそれ」
「ミサ教」
「法律どこいったん?」
いつの間に宗教の話になったのか。
「んだと、俺なんかあんパン教だ!!」
「なんで張り合うん?」
この話の飛び方。明らかに可牧と似ている。それが気が合うということなのか、単に頭が悪い同士なのかは不明だが……仮にも応援していた(つもりの)ミサとしては仲直りしてほしかった。それは紛れも無い本心なのだ。
「ともかく! あんたが謝るっていうのは間違いなく最良の解決法なのよ」
そう。
「だから謝り方の練習をしましょう。いろいろ」
とても面白い仲直りをしてほしいと、ミサは本心から思っていた。
そして単純かつ頭が悪いらしい都村はあっさり頷いてしまい、なんとなくミサの本心を察した遠衣も「面白くなるならいっか」と協力することになるのだった。もちろん変な意味で。
そして、学校にて変な謝り方講座が始まったその頃。走り去った可牧が何をしていたかというと……とりあえず高校から最も近いパン屋へと殴り込みをかけていた。
「たのもー!!」
「はいはい、いらっしゃいませ」
出てきたのはエプロン姿の柔和なおじさん。登下校の途中に立ち寄る生徒も多いこのパン屋は、このおじさんが奥さんと二人で経営している。学生に優しいお値段、素朴ながらも手作りのパンは人気があり、実は都村にとっても買い食いの常連店だったりする。
美味しいパンを食べている人の顔を見るのが幸せ、そんなおじさんを前に可牧は注文した。
「娘さんは!?」
「……はい?」
もちろんおじさんの目は点になった。
「だから、娘さんはいませんか!?」
「え、ええと」
おじさんは知らないだろうが、可牧がパン屋に殴り込みした目的――それは、自分と同じ悩みを持っている(と勝手に決めた)パン屋の娘に弟子入りすることなのだ。本当に知ったこっちゃない。というか知り得るはずも察せるはずもない。
「うちは子宝に恵まれなくてねぇ。跡継ぎもいなくて困ってるくらいだから……娘はいないんだけど」
「この店はダメだ」
温かい店を一刀両断。おじさん絶句。
「失礼しました」
本当に失礼なことを言って、暴走状態の可牧は店を後にした。
そのころ、都村は……ミサの指導の下、可牧に謝る練習をしていた。
「いい? あんたにはまず可牧への気持ちを思い出してもらうわ」
「可牧への、気持ち……」
場所は近所の公園。興味本位でついてきた遠衣も加え、三人でコソコソと隅っこに寄っている。ミサの顔は真剣、都村も真剣。遠衣はぼけーっとしているが、周囲の見張り役をしていた。警官でも通ったら困る。先日の遊園地騒動が尾を引いているわけではなく、単に授業中であろう時間に制服姿を見られるのはヤバイからだ。
それを言えば、可牧も制服で堂々とパン屋へ爆走している。警官に見つかって捕まってくれれば世話ないのだが、それはありえないとミサは確信していた。長い付き合いだからわかっている。可牧が面白いことをするとき、それが運良く――いや、運悪く途中で止まることは、ほとんどないのだ。むしろ運命すらも可牧を見て楽しんでいるかのように助長していく気すらする。
だからミサは、可牧が大好きだった。
「可牧、好きだあああああああ!!」
「なんでミサ嬢が告ってんの」
「今のが見本よ。実際に告白したのは可牧でしょ。それを今度は都村君から告って、気持ちを確かめあうのよ!」
思わず叫んでしまっただけだが、ミサはサラリと流して適当に繋げた。遠衣はニヤニヤしていたが、都村は生真面目そうに頷いてあっさりと騙されていた。やはり頭がよくない。
「さぁ、今度は都村がやってみなさい!」
「よ、よし!」
都村は気合を入れてあんパンをかじった。
……あんパン? 一瞬なにを見たか理解できなかったミサと遠衣は首をかしげた。
「待て待て待て。都村、おまえなんであんパン食べてんの」
「あ? 気合入れただけだが」
「なんで気合入れるのにいちいちあんパン食べるのよ!!」
「んだよ、緊張するときは唾を飲み込むだろうが。あれと同じで、俺はあんパンを飲み込むんだ」
なんとなく誰もツッコむ気をなくした。
「さて、気を取り直して。あんた、告白してみなさい」
「お、おお」
ジト目になったミサにビビリつつ、都村は頷いた。
「可牧役は遠衣よ。さぁ演技開始」
ニヤ目になったミサにビビリつつ、遠衣は頷いた。
「って頷けるかぁ!? なんで僕まで!!」
「そのほうが面白いからよ」
「僕は面白くないもん!」
「あんたが面白いかは聞いてない。あたしが面白いかだけが重要。OK?」
遠衣はなおも「いやん! やんやんやん」と気持ち悪く首を横に振っていたが、やがてミサの眼光に観念したのか嫌々ながらも頷くことになるのだった。
「あれ……面白いからやってるだけなのか、これ」
ようやく気づき始めた頭の悪いあんパン男児。しかしまだ心から確信していない小さな声では暴君ミサを止めることなどできない。
「あぁ、これが黒ミサというやつか。神を冒涜したり、見てはいけなかったりするんだよな。あれ、なんだか妖怪とか悪魔っぽいぞ。なんてミサ嬢にぴったりなんだろう」
ミサ違いながらも上手い例えを述べる遠衣の顔にぴったりと足型がついた。言うまでもなくミサが踏んだからだ。
「さぁ、始めなさい」
ミサの号令。真剣味を帯びる都村の顔。
そして遠衣は――
「あっはぁん、うっふぅん。わたしったら可牧よぉん」
壊れた。どうやらミサは変なスイッチを踏んでしまったらしい。
「どうしたの遠衣。すごく汚いわよ、顔とか声とか」
都村もすごい勢いで頷いている。
「んふふ、んふふふふ。どうしたのぉ、都村っくぅん♪ 遠慮なく告白してくれて、いいのよぉん?」
ミサはなんとなく上空を見上げた。単に汚らしいモノから目を背けたかっただけだが……なにやら雲行きが怪しいことに気づく。心なしか雷も見える気がする。遠衣がこの世全てを冒涜するような真似をしているから天が怒っているのだ――ミサは本気でそう思った。
「可牧、俺と付き合ってくれ!」
しかし律儀に告白の練習をする都村。こんなモノを前によくやるなぁ、勇者だなぁ、なんてしみじみ思うミサの心はきっと天だけがわかってくれる。
「突き合って? 私と突き合うの? 何を? ふほほ! やーらし」
そしてコイツの心は誰にもわからない。天すらも。
「ぶほほほ! あんた男でしょ? 男なら突いてやるくらい言え――」
鈍い音がした。ミサは上に向けていた視線を戻す。
都村が突いていた。偽可牧のみぞおちに。そう、正拳突きだ。
「あまりにも汚くて……つい」
「気持ちはわかるわ」
よくやった。ミサと世界がそう思ったところで、急所を突かれた不届きモノは崩れ落ちた。
所変わって、可牧のほうは再びパン屋を訪れていた。
「いらっしゃい」
静かな店内に渋い声がよく通る。このお店は『一子相伝』という、およそパン屋には似つかわしくない名前だ。しかしその名の通り、昭和初期に開店してからずっと一人だけにパンを作る技を伝えてきた老舗だ。たかがパン、されどパン。伝統の味というものはある。それを現在受け継いでいるのがこのお爺さんだ。
「娘さんはいますか!?」
そんな由緒あるパン屋において、不届きな注文をする女がここに一人。
「娘? いいや、うちには一人息子がおっての……」
お爺さんは懐かしむように目を細めた。
「昔からうちのパン屋を継げとうるさく言いすぎたせいか、反発しての。単身で上京なんぞしおった……しかし息子は勉強のできる子じゃった。有名な大学へ進み、大手の会社に就職」
お年寄り特有の長いお話が始まった。
「そして破産した」
忘れっぽいお年寄りの話は結構、途切れる。
「結局うちに帰ってきての、今は必死にパンの勉強をしとるわ。ほっほっほ」
なんとなくいい話だった。
「娘じゃないならどうでもいいです」
そして可牧は身も蓋もなかった。
そのころそのころ、都村の告白練習はというと。
「可牧、結婚しよう!」
話が飛んでいた。
「五百万出しなさい! うっふんあっはん!」
遠衣も酷いことになっていた。
そのころそのころそのころ、可牧のパン屋訪問は。
「娘さんいますか!」
「今年で二歳になりますが」
「未熟者が!!」
それにしてもパン屋の多い街である。
そのころそのころそのころそのころ、都村と遠衣の漫才は。
「子供の名前は何にしよう。あ、そうだ! あんパン! ダメだ、可愛いがりすぎちまうぜ!」
「うふふ、きっと食べたいくらいに可愛い子が生まれるわよ! うっふんあっはん!」
「ていうか本当に食べそうね」
悪ノリはどんどん進んでいく。
――そして。可牧はご町内で最後のパン屋にたどり着いた。
「娘さんはいますか!!」
「はぁ、そこで働いておりますが」
人のよさそうなおじさんに指された方を見ると、そこには可牧より少し年上くらいの女の子が焼きあがったパンを並べていた。
「師匠!!」
可牧は叫んだ。脈絡もなく。
「は、はい?」
女の子が振り向く。素朴な顔立ちに笑顔とエプロンが似合っていて、看板娘というイメージがぴったりだ。そんな見るからに普通な女の子に、明らかに異常な精神状態の可牧が迫る!
「師匠ならわかりますよね! 好きな人にあんパンを食べさせたいっていう、この気持ちが!」
滅茶苦茶だ。友人であるミサや遠衣、もともと変な都村はともかく、一般人が突然こんなことを言われて対応できるはずがない。
現に看板娘の少女は、可牧の勢いに押されて身体を震わせ、なぜか掠れた喉から悲鳴のような声をあげました。
「わかる!!」
訂正。悲鳴のように肯定しました。
「ああ、師匠! やっと出会えた! 私に恋のパン作りを教えてください!」
「弟子よ! 道は厳しいぞ!」
「望むところ!」
おそらくこの世界で誰一人として理解できないであろう話で意気投合した可牧と少女。つまるところ、簡潔に言えば……どこからどう見ても一般人に見えた看板少女も中身は変だったというわけである。めでたしめでたし。
――時を同じくして。都村の告白練習も最終段階に入っていた。
「可牧、死ね!!」
要約すると一緒に墓に入ってくれということらしい。
「完璧ね!」
そのセリフを大絶賛するイカれた女性。可牧が悲しんだことに怒っていたはずのミサである。
「本当か!!」
喜びの声。
「本当か?」
疑問の声。
「ええ、絶対に面白いことになるわ」
どうやら楽しすぎて可牧の悲しみが二の次になってきたらしい。
本当にパン屋へ弟子入りしてしまった可牧。
すっかり玩具にされている都村。
果たして、次にこの二人が会うときはどうなってしまうのか。
えー……超ずいぶんと久しぶりになりますが、ようやく更新となりました。楽しみにしてくださっていた方いましたら本当に申し訳ない。
次の話もすぐとは言えませんが、今回ほどの時間はかかりませんので、また気長に待ってくださったら嬉しいです^^
しかし久々に書くとたのしーですコイツら。