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第五話 デートで初めてわかること 後編

 デートに最適と思われた天気。


 うまくいくかと思われた展開。


 そんな清々しいっぽいものを全て吹き飛ばすかのような爆弾発言が、都村の口から炸裂した。その言葉はなんか放射能っぽくその場にいた人間――可牧、ミサ、遠衣までをも衝撃をもって貫いた。


「……あ、あの?」


「んだよ。どした」


「……わ、私、告白、しましたよ、ね?」


「はぁ? いつだよ」


 都村の表情にふざけている様子はない。そもそもこの男が冗談を言うところなど誰一人して見たことはなかったが。


「あ、あの! 中庭で、会ったとき、に」


「あんときか?」


 都村は顎に手をあて、思い出すような仕草をしてから、あっさりと、


「落としたあんパンで頭がいっぱいで、聞いてなかった」


 そんな呪文をとなえた。可牧は石化した。その石化を解くアイテムは……RPGではないので残念ながら無い。


「ちょ――ちょっと待ちなさいよぉぉぉぉぉ!!」


「お、おいミサ嬢!?」


 しかしその言葉があまりに頭にきたのか、こっそり後をつけていたことも忘れてミサが飛び出した。


「あん? んだよ、てめぇなんでこんなところに――」


「そんなことはどうでもいいのよ!! それより何よ今の言い分!! あんた、教室で言ったじゃないの! 可牧が付き合ってほしいって言って、それを」


「あれか? いや、あいつにあんパン奢ってもらったときに“また一緒にご飯食べようね”って言われたから、そのことかと」


 ミサは絶句した。いまどきなんてベタなオチだろう。こいつは……この男は、“付き合って”という言葉を男女のそれとは関係ない、そのままの意味で捉えていたのだ!!


「じゃ、じゃあほら! 学校の廊下で! あたしが聞いたわよね!? “その子のこと好き?”って! そしたらあんた“ああ”って頷いたじゃないの! そこはどう説明すんのよ!?」


「その子ってあんパンのことじゃなかったのか?」


「んなわけないでしょが!!」


 想像を絶する返答にミサは半分泣きそうだった……なによこいつ、なによこの展開、なんでこんな妙な偶然で、こんな最悪な事態に――


 ミサはおそるおそる可牧を見た。


 可牧はいつの間にか石化が解除されていたが、依然として死にそうな感じの状態異常にかかってるように顔色が悪かった。


「ねぇ、都村、君……」


「ちょっと、可牧?」


 今にも倒れそうなその顔を見てミサが心配そうに声をかけるが、その先が浮かばない。


「あ、あんだよ」


 その迫力にさすがの都村も顔を引きつらせる。


「都村君……さ」


「お、おう」


「私とあんパン……どっちのほうが好き?」


 普段の都村ならば、紛れも無く「あんパン」と即答しただろう。


 しかしさすがにこの展開、この可牧の顔色を見る限り、それは人を一人殺すことと同義だということは鈍い都村にも理解できた。


「……その、な」


 しかし、だからといってうまく切り返すほどの恋愛経験などあるわけがなく、結局は沈黙をもって肯定してしまうのだった。


「……ねぇ、ミサちゃん?」


「な、なに」


「教えてよ……ミサちゃん。たくさん教えてくれたよね。これも教えてよ」


 いつもバカみたいに元気な可牧が、こんな悲壮な表情をするなんて……ミサは親友の、負の感情の爆発を初めて目にして――怯えていた。


「どうやったらあんパンに勝てるのかな?」


 このわけのわからん質問に、誰が答えられるだろう。


「私の身体にも、あんこ詰めればいいのかなぁ」


 冗談のように聞こえるグロいその質問に、笑って答えられる人間もここには存在しなかった。


「私は……私は……」


「か、可牧?」


「パン工場で製品化されるしかないんだああああああああああ!!」


 妙なことを叫んで猛ダッシュ。砂煙をあげて爆走していく可牧を、そこにいた三人とお客さんたちは呆気にとられて見送ることしかできなかった……


 いや。


 違った。


「おい」


 一人だけ、いい意味で普段通りの男がいた。


「よくわかんねぇけど、俺は追わなきゃいけねぇよな。こういうときって」


 傲岸不遜なその態度。あまりにいつもと変わらない偉そうなそいつを目にして、呆然としていたミサは正気に戻った。


「な、なによ。あんたが行って、何しようってのよ」


「よくわかんねぇけど、あいつは俺が好きなんだろ? じゃ、その返事をしねぇとな」


 ミサは再び呆けてしまった。この男が、こんなことを言うなんて。


「あんたが……あんパンより可牧を好きになるっての?」


 セリフだけ見ればバカらしい質問だが、ミサの声は真剣だった。


 だから都村も真剣に答えた。


「その返事を聞く権利はあいつしか持ってねぇだろ」


 ミサは思った。こいつ、都村は、食欲バカで、あんパンバカで、身体がでかくて鈍くて、どうしようもないやつと思ってたけど……実は、恋愛に関しては普通に硬派なのではないかと。


「……うん。行ってあげて」


「おう」


 だからミサは送り出した。可牧が好きになった男を信じて。


 そして――


「ちょっと待った!!」


 普通に軟派なこの男、遠衣が立ちふさがった。なぜか。


「都村!! おまえに一言、もの申す!」


「んだよ。急いでんだけどよ」


 遠衣は不敵に笑う。そして、ものすごく大きな声で言った!


「あんパンは一回食ったら終わりだろう……しかし! 可牧は何度でも食べれるぞ!! 性的な意味で――」


「ここにきてくだらないこと言ってんじゃないわよあんたは!!」


 遊園地の恥さらしになる前にミサの飛び膝蹴りが入った。可牧を褒めてやろうとしたのだろうが……あまりにあまりなセリフである。


「……何が言いてぇのかよくわかんなかったが、行っていいか?」


「あーはいはい。行ってらっしゃい」


「いてらぁ……」


 巨体に似合わず素早く駆け出す都村を、地面に倒れたままの遠衣と、その背中にあぐらをかいて座るミサはひらひらと手を振って見送った。




 そして、都村が走り出したころ。


 いまだ爆走しているかと思われた可牧は、意外にも足を止めていた。


「ね? 私って不幸だよね!?」


「いえいえ、そんな恋できるだけで幸せだと思いますよ」


 なぜか遊園地の受け付け嬢さんに愚痴っていたのだ。


「私は……私はもうパン工場に行くしかないんだよ!」


「ええ、ぜひプレスにでも潰されてください」


「そしてパンになって……都村君に食べてもらうんだ!」


「ええ、ぜひ噛み潰されてください」


「……えっと」


 さすがの可牧も受け付け嬢さんのブラボゥな返答のおかげで正気に戻り、冷や汗をかいていた。


「あのぅ……?」


「はい? なんですかコノヤロウ」


 冷や汗に震えも追加された。


「もしかして、怒ってます?」


「まさかそんな」


 受け付け嬢さんはハッキリとした営業スマイルを浮かべながら、


「こっちは仕事ばっかでイラついてるのに唐突に延々と幸せな愚痴聞かされて正直ウゼーなんて思ってませんよ? お客さんだし聞いてあげようと思ったけどそろそろ我慢ならねーとか私に春がいつまで経ってもこないのにあんたの頭は春でいいなぁどチクショウとか思ってませんよ?」


 にこやかにこんなことを言い放った。


 可牧は肌で感じとった。


 逃げなければ殺られる。


「おい、ホタルイカー!!」


「都村君!?」


 やった、逃げる口実ができた――じゃなくて、お、追いかけてきてくれたの!? と、受け付け嬢さんの異様な迫力によって思わず優先順位が混乱したが、ともかく逃げなければならない。


「す、すいません。私行きます! そ、その……愚痴を聞いてくれてありがとうございました! 色々頑張ってください!!」


 ぺこりっ! と勢いよく頭を下げてから再びダッシュ! 都村とは反対の方向へ!


 そんな可牧に向かって、鬼っぽい角を生やしていた受け付け嬢さんは、


「はいはい、あんたも頑張りなさいよ。若いんだから」


 意外といいこと言っていた。


 ――それを後ろに聞きながらも必死に脚を動かす可牧。さっきまでの怖いおねーさんは頭から去り、代わりに都村のことでいっぱいになる。


「おい! 待てっつってんだろが、そこのイカ!!」


「ま、待たないよ!!」


 だって怖いもん! 可牧は心の中で叫んだ。そう、恐怖だった。やっと恋が実ったと思った。好きな人と歩いて、好きな人と食事して、好きな人とデートに来て――そう、嬉しいことばかりだったのに。


 それが全て、幻だったなんて。


 夢から覚めた後に残った現実はどうなるのか……それを知るのが怖かった。


 だから走る。逃げる。都村を避ける。それで問題が解決するのかと聞かれれば間違いなく否定せざるを得ないのだが、混乱している可牧にはこの選択肢しかなかったのだ。


 しかし都村にとってそんなことは関係ない。ただ言いたいことを言うために、男性顔負けの速度で走り続ける可牧を追う。


「っこの、なんつー脚してやがる……てめぇはダチョウか!!」


「ど、どうせダチョウだよ!! 美味しくないよ!」


「バカタレ!! 北京ダックとか美味いだろうが!!」


「それはアヒル!!」


「似たようなもんだ!!」


 勢いに任せて叫びながらも人通りの多い遊園地内を爆走する二人。お客さんたちも先ほどのミサたちのように呆気に取られている。


「うぅ、なんでこんなにしつこいの! こうなったら……皆さん助けて! この人は痴漢です!! 私は襲われてます!!」


 混乱極まったか、好きな人に向かってとんでもないことを言い出した可牧に都村はぎょっとなる。


「なに、痴漢っ!?」


「痴漢に少女が襲われている!?」


「見物せねば!!」


「いや助けろよ!!」


 都村は周囲の反応にヤベェと身をすくめるが、すぐに持ち前の勝気さで怒鳴り返す!


「っざけんな!! てめぇのほうから誘ってきたんだから痴漢っつーならてめぇだろうが!!」


 遊園地に響き渡ったその通る声を聞いた周囲の人は、


「聞いたか、少女の痴漢が男を襲ったそうだ!!」


「なにっ!? 見物せねば」


「あんたはなんでもいいのか!?」


 なんだか可牧たちと違う意味で突っ走っているのだった。


 しかし当人たちはそんな事態に気づかず、まだまだ続ける。


「も、元はと言えばこのデートを計画したのはミサちゃんだもん!! 私じゃないもん!!」


「じゃーミサが痴漢じゃねぇか!!」


「うん!! そうだよミサちゃんが痴漢だよ!!」


 そしてこんな結論が出てしまった。


「ミサという子が究極の痴漢らしいぞ!!」


「痴漢の奥義を極めているらしい」


「ぜひ伝授してもらわねば!」


「とりあえずおまえが捕まれよ!!」


 いきり立つ変なお客たちは大声でこんなことを言いながら徘徊し始め、当のミサはわけもわからずに逃げまどうことになるのだが――それはまた別の話。


「おいっ、ついっ、たっ、と!!」


「うあうあ!!」


 迷惑と混乱と変な興奮を撒き散らしていた二人だが、ようやく都村が可牧に追いついたところで鬼ごっこを終えた。やはり男の体力には敵わなかったらしく、見事に首根っこの襟を掴まれていた。


「は、離して!!」


「うっせ、逃げんな。いいから話を聞きやがれ」


「いーやー!!」


 往生際が悪くじたばたと暴れる可牧。しかしさすがに大声で叫びながら爆走した後で大した力が出るはずもなく、本物の猫にも劣るような抵抗だった。


「あんな、少し落ち着けよ」


「はーなーしーぜー」


「はなしぜってなんだ」


 ゼーゼーという疲れたときの荒い息である。それに気づいた都村は彼女が力尽きるまで待とうかと一瞬思ったが……面倒になってやめた。


「来い」


「あぅぅ……」


 唸りながらも申し訳程度に手足を動かす可牧。そんな彼女を首根っこ掴んだまま引きずって……


「学生二人、乗ります」


 そう言いながら問答無用で可牧を放り投げたのは、誰もが知ってる観覧車。


「ここなら逃げられねぇだろ」


 セリフが悪役っぽい上に受け付けの男の人に生暖かい視線を浴びたりしていたのだが、心が図太い都村はまったく気にしていなかった。


「うぅ……」


 可牧はついに観念したのか、すこしボロい観覧車の座席にちょこんと腰掛けた。ざらざら感をお尻に感じながら、所在なさげに観覧車内を見渡す。はがれかけの赤いペンキ、くすんだ銀メッキの手すり……窓の外の景色は徐々に下へと向かっていき、少し赤みが差した空が近くなってくる。


 それをゆっくりと眺めていると、少しずつ可牧の心が落ちついてきた。


 それを感じ取っているのか、都村も口を開かない。


 しばらくの沈黙が続き……やがて観覧車が天辺にきたあたりで、可牧が口を開いた。


「都村君は……どうして、私を追いかけてきたの?」


 夕暮れの魔法か、先ほどまでの狼狽が嘘のように、その声は落ち着いていた。


 ようやくまともに話せることにホッとしながら、都村が返答する。


「おまえさ、俺に告白したんだろ? なら返事くらいさせろってんだ」


 可牧の身体が震える。


 しかし逃げ道はどこにもなく……覚悟を決めて、都村の瞳を見据えた。


 オレンジの明かり――幻想的な色を帯びた都村の顔は、可牧の“好きな人”という贔屓目を覗いても格好よく見えた。


「俺はよ、あんパンが好きなんだ」


「やっぱり彼女がいいのね!?」


「いや、彼女かどうかわかんねーし」


「男がいいの!? この男色!!」


「待てや」


 続きがあるんだ、と早合点する可牧をなだめる都村。


「俺はあんパンが好きだ。なんで好きかってーとな、味を知ってるからだよ」


 何を言いたいのかわからず、きょとんと都村を見つめる可牧。


「俺は、おまえの味を知らねー。だって食ったことねぇし。食うもんでもねぇしな」


「どうぞ召し上がれ!!」


「そういうことじゃなくてだな!!」


 慌てる都村の顔が赤いのは、夕日のせいか、それとも?


「あー……例えが悪いか? ともかく! 俺はまだ、おまえが好きだって断言することはできねぇ。今はまだ、わかんねぇんだよ。こういうの慣れてねぇし。でもな、今日は楽しかったし、その、なんだ。試食コーナーで味見したらしっくりきた、みたいな感じでな」


「えっと、最後まで食べてもいいよ?」


「女が気安くそういうことを言うな!!」


 都村の顔はここにきて夕日よりも明らかに紅潮していた。


「とにかく! とにかく要約するとだな!!」


「召し上がれ」


「違う!! ああもう――」


 頭をがりがりと掻き毟った都村は、もうヤケになってハッキリと言い放った。


「俺と付き合え!! 文句あっか!?」


 可牧はポカンと口を開けていた。


 告白された。都村君の、ほうから? その事実に頭がスパークする。


 スパークしたが――


「んだよ。嫌なのか」


 その言葉を、全力で首を横に振って否定して、


「そんなわけないです!! お願いします!!」


 半分泣きながら、懇願していた。


 

 

 最初から噛み合わなかった二人。おそらく今後もすれ違いは多いだろう。


 しかし二人はようやく一つの想いを同じくした。ようやく恋人同士になったのだ。


「――あ、もう終わりなんだ」


「意外と早いもんだな、観覧車ってぇのも」


「なんか、寂しいな……」


「そう言うな。また付き合ってやるよ」


「うん……うん!? ね、ねぇ都村君。もしかしてさっきの“付き合う”って、またそういう意味だったりしないよね!?」


「あん? あったりめぇだろ」


「えええええ!?」


「なんてな」


 恋人同士になったものの――


 この二人は、果たして?


 そして――


 痴漢騒動、どうなった?




 ここでようやくカップル成立でーっす!

 前回がわりとのんびりだったんで、今回はちゃんと突っ走らせました(言葉通り


 なんのせよかったよかった。ここでもう終わっても違和感ないんじゃないだろうか。そんなことを思いつつ、まだ続きます。

 次の更新も相変わらずなんで、まーお待ちを笑

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