第四話 デートで初めてわかること 前編
――某日。ついに可牧と都村のデートの日がやってきた。
天候は青空に程よく雲がかかり、絶好のデート日和。いつぞやの告白と比べて随分と空はご機嫌なようだ。それは可牧の日ごろの行いがよかったからか。
いや、きっとそうだ。そうに違いない――可牧は勝手にそう思うことにした。自分の日ごろの行いを見て「バカだこいつ、あはは」と空も笑ってくれたのだと。
この少女、実は自分のバカさ加減に少し自覚があったりする。
「よーし! この調子でデートもぶっ飛ばすぞー!!」
「ぶっ飛ばしてもいいの? 可牧が言うならやってもいいけど、後には何も残らないわよ」
「いや、残るぞ! 後悔と涙がね」
「やーめーてー!! 前言徹底!!」
「徹底的にやれってさー」
「まぁ可牧がそう言うなら喜んで。遠衣、ナイフ持ってらっしゃい」
「は。ここに」
「てっかい! てっかいいい!!」
自覚があっても可牧は可牧なのだった。
「さて、そろそろ待ち合わせ場所よ。あたしたちは退散ね」
ミサがそう言った瞬間、可牧の顔がアオミドロになった。アオミドロは色じゃないが、とにかくそんな感じである。フィーリングで感じてほしい。
「で、ででで、でもぉ」
アオミドロがもごもご言っているうちに目的地に到着した。可牧が住んでいる街から比較的近い場所にある遊園地だ。有名な場所ではなく、定番の乗り物は一通りそろえているものの特に目玉は存在しない。しかしそれほど都会ではないこの辺りでは数少ない娯楽施設の一つで、今日のような日曜日にはカップルや家族連れ等のお客が多く、そこそこ賑わっている。
「可牧、僕たちにできるのはここまでだ」
「じゃ、頑張ってね」
捨てられた子犬のような顔をする可牧を放り、去っていくミサと遠衣。
二人の背中が見えなくなるまで可牧はおろおろしていたが……やがて腹をくくったのか、待ち合わせ場所である遊園地の入り口へとカキン、コキンと硬い稼動音を鳴らしながら歩いていった。
――そして、それを見つめる視線が道端の木陰から二人分。去って行ったかに見えたミサと遠衣だ。二人は当然のごとくデートを監視するつもりだったのである。
いや、監視というよりは観覧という言葉が正しいだろう。最初から傍観者な遠衣はもちろんデートの原因を作ったミサも、すでに可牧と都村がくっつくことに関して異論はなかった。都村命と豪語する可牧に何を言っても無駄というのがここ数日で理解できた、という理由もあるが……すでに『細かいこと気にすんのやーめた。この子見て遊ぼ』としか思っていないのだ。
「あ、都村が来た」
「隠れて!」
コソコソと二人に見守られているとも知らず都村が現れた。可牧もそれに気づき、慌てて心の中で挨拶の予行練習を始める。
(いい、可牧! こういう待ち合わせでの定番は――そう! 待った? って相手が声をかけてくれるから、今きたとこ! って答えるのよ!)
そんな張り切りまくる可牧とは裏腹に、都村は学校で見る様子と全く変わりない、リラックスした――いや、ダラダラした歩き方で可牧へと近づいていく。
「何よあの格好! やる気あるのかしら」
「都村がやる気見せたほうが怖いけどね、僕は」
地味なジーパン、地味なTシャツ、いつもの髪型――気合を入れた可牧とは対照的な格好の都村を見た外野からの野次が飛ぶ。そんな外野の文句は当然二人に聞こえるわけもなく。
ついに都村は可牧の目の前へ!
「よう。便所どこだ」
「今きたとこ!」
「どこだよ」
いきなりすれ違う会話はさすがである。ともあれ、アワアワ言いながら入場口のトイレを教えるところから、ようやくデートは始まった。
ぎこちない二人のやりとりを遠目で見ているミサと遠衣。街路樹に身を寄せ合って隠れているのだが、くっつきすぎて遠衣が微妙に鼻の穴をひくひくさせて興奮していることにミサは気づいていなかった。
「……声が聞こえにくいわね」
「そりゃこんだけ離れてればね。はふー」
「遠衣、遠目から唇の動きを見て会話を読めたりできないの?」
「読めるよ。はふー」
「ほんと!? ところで、はふーって何」
幸せな音である。
「気にしないで。とにかく読めるよん。うん。例えばね」
そう言って、ジッとミサの唇を見る遠衣。
「な、なによ。あたしの見てどうすんの」
「エロい」
遠衣は鈍い音と共に浮いた。
「バカ言ってないで、さりげなく近づくわよ!」
「ふぁい……」
鳩尾をゴッスンされた遠衣は、先ほどの温もりを忘れないように噛み締めつつ、可牧たちに近づこうとするミサの後を追った。カニ歩きで。意味はない。
うまい具合に柱の影に隠れることに成功した二人は、普通のお客さんの「なんだコイツら」的な視線を受け流しつつ、トイレから帰ってきたっぽい都村と可牧の会話に聞き耳を立てた。
「なぁホタルイカ」
「違う! それ名前と違うの!」
「あん? そっちのほうがいいと思うが」
「ふ、普通に考えて、自分の子供にホタルイカって名前つけないでしょ!」
「俺だったらもっと美味そうな名前つけるぞ」
「あ、やっぱ食べ物なんだ。ステキだね!」
「ステーキって名前はさすがにねぇな」
なんつう会話だ……柱にピッタリコンビは呆れていた。
「ところでよ、その服いいな」
「「「えっ!?」」」
可牧はもちろん、隠れている二人も思わず驚いてしまった。あの食欲魔人の都村が、女の子の服を褒めるなんて……!
「それキャミソールだろ?」
「う、うん」
「ミソが入ってる。いいモンだ」
その服は味噌汁じゃないのよ!? と少なからずミソに因縁があるミサは思ったが、ここでツッコむわけにはいかないと必死にこらえた。
一方、可牧はというと……
(えっと、ミサちゃんが言うには、相手に食べられるくらいの服を着ろって話だったから、この服はミソだから、えっと――)
「やった! ありがとう!!」
「褒めてないよ!! それ褒めてないよ可牧!! 喜ぶとこじゃない!」
「こ、こら。あたしだって言いたいのは山々だけど我慢してるんだから! 静かにしなさい!!」
思わずツッコんでしまった遠衣の口を、ミサは慌てて押さえる。おそるおそる柱の影から二人の様子を見ると……どうやら今の声は聞かれていなかったらしい。
「さ、中に入ろう! 都村君」
「おう。ところであの着ぐるみは何だ。この遊園地のマスコットか」
「あ、うん。そうだよ! パンフレットに書いてあった」
「ゾウだよな、あれ?」
「うん! この遊園地がゾウに踏まれても潰れませんように、って願いが込められてるんだって! パンフレットに書いてあった」
「へぇ。どうでもいいけどゾウって食えんのかな」
そこそこ楽しそうに入場する二人の後を追い、ミサたちも入場口へと急ぐ。
「ほら遠衣、入場料金その他もろもろよろしく! あたしは二人を見失わないようにしてるから!」
「あいよー」
ミサは入場口の柵に張り付き、可牧たちの後ろ姿を見る!
見る! とことん見る!
目を皿のようにして見る!!
親の敵でも見るかのように見る!!
見すぎて目が疲れた!!
「遠衣、まだ!?」
二人が曲がって見えなくなった角を記憶してから、ミサは入場の手続き中の遠衣を見た。
「そうそう、あいつ僕の彼女」
「へぇ! お綺麗な方ですね」
「でっしょ。あなたもかなり綺麗だけどね」
「まぁ」
「あはは、でもあいつがさ、連れてってくれなきゃ泣いちゃうゾウ! とか言うからさぁ、今日はここに」
その“あいつ”が誰か把握した瞬間。
どかばきずこーん! とコメディちっくな炸裂音が容赦なく響いた。
「にゃ、にゃにお……」
「それはこっちのセリフよ。何をしてたの」
「入場料金は払ったから……そ、その他もろもろの部分を」
つまりは余分な会話をしていたわけである。ナンパとも言うかもしれないが、ミサを彼女とか言ってるあたり微妙なところである。
「そこで死んでろ」
「つ、連れてってくれなきゃ泣いちゃうゾウ」
「勝手に泣けば」
見失っちゃまずいとばかりに走り出す可牧。
「ま、待ってくれよう! ぐ、ぐぐ……今やられた僕のゾウさんが痛くてなかなか走れないぜぃ」
フラフラしながらも健気に追いかける遠衣。
そんな二人を見送りながら、遊園地の女性職員の人は、
「若いって良いわねぇ。憧れるわ。エレガントだわ。エレファントなら向こうにいるけど」
不細工なゾウの着ぐるみを眺めがらそんなことを呟いた。
――そうとも知らず、知る必要もなく。ミサと遠衣は見失った可牧たちを必死に捜索!
やがて、なんとか無事に可牧と都村を発見することに成功した。ちょうどアトラクション施設から出てきたところだったのだ。その施設とは――お化け屋敷。
「また意外なところに入ったもんね」
「可牧はこういうの、意外と好きなんだよな。キャーキャー言いつつ」
「あんたよく知ってるわね」
「イタズラで可牧の机の中にホラー雑誌入れたことある。そしたら叫びながらページめくってた。あれ外でやったら捕まるね」
「簡単に想像できるわね……さ、近づくわよ」
またもやカニ歩きで近づき、二人の会話を盗み聞きする。
「都村君、どうだった? お化け屋敷」
「腹いっぱいだ」
「よかったね!!」
ミサと遠衣の頭上に、はてなマークがいっぱい浮かぶ。
「なんでお化け屋敷で腹いっぱいになるのよ」
「僕に聞かれても……幽霊食べたとか?」
「さすがにそれはないでしょ。中に食堂でもあったのかしら」
「あ、わかった!」
遠衣が何かを思い出したようにポンと手を叩き……
「うぇ」
それから渋面を作った。
「どうしたのよ」
「思い出したんだ。友達がここのお化け屋敷に入ったことあるって言ってたんだけどさ」
「なによ。本当に食堂あるの?」
「そいつはこう言った――聞いてくれよ、そこのお化け屋敷、いまどきこんにゃくなんか吊るしてあるんだぜー? って」
こんにゃく。それは問答無用で食べ物である。
「食べたの、かしら」
「たぶん。お腹いっぱいとか言ってるから、吊るされてるの全部……」
ちなみに都村が今ゴミ箱に捨てた包みは、お化け屋敷に入る前に買った味噌カツ串の包みだったりする。買うときに味噌を多めにもらい、こんにゃくにつけて食べた、と二人が知ったらなんと思うだろうか。また味噌だし。可牧は都村の美味しそうに食べる姿を見て「ステキ」などとほさいていたらしいが、その目は節穴だと言わざるをえない。
「き、気を取り直して追うわよ!」
「おもしろいことに変わりはないやね。次は何してくれんだぁ?」
――しかし。そのお化け屋敷が特別だったのか、その後のデートは意外とスムーズに進んでいった。
例えばコーヒーカップを前にして。
「私ね、これ好きなの! 回ってるとね、目が回ってね、脳みそも回る感じがするから頭が良くなる気がするの!!」
それ確実に悪くなってる、とミサと遠衣は心の中でツッコんだ。
「俺はコーヒーカップよりも」
「え、メリーゴーランドのほうがよかった!? お馬さん!」
「馬刺しもいいがな、違う」
刺すな、とミサと遠衣は心の中でツッコんだ。
「カップでコーヒーよりも、パックの牛乳のほうが好きなんだよ」
「あ、都村君があんパン食べてるときはいっつも牛乳だもんね!」
「牛乳パックって乗り物ねぇかな」
コンビニ行って買って飲め、とミサと遠衣は心の中でツッコんだ。
さらに例えば。道中での会話。
「ね、ねぇ都村君」
「あんだよ」
「キス、とか……どう思う?」
おお、なんて積極的な会話なんだ可牧!! とストーカー二人がいきり立つも、
「あん? バカかおまえ。キスの旬っつったらもっと夏場だぞ」
「き、キスって旬があるの!?」
「ったりめぇだろが」
「そそそうなんだ知らなかった。じゃー夏になったらできるんだね!」
「おう、いろいろ料理してやっぞ」
「りょ、料理されちゃうんだ……えへへ」
天ぷらとかにすると美味しいよねーそのキスって魚、とミサと遠衣は心の中でツッコんだ。
「あれだけズレてるのに会話が進んでるのがフシギでしょうがないわ」
「しかもいつの間にか釣りに行く話になってるし……変な会話ばっかだけど、うまくいってるんじゃないっすか?」
半分楽しいもの見たさ、半分心配で後をつけてきたミサと遠衣の目的は、そろそろ果たされそうになっていた。
可牧は笑っている。
あの仏頂面の都村も、そこそこ楽しんでいるようだ。
いまや、どこからどう見てもあの二人はカップルだ。そう改めて心の中で呟いて……ミサはなぜかため息をついた。
「どしたのミザリーちゃん」
「ザリっとな」
脊髄あたりをザリっとやられた遠衣は苦悶の叫びを上げながらのた打ち回るが、
「つつつ……どしたの、ミサ嬢」
地面に寝転がったまま、少し真剣な表情で聞いてきた。
「変な格好」
「なんだよ。心配してやってんのに」
まだ痛いのか地面で身体をくねくねさせている遠衣は顔だけはマジメだった。通行人は見て見ぬフリをしている。
「いつもならさ、“あたしはミザリーでもサリーちゃんでもザリガニでもないのよ!”とか言うだろ。親友とられてつまんない?」
「そ! な! 別に! そんなんじゃ!」
「ウサ晴らしに僕と遊ぶ?」
その言葉に虚を突かれたのか、ミサは一瞬押し黙って――ふ、と小さく笑った。
「それも、いいかもね」
そして寂しそうに、自分の親友を見る。
「はふー! 私、幸せだよ都村君!」
「んだよ、そんなに釣りに行ってみたかったのか」
楽しそうに会話する二人。
「うんうん! か、彼氏さんと何かするのはね、なんだろうと、かかか、彼女さんとしては、嬉しいのだよ!!」
今は言うのにいちいちどもっているけど、いつかは彼氏、彼女なんて単語もあっさり出てくるようになるだろう。
「……彼女?」
「うん!」
そのとき、あたしはどう思うかな。遠衣の言うとおり、つまんないと思う? そうかもしれない。でも――
「誰が?]
「私が」
二人が幸せなら、それでいいか。
「誰の?」
「都村君の」
そう、あんな風に幸せなら――
「初めて聞いたぞ」
あんな風に――
あんな風。
あん、な?
「「「は?」」」
感傷に浸っていたミサも。それを温かく見守っていた遠衣も。もちろん幸せ気分でいた可牧も。
一斉にそれどころではなくなった。
かなーり遅れてしまいましたが、ようやく更新です^^;
私の中でこの作品は娯楽中の娯楽。優先順位は低いので、このように更新が前後することもあると思いますが、また気長にお待ちいただけると嬉しいです^^
ですが、まぁ……このまま引っ張るのはアレなんで、今度はもちっと早く更新します笑