第三話 美味しそうな改造計画
関係ないはずのミサの進言によって決まってしまったデートは、可牧の頭をイカれさせるには充分なものだった。
「この子が好きなのか」というミサの問いに対して都村が「ああ」と言ってから先、可牧に記憶がない。単にオーバーヒートして可牧の精神がどっかに路中したまま動かなかっただけなのだが、動き出した途端にデートと聞かされ、一瞬でエンストしたのは言うまでもない。
茫然自失のままミサと遠衣に教室まで連れていかれ、再び脳が動き出したころにはいつの間にか授業中だった。
「ここ読んでみろ。えーと、蛍衣」
「はい! いつでも元気な蛍衣です! 蛍よりも光ってます!」
「そんなこと書いてないぞー」
訂正、脳みそは全く稼動していなかった。
ただし“まともに”稼動していないだけで、一応動いてはいる。そう、こんな風に――だってデートだよ、デート。昨日ようやく付き合い始めたっていうのに、もうそんなことしちゃっていいの!? 捕まらない!? 犯罪じゃないのかな!?
「逮捕だ!!」
「蛍衣よー、よーわからんけど逮捕されるようなことしたのか? するのか?」
「デートします!!」
その瞬間、教室が爆笑に包まれた。
昨日、可牧に彼氏ができたことは周知の事実だ。なので「おめでとー!」だの「うまくやれよ!」だの「このスケベ」だの温かい応援のオンパレードである。
そんな大騒ぎを見て、先生は、
「デートするだけなら逮捕はされんよ。だが行き過ぎると逮捕だからなー」
他のクラスメイトと同じく、温かい目で忠告してくれるのだった。不思議なことに可牧が付き合い始めたのは職員室にまで知れ渡っているのである。理由は……単に可牧が目立つから。
そんなわけで、その先生が職員室で話したのか――午前中のどの授業を担当する教師も一回は可牧を当て、そのトンデモな反応をみんなで楽しむことになるのだった。
そして、ようやくお昼休み。
いじられ地獄から開放された可牧は、ここに至ってようやく冷静さを取り戻し、
「可牧、今日はどうするの?」
「デート!!」
「落ち着け」
取り戻してなかった。
「お弁当か学食かって聞いたのよ」
「え、えと。お弁当」
「よし、じゃあ一緒に食べましょう。そしてあんたが気になってるデートのことについて協議しようじゃないの」
ミサは可牧の前の席に座り、椅子を後ろに向けて机を共有する形になる。
「あ、あの。みそ――ミサさん。そこ、僕の席」
「貸して♪」
「ははーっ」
微笑むだけで平伏し、去っていくしかない哀れな男子生徒。その美しさと口汚さから『ミサには手を出すな、口はもっと出すな。』というのが学校全体の共通見解である。遠くから見るに限る生き物なのだ。動物園のライオンとか虎とか豹とか、そんな部類。
「あ、僕も一緒にご飯食べたいな」
可牧の隣の席の男子に断り、可愛らしいお弁当の包みを持参して椅子を寄せてくるのは……朝からミサに犬扱いされていた遠衣である。何の因果かお弁当の包みも犬柄だった。
「遠衣君! ど、どうぞどうぞ」
「あら可牧。犬にも同席を許すなんて優しいにもホドがあるわよ?」
「あらん、ミサさんのお言葉は優しくないにもホドがあるわよ?」
冷ややかな言葉に負けじと言い返す遠衣。しかし女言葉は気持ち悪かった。
「あたしはとても優しいわよ。なにせあなたが三べん回ってワンと言うだけで同席を許してあげるんだから」
「三べん回ってワン!!」
「……言っただけじゃないの」
「そう言えって言ったじゃん」
三べん回って、ワンと言う。この読点が無ければ通じる屁理屈だ。
「ま、いいけどね。そんなことよりも可牧の様子が気になるし」
「へ、私!?」
「そうだよ可牧。いつもなら僕の代わりに三べん回ってニャーって言うくらいはするだろうに」
「あ、ぃや、その、考えごとしてて……にゃは、ごみん」
ノリきれなかったことにわざわざ謝る律儀な可牧。勢いがつけば一気に加速して突っ走るが、一気に減速するのも可牧の特徴だ。
「だってさぁ……デートって、恋人同士がすることでしょ? 私たちがしていいのかなぁ、なんて」
「あんたたちはもう恋人同士でしょ」
「こいびと……」
ミサの言葉をかみ締めて真っ赤になる可牧。
「変人同士でもあるけどねぇ」
「へんじん……」
遠衣の言葉もかみ締めて真っ赤になる可牧。
「ここ、恋人同士って何すればいいのかな!? あと変人同士も何すればいいのかなぁ!?」
「恋人は知らないけど、変人同士はとりあえず変なことすればいいと思うよ」
「遠衣、あんたちょっと黙りなさい」
とことん茶化そうとする遠衣の口に、ミサは自分のお弁当に入っていたタコさんウィンナーを詰め込んで黙らせる。
「むぐむぐ……てへ、ミサ嬢にあーんしてもらっちゃった」
「キモいこと言わないで」
「でもまずかったのはなぜだろう」
「あんたタコ嫌いじゃない」
「なるほど!!」
全然黙ってない遠衣であった。ミサの付き合いのよさも原因だが。
「タコは放って置いて話を戻すわよ。可牧、ともかくあんたはデートするの! それに必要なものが、なんだかわかる?」
突然の質問に可牧は目を泳がせる。クロールして平泳ぎしてバタフライしようとして失敗して、ようやくミサの目へと視線を合わせることに成功した。
「わかんない」
泳ぎまくった意味はなかったようである。
「いい? デートに必要なのは計画……このあたりは後で考えるとして、一番最初に決めるべきは――服よ」
正確には“いろいろ置いといて真っ先に決めることができるもの”なのだが、色恋に疎い可牧は大マジメに頷くのだった。
と、いうわけで放課後。
今後の方針が決まった――いや、ミサに決められた可牧は繁華街へと拉致された。可牧は都村と一緒に帰りたがったが、次の休みまで時間が無いのでデートの日程だけ約束させて引き剥がした。
そしてミサの行きつけの店へと連れてかれた可牧は、彼女に言われるがままに着せ替え人形になっていた。
「うう……なんか高そうだよぉ。場違いっぽいよぉ」
「何言ってるの、あんたあんまりお小遣い使わないから結構あるでしょ? こういうときくらい奮発しなさい」
ミサはそう言うが、可牧にとっては見知らぬ国にでも来たも同じだった。女らしさ、というものが希薄な可牧は、服飾に関しても男らしく、安くて機能的なものを選ぶ。だから今いる店のような綺麗どころな場所には寄り付かなかった。もちろん可牧も女の子、ひらひらした女の子らしい服を遠くから見て憧れてはいたのだが……どちらかといえば少年っぽい自分には似合わないと決め付け、店に入ることはなかった。
決して値札を目にしたくなかったわけではない、と可牧は言い張っている。ミサに連れられている今でも値札に視線を近づけないのは、絢爛な服に目を奪われているからである。多分。
「居心地わるいよー」
そんな中、可牧と同じ意見の男が一人。
「ついてきたいって言ったのはあんたでしょ。今さら文句言ってんじゃないわよ」
「そうだけどさぁ……だから早く選んでくれよ。それで可牧のファッションショー見せてよ。それが目当てで来たんだから。あ、ミサ嬢でもいいよ? 見た目だけはいいんだから中身を忘れて見ればそれはそれは素晴らしく――」
「なんならあんたが着てみる? きっとあたしなんかより素晴らしいわよ」
素晴らしく誰もが絶句しそうな意見に、さすがの遠衣も押し黙る。
「あ、こんな服はどうかしら」
所在なさげに歩く二人を連れながら、ミサはようやくお眼鏡にかなった一着の服を手に取った。広げて可牧の肩につけて合わせてみる。
「ええ……ちょ、ちょっと胸元が開きすぎじゃ」
「何言ってるの。揉まれやすくするために開いておかないと、いざというとき面倒でしょ」
「揉むっておっぱいを!? だだ、ダメだよそんな、おっぱいを揉むなんて、それに、私そんな揉めるほどおっぱいないし、ミサちゃんくらいおっぱいあるならおっぱい星人さんもご満悦なんだろうけど私のおっぱいはドラ焼きにも負けそうだし!!」
「おっぱいおっぱい連呼すな」
ただでさえそわそわしてて怪しいのに……とミサはさすがに周りを気にしだす。本人にはわからないだろうが、冷静なミサにはちゃんとわかっていたのだ。自分が変なのを連れてると。
「僕はドラ焼きとどんな勝負してるのかが気になるが」
「そそ、それにおっぱいなんか触ったら、大変なんだから!」
「何がどう大変なのよ」
「子供ができる!!」
「すげーな可牧のおっぱい。子供産めるんか」
すっとぼけた遠衣の意見に、もーいいやと諦め気味になったミサはノッてみた。
「ちょっと見たいわね。揉んでいい?」
「いーやー!!」
すでに周りの注目を集めまくっているが構わない。楽しければいいや、と開き直ったミサは、その後も次々に服を選んでいった。
「とにかく美味しそうな格好して誘惑するの。そうすりゃ食いつくでしょ、都村君て暴食っぽいし」
「お、美味しそうってどうすれば……焼き目とか入れればいいのかな!?」
「入れれるもんならね」
イカ焼きとして美味しく食べられるでしょうよ、と冷たく返すミサ。イカ焼き好きな遠衣は何を想像したのか幸せそうだ。
「じゃ、じゃあお肉屋さんとか魚屋さんに行ったほうが」
「そこで何着る気よあんたは! いいからこれ全部! 順番に着てみなさい!」
実は店頭にぶら下がっている魚や肉でも肩から下げる気だったのだが、さすがに吹っ飛びすぎた考えだと気づいた可牧はおとなしく頷いた。すぐに混乱して妙な思考に走るのは彼女の短所である。見る分には面白いので長所とも言えるかもしれないが。
――そして、可牧のファッションショーが始まったのだが。
「こ、これ、どうかな?」
いつも着ている服装に似た、シンプルなシャツにパンツ。
「地味ね」
「つまんない」
次。
「これは?」
思い切ってミニスカートに手を出してみた可牧さん。
「なんか変じゃね?」
「……可牧、スカート裏返しになってる」
新品の商品をどうやって着たらそうなるのか、という謎を残しつつ、次。
「スカートは……やっぱロングのほうがいいなぁ」
「でもやっぱ変だぞ」
「ごめん、サイズ間違った。可牧、それスカート上げすぎ。胸までいってテルテル坊主になってる」
「あ、じゃあデートの日は晴れるかな!?」
「……あー、そうね。晴れるといいわね」
晴れてるのはあんたの頭よ、とミサは感心しつつ次を指示。
「私、これ一番好きかも!!」
とてつもない笑顔で可牧が着たそれは、なんとパンダの着ぐるみだった。
「どっから持ってきたのよそんなもん!」
「パンダっておいしいかなぁ。都村君好きかなぁ」
「聞けよ!!」
「むぅ、ファッションショーなのに期待したエロスがないよぅ、可牧だから仕方ないのか」
「遠衣君!」
「な、なんだ。怒ったか?」
「エロスってどんな食べ物!?」
「あなた彼氏の影響受けすぎですよ!?」
と、なんだかんで元気な可牧を着せ替えまくり、試行錯誤の末……
「こんなとこね」
「おお、こんだけやって始めてファッションショーっぽい格好だ。ショーのくせに見れるファッションが一つとはこれいかに」
女の子らしい服を着慣れていない可牧は、服飾の組み合わせなんて全くできない。だがそれなりに様々な服を着まくったので、ずっと見ていたミサが『こうしたら似合うでしょ』とコーディネートした結果がこれだった。
上は涼しげな水色のキャミソール、白いレースの清楚な雰囲気が純情な可牧に似合っている。下はふんわりとした白のロングスカート、こちらもレース付きで、全体的に女の子らしいファッションだ。今までの可牧には無かったスタイルである。
「す、すごい。私、女の子みたいだ!!」
今まで自分をなんだと思っていたんだ、とミサも遠衣も思ったが、なにやら普通に感動してるらしい可牧の嬉しそうな顔を見て押し黙った。
なんだかんだ言って、二人は可牧のこういう顔を見たかっただけなのだ。
「――さ、決まったら早く会計すませましょ。次は靴を見ましょうか。アクセが先でもいいけど」
「靴なんか見ないけどな、僕だったら」
「足元から気を使うのがいい女というものよ。ほら、可牧も早く」
「あ、うん!」
それからもしばらく、可牧改造計画は続いた。
三人とも大いに楽しみ、それでいてしっかりと可牧のデートスタイルが決まっていったのだった。
「ミサちゃん……私を女にしてくれてありがとう!!」
「誤解を招くようなこと言わないで」
「僕も男にして!!」
「女にならできるけど」
金!!
「ぉぉぉぉっ!! け、蹴った、金を蹴ったなぁぁぁぁ。使い物にならなくなったらどうする!?」
「だから、女になれば?」
そう、とても楽しく。
可牧のデートはもっと楽しくなるように、願いながら。
読んでいただき、感謝です。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです^^
コメディのほうのカカの天下とは違い、こちらはまったりと更新していきたいと思っていますので……続きが気になる方がもしいましたらば気長にお待ちくださいな^^