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第一話 食欲に走る男と突っ走る女

 ほんのちょこーっと下ネタありです、軽いものですが嫌いな人はご注意を。

 その日は、特別な日でもなんでもなかった。


 見上げてみれば目に映る空は、何が気に食わないのか不機嫌な灰色。風は初夏だというのに少し冷たい。そんな陰鬱な空気を感じ取ってか、彼女が慣れ親しんでいる校舎も心なしか元気が無いように見える。


 つまるところ、記念日にするには景気が悪い日でもあった。


 ――でも、それでも。


 告白しようと、決めたんだ。


 ずっと目で追っていた。それが恋だと気づくのには時間がかかったけど……その分、気づいたら気持ちをすぐに伝えなきゃダメだと思った。この気持ちの熱さが消えないうちに。


『もしもし、可牧かまき? 大丈夫なのアンタ』


「だだだだだ大丈夫でありますよ? わたくひはやる気が満々でありまふ!」


『空回りも満々ね』


「マンマン!!」


『吠えるな』


 そう、熱い。彼女――蛍衣可牧は、熱すぎるその気持ちを存分に持て余していて、まともに喋ることすらできなかった。短く揃えられた髪は黒、瞳も黒。熱を集めやすいその色は、おそらく可牧の心臓を加熱する理由――ではないだろう。当たり前だが。


 高校一年生にしては小さいその身体、しかし声はでかい。今の可牧の格好は一応“隠れている”形になっているのだが、そんなものはお構いなしだ。周囲に人影がないのが幸いだが、気にしている余裕がないのだろう。なぜなら熱すぎて。ヘタをすれば小学生でも通用しそうな顔が、まるで誰かがこっそり茹でているかのように真っ赤である。誰だ喉あたりにガスコンロを入れた奴は。


 余裕が無いといえど――いや余裕が無いからこそ、可牧も自分の顔とその他もろもろがどういった状態にあるのかは把握していた。だから熱を少しでも逃がすために告白直前に隠れ潜み、こうして親友と電話なんかしているのだ。


「やる……わたひはやります!」


『どう聞いてもやられそうな声よ?』


「やるもん、やるんだもん!」


『子供になるな。やる気だけじゃーどうにもならないこともあるでしょうに。とりあえず発声練習でもしてみたら?』


「わかった!」


 ああ、やっぱり親友は頼りになるよ。うんうんよしよし落ち着こう。こういうときは咳払いしてから……可牧は心の中で呟いて、早速それを実行に移す。


「コホン……こほっ、こほっ、ゴホゴホッ!」


『むせるな』


「うううっさいなぁ仕方ないでしょー。こほん! あーあー、アメンボ赤いなあいうえお!  あれ、赤いアメンボって蚊のことじゃないの? 血を吸ったやつ」


『知らないわよ』 


 いつものそっけない声を聞いてるうちに可牧は少し落ち着いてきた。もう一度大きな深呼吸。


 ……よし。景色に抱いていた妙な被害妄想も静まってきた。空はちょこっと隙間を作って日の光を差し入れてくれて、風の温度も少し上がった。校舎もちょっと元気出た。多分。きっと。


 他人から見れば気のせいとしか言いようが無いミリ単位の変化も、告白前の女の子にとっては心境を大きく左右するものだ。先ほどまで怯んでいた顔に気合を入れて、


「いざっ!」


 見ないようにしていた方へ、身体を向けた。


 可牧が一人で悶々としていたのは学校の中庭の端、比較的大きな花壇の影だった。中庭のベンチからは死角。見られていたら死ぬ。『死角』という言葉はそういう意味ではないが、可牧にとってはどちらでもよかった。どのみち緊張で死にそうなのだから。


 しかし不幸なことに緊張では死ねない。勝負場所へ向けた身体を今さら直すこともできず、可牧は足を踏み出した。 


「いける。いきます。いくしかない」


『うむ、見事に前向きな三段活用ね。好きよ、そういうの』


「私もミサちゃんが大好きです!」


『あたしに告白してどーする。ほら、いけ」


「おうよ!」


 ビシッと敬礼をしてから携帯を切り、パン! と気合一発両頬を叩き――蛍衣可牧、人生初の告白へ挑戦である。


 一歩一歩、おそるおそる。踏み慣れた中庭を進んでいく。そう、慣れていたはずだ。それなのに、緊張がピークに達している今の可牧の目には中庭がまるで異世界に見えた。


「……ここ、どこぉ? あこ?」


 ――ハッ! 無意識にそんな言葉を口走ったことに気がつき、慌てて中庭の中心に目を向ける。かろうじて見えるベンチに座る背中はまったく揺れていない。よかった、聞こえなかったようだ。一世一代の告白の出だしがワケのワカラナイ言葉にならなくて、可牧は心底安堵した。それしても「あこ」ってどこだ。

 

 ……うぅ、でもワケがワカラナイのは変わらないよぅ。中庭がアマゾンに見えるよぅ。花壇がジャングルに見えるよぅ。私はきっと猿だよぅ……アマゾンに猿っていたっけ。


 再び心が異世界に迷いこみながらも、勇敢な可牧の足はゆっくりと、しかし確実にベンチを目指していた。


 そう、可牧の好きな人がいつも放課後に座っているベンチ。雨の日以外は必ずそこに座ってゆっくりと過ごすその人を、可牧はずっと見てきたのだ。


 見てきただけ。


 会話をしたことは一度もない。


 でも、好き。


 絶対。


「あの――」


 意を決して、可牧は声をかけた。


 可牧の声は元々大きい。それが気合を入れると、どういうことになるか。


「すいませんっ!!」


「うぉあ!?」


 ものすんごく大きな声になって相手はビックリ仰天するのである。


「あぁん!? な、なんだよ!」


「私、あなたのことが好きです!!」


 言った。ついに言った。


 可牧の頭の中は真っ白だった。どんな風に告白しようか最初はやっぱり出会いとかきっかけとか好きだと思った理由とかそんなのを語ってみればいかがなものか――告白前にはあったはずのその思考は、ものの見事に消し飛んでいる。 


「ぅ……ぁ……」


 告白した相手――坂頼都村さからい つむらは困惑しているようだった。いや、愕然という言葉のほうが正しいかもしれない。それも仕方のないことだろう。さして接点のない女の子にいきなりこんなことを言われては。


「私と、付き合ってください!」

 

 勢いに任せて言い切った。


 この上もなくわかりやすい告白。


 その、結果は――


「うるせぇ!!」


 はっきりとした、拒絶だった。


 あまりといえばあまりの返事に絶句する可牧。


 しかし。


「あんパン……俺のあんパンが……」


「…………ほえ?」


 厳しい表情で彼が見つめているのはただ一点。


 可牧の一声に驚いて落としてしまった、食べかけのあんパンだけだった。


「あ、あのぅ、もしもーし? 私の話は聞いていただいておりましたでしょうか、はてな?」


「あん? 付き合えだぁ? どこにだ!? 何か奢ってくれんのかコラ! それはあんパンよりうめぇのかオラ! 俺のあんパンどうしてくれんだあぁん!?」


「えええ!? そそそその、私としては奢れと言われれば喜んで奢りますがその」


「よし奢れコラ! すぐ奢れオラ! 美味いもんじゃなきゃ許さんぞあぁん!? おっとその前にあんパンに謝れ!!」


「ごめんなさいもうしませんんんんん!!」




「――で、どうしたって?」


「えへへ、その後ね、二人で牛丼を食べにいったの。ぎゅうどん。こう牛がぶしゃっとかかったお米を格好よくズババッと食べまくるの。そして都村君は言うんだ。おかわり!! 特盛り!! つゆだくだく、って! あぁあぁ格好よかったぁ……思わず私もだくだくー」


 一世一代の記念日の翌朝。何気に満足した可牧は幸せ笑顔を振りまきながらスキップで登校した。そして親友に捕まり、事情聴取が始まって、それからずっとこの調子なのだが……


「告白は」


「あ」


 親友の鋭いツッコミ。頬をドロドロぽとぽと溶かしながら幸せそうに語っていた可牧は、ようやく重大な忘れ物に気がついた。告白の返事が結局うやむやのままだったのだ。


「あんたねぇ……いったい何しに行ったわけ? あんパンを崇めるために死にそうなほど覚悟してたの? だったら笑えるけど」


「そんな! 笑っちゃダメだよミサちゃん! あんパンってすごいんだよ。とある人気アニメじゃ最強なんだよ。パンチで全部ぶっ飛んじゃうんだよ?」


「確かに。あんたの頭がぶっ飛びすぎだわ」


 さっきから呆れながらも根気強く話を聞いているのは可牧の親友、通称ミサだ。通称、つまり本名は別にあるのだが、彼女はその名で呼ばれることをひどく嫌う。それを知っている人間は教師であろうと彼女を本名で呼ぶことはない。殴られるから。


 そんなミサの特徴を他に列挙すると――特徴その一。とんでもなく美人。そのクールな美貌は可牧が通う高校で間違いなく一番だろう。校則に引っかかるはずの長い髪は、“美しすぎて切れとは言えない”という理由で見逃されているというもっぱらの噂だ。事実、全くクセのない彼女の髪は美しかった。


「あのね可牧。あんたわかってるの? おかわりしてる場合でも特盛りされてる場合でもだくだくしてる場合でもないのよ?」


 特徴その二。口が悪い。


「だくだくにするのはアソコだけでいいのよ」


 特徴その三。とても下品。


「ミミミミサちゃん! そんなこと言っちゃダメ!」


「こんな美人つかまえてそんなウサギみたいな呼び方やめてよ。さもないとだくだくにするわよ?」


「やめてええぇぇ!」


 そして最後の特徴――可牧の親友。すでに名物コンビとしてクラス外にまで知れ渡っている。今も周りのクラスメイトは「あーやってるやってる」「一日の始めはこれ見ないと調子でないんだよ」「俺も俺も。これで笑わないとトイレのでっかいのが出ないんだよ」「おまえ夏休みどうすんだ。破裂するぞ」などと好き勝手に言いながら二人を見学していた。


「とにかく。もう一度ハッキリ告白してきなさい。あんな身体がでかくて目つき悪いって印象しかない男のどこがいいのか知らないけど」


「ううう、でもぉ、昨日みたいな恥ずかしいことをもう一回言うなんてぇ……なんだか印象悪いっぽいしぃ」


「悪かったら改善すればいいだけでしょ。女の武器でも使いなさいな」


「そりゃミサちゃんは全身武器だし言葉だけでも兵器だからいいけどさー、私ってそういう武器って無いっぽくない?」


 見物人のクラスメイトが無遠慮に可牧の身体を眺め回した。ちっこくて可愛い、というのが大半の意見だが、その活発な性格と未発達な体型からは残念ながら“女らしい”というよりは“少年っぽい”という感想を抱かざるを得ない。


 しかしミサはそれを鼻で笑った。


「はっ。男の股間にアレがついてりゃ女の武器なんてどれでも効くわよ」


「ミサちゃん抑えて! ここは教室! 公共の場であります……!!」


 両腕をぶんぶん振り回す可牧を見るミサの目は、『あんたがおもしろい反応返してくれるからわざとやってるのよ♪』と雄弁に語っていた。


 ――と、そのとき。


「おーい、蛍衣さん。都村のやつ登校してきたみたいだぞ」


 隣のクラスに様子を見に行っていたおせっかいなクラスメイトがそんなことを伝えてきた。


 その瞬間、可牧の脳みそは大沸騰。


「なななななななななな」


「はいはい落ち着きなさい。別に目の前にひょいっと現れたわけじゃないんだから」


「そ、そうだよね! し、深呼吸深呼吸――」


「ついでに連れてきてみた」


「あいうえおいうえあ!?」


 とことんおせっかいなクラスメイトである。可牧がビクビクしながらそちらを見れば――昨日と同じ、ムスっとした坂頼都村の姿が!


「あらま。目の前にひょいっと現れちゃったわね。まー仕方ない。当たって砕けな、可牧」


「ひ、ひゃい!!」


 いまいち頼りない返事をしながらも覚悟だけはできたのか、可牧は都村に向かって突進していく。


「おい、何の用なんだよ!」


「まぁまぁ、いいからいいから」


「俺は忙し――」


 無理やり連れてこられて不満をぶつけている都村とクラスメイトに、


「あのすいません私あなたのことが好きですよかったら付き合ってくださいませんでしょうか!?」


 可牧はありったけの勇気を振り絞り、自分の想いを一息でまくし立てた。


 二回目の成果か。わかりやすかった告白はさらに明瞭になっていた。


 そして、その結果は――


 ぽと。


「……ぽと?」


 ほわっつ? と可牧が足元に目を向ける。


 そこには、食べかけのあんパンが。


「……人が、あんパン食うのに忙しい中、仕方なく来てみれば」


 勇気と一緒に声量も振り絞ってしまったらしい。そしてまたもや昨日のように驚かせてしまったと――


 ごごごご、と空気が重たくなっていくっぽい音が聞こえる。


 可牧は顔を上げれられない。恐怖で汗がだくだく、特盛りも余裕でいけそうなくらいだ。


「……てめぇ」


 ドスの効きまくった声。


「……またてめぇか」


 顔も見ずにそんな声を聞いているほうが恐ろしくなり、ついに可牧は顔をあげた。


 大きな胸が見える。あ、都村君って身長高いんだったーなんて思い出しながら、もう少し視線を上げた。


 鬼がいた。


 般若がいた。


 悪魔でもいい。


 とにかくそんな感じの怖いのがいた。


「てめぇはあんパンに恨みでもあんのか!? あれか、昔に親があんパンに殺されたとかそんな過去でも持ってやがんのかあぁん!?」


「そそそそんなおもしろい過去はもってません!」


「おもしろくねーよ! あんパンが人を殺すことのどこがおもしろいんだてめぇ!」


 一般的には充分おもしろい部類である。


「ほほほほほ」


「笑うな!!」


「違います滅相もない! ほほほほんと申し訳ありません謝ります! ただ私はお付き合いしてほしいと問うた結果の返事がほしかっただけでありまして!!」


 泣きながら妙な日本語で平謝りする可牧の言葉を聞いて、都村の怒りオーラが止まった。


「付き合――ああ、そのことか」


「は、はひ……」


「いいぞ」


「はへ?」


 可牧はもちろん、それを聞いた誰もが耳を疑った。


「何ハトが豆鉄砲を食らったみたいな顔してんだ……うらやましい。豆鉄砲ってうめぇのか。どうなんだオイ」


「ほ、ほんとにお付き合いしてくれるんですか!?」


「あん? あぁいいぞ。それはともかく豆鉄砲の味を――」


 都村が言い終わる前に、大歓声が教室を包み込んだ。


 驚愕! クラスのアイドル漫才師の片割れに彼氏が!!


 このビッグニュースに大興奮したギャラリーは怒涛の勢いで可牧を胴上げしようと集まり――


「ま、いっか。んじゃとりあえず次の休み時間付き合えよ」


「は、はい!」


「購買であんパン奢れ。昨日落としたのと今日落としたの、ついでに迷惑料として三つな」


「は……はい?」


 沸いていた野次馬はピタリと動きを止めた。


「んだよ。返事しねーとクリームパンも追加すっぞ」


「あ、はい喜んで! べ、別にクリームパンもいいよ! あぁぁこれが亭主関白とゆーやつなの!?」


 そして全員が思った。


 子分だ……舎弟だ……彼氏彼女なんて甘いもんじゃねぇ……どっからどう見ても便利なパシリを手に入れたヤな奴にしか見えねぇ……


「ふうん……おもしろい男じゃない」


 戦慄に震える教室の中、ただ一人ミサだけが愉快そうに口元を歪ませていた。




 ――かくして。食欲魔人と突っ走り女のカップルがここに誕生した。


 はっきり言おう。


 前途は多難である。


 

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