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異世界の街に入りました

上から下まで異世界人の格好をして、僕らはトースタの街に入った。周りは僕らと似たり寄ったりの格好だ。うん。上手く変装できてると思う。


魔法のリュックだけが気掛かりだが、それ以外はどこからどう見ても逃げ出した農民の子供にしか見えないだろう。


街の中は簡素なものだった。トースタの街は交易路の交点になっているようで、中心部が交差点になっていた。そこから碁盤の目のように……とはいかず、交易路沿いには規則正しく店が並んでいるが、道を一本入ってしまえば、無秩序な裏道とも呼べない道が入り組んでいる。


交易路沿いに展開している店は、商店街みたいに商品を広げているところはほとんどなくて、外に面しているのはカウンターだけで、注文してから店主が中から品を出しているところがほとんどだった。


「八百屋とかは店を広げてるけど、あれは腐っちゃうからさばかないといけないからって感じだね。他は万引き防止ってとこかな。治安はあんまりよくないみたいだから裏道には入らないほうが良さげかな」


チホが僕らに聞こえるか聞こえないかくらいの声で説明してくれる。あんまり興味はないけど、チホが楽しそうなので聞いておく。


「詳しく説明したいから、とりあえず宿をとろう。実はもう予約はしてあるんだよね」


導かれるまま、僕らは1つの宿に入った。猪の蹄という名前らしいが、看板の文字はまったく読めなかった。


言葉がわかるのが奇跡みたいなもんだ。文字は練習しないといけないな。


「おじさん、予約してたレネだよ。こっちはトミーとマーサ」


どうやら僕はいつの間にかトミーという名前に改名していたらしい。なるほど。名前でもバレるもんね。


宿屋は1階部分が飲食スペースになっていて、広い空間に頑丈そうな無骨な木のテーブルがあちこちにあって、奥にはカウンターがあった。


店内は、文明レベルから考えれば当然だが、電灯はなく、窓から差し込む光だけで少し薄暗く感じる。


客はすでに何人も入っていて、飲み食いを楽しんでいるようだったが、おっさんばかりで女の人の姿は見えない。そんな中で若い僕らは浮いているように感じた。


カウンター向こうには陽気そうな笑顔を浮かべるおじさんがいて、チホと交渉していた。


「一部屋明日の昼までセデナ銀貨1枚。1週間なら5枚まで負けてやる」


「うーん。じゃあ1週間にしようかな。裏の井戸は好きに使っていいの?」


「いいとも。もちろん常識の範囲内で、だがな」


「わかってるわかってる!はい、セデナ銀貨5枚ね」


「よし、確かに」


銀貨を数え終えたおじさんは、僕らをじろじろと値踏みするように見た。


「飯は食ったのか?まだなら食ってけよ。3人ならセデナ銀貨1枚でヴルスト盛り合わせとトルティーヤとエールがあるぜ」


「うーん。エールはいいや。ジュースはある?」


「葡萄ならあるぞ」


「じゃあそれをよろしく!……前払い?」


「いや、料理を持っていくからそんときに払ってくれ」


「はいはーい。……じゃ、あっちの席に行こっか」


チホの圧倒的なコミュニケーションスキルに圧倒されながら、僕らはチホの誘導するままテーブルについた。椅子はがたがたいって座りが悪かった。


「はー…、お腹空いた……。やっぱ空腹耐性−1は辛いよ……。お腹空きすぎてお腹痛い……」


とチホ。


「てか、なにあれ。チホってすごいのね。言葉が通じるとはいえ、あんなに大胆に……」


「うん。素直にすごいと思う」


僕もこれに関しては手放しで褒める。褒めるしかない。僕はかなり人見知りをするほうなので、ああいうコミュニケーションスキルは本当にすごいと思う。


「そうかな?劇をするのとおんなじだよ」


軽く言ってのけるチホにまた素直にすごいと思う。


「てかブルストとかトルなんとかって何?」


ミナはテーブルに突っ伏して、疲れを全身で表しつつ言う。


「トルティーヤはわかる。トウモロコシのパンだよね」


「正解」


チホが誇らしげに僕の回答を評価する。


「ヴルストってのはソーセージのこと。たしかドイツ語が元のはず」


「……ん?じゃあここはドイツなの!?」


ミナがガバッと顔を上げて満面の笑みを浮かべる。何をどう考えたらドイツってことになるんだろう。いい加減諦めてここが異世界だということを受け入れてほしい。


「残念。トルティーヤは中南米の食べ物だ」


希望に満ち溢れたミナの顔面に絶望を叩き込むようで、言うのはちょっと躊躇いがあったけど。


「……へ?中南米ってどこ?」


「……メキシコとか」


僕の言葉を聞いたミナはまた机に突っ伏した。というか中南米でわからないのか。


「何?てかどういうこと?なんでこっちの食べ物が売ってるの?」


「可能性は2つある。魔法の翻訳機能が丁寧な仕事をしているのか、僕らみたいなのが前にも来ていたか、だ」


「……それって前のマレビトってこと?」


チホが周りに目を配りつつ言う。クソ村の出来事から、僕らはかなり過敏になっている。


「そのとおり。マレビトはちょくちょくこの世界に転移しているみたいだから、そこから食文化が流入した可能性が高い」


「収斂進化じゃなくて?」


聞き慣れない単語がミナの口から出た。


「……ごめん、もう一度言って?」


「しゅーれんしんか。オケラとモグラって昆虫と哺乳類だけど、前足の形とかそっくりなの。他にも、カニとタラバガニとか、ハリネズミとハリモグラとか。そういうふうに、どれだけ違う生き物でも進化の過程で環境に適応することで似たような形質を獲得することを、収斂進化っていうの」


「……つまり、スポンジバナナも進化した結果、元の世界のバナナに似て、ついでにヴルストもトルティーヤもそういうふうに進化してきたってこと?」


「バナナは合ってるけど……、ヴルストもトルティーヤも生き物じゃないでしょ」


チホの言葉にミナが冷静にツッコむ。


「まあ腸詰めって発想は遅かれ早かれ肉食文化を続けていれば出来上がるだろうし、ヴルストはパスね。でもトルティーヤの原材料はトウモロコシなのよね?」


トルティーヤを知らないミナは、僕らに確認をとる。そのとおりなので僕らは首を縦に振った。


「こっちのトウモロコシがあっちのトウモロコシの形に進化したと仮定するなら、収斂進化ね。もちろん、人為的な品種改良があったでしょうけれど」


「へー」


「すごーい!ミナ物知りー!」


ミナの意外に博識なところに、僕もチホも感心するしかなかった。


「だから食文化も自然と似通ってくるの。食材が似てるんだから当然よね」


……でもだからなんだというのだろう。収斂進化だからと仮説を打ち立てたところで、元の世界には戻れないし、どこかからか研究資金的なものが降って湧いてくるわけでもない。


「……収斂進化だから何なのよって話だけどね」


僕が思ったことをミナは自分で吐き出して不機嫌になった。確かにその通りだけど……。


狼の件もあるし、ミナは生物が得意科目だったようだ。特に得意科目のなかった僕の立場はない。


でも異世界に転移してしまったせいで、何の価値もなくなってしまった。


いや、少しは役立ったりするんだろうけど、チホみたいに実践的な技術じゃないと意味がない。


口うるさく「手に職を」と言っていた両親は正しかったのかもしれない。

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