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異世界の街に入りたいです

しばらくの間、僕と清水は2人きりになった。腹が減ったのでスポンジバナナを貪ることにする。魔法のリュックから出した緑色の熟していないっぽいバナナは、もう味がわかっているせいか、不味そうに見える。


不味くてもこれしか食うものがないので、食わなければならない。砂を食うよりマシだ。


もそもそと苦くて不味いスポンジバナナを口に入れていると、清水が恐る恐ると言った感じに口を開いた。


「ねえ。大和もチホも、なんでそんなに順応してるの?」


「順応ってどういうこと?」


「なんかさ、私は異世界に飛ばされたってだけでもうパニックで、頭ん中ぐちゃぐちゃでわけわかんないのに、あんたたち2人はなんか冷静で、慣れてるっていうか、すいすいって物事を決めれるっていうか……」


いじいじと体育座りを始めた清水。なんだ急に。


「別に僕も山下も順応してるわけじゃないよ」


「へ?」


僕の答えが意外だったのか、清水は間の抜けた声で返す。


「やらなきゃいけないからやってるだけだよ。僕も、できることなら、人を斬りたくなんてなかったよ……」


まだ、この手に感触が残っている。肉を裂き、骨を刳り、血をぶち撒ける感覚。人を斬るという感覚だ。


狼も殺した。生きるためとはいえ、僕は生き物を殺したのだ。


でも、それはどうだろう。哺乳類だから罪悪感に駆られているのだろうか。蚊やゴキブリを殺してもどうとも思わない僕が、狼を殺したと罪悪感を覚えるのは違和感がある。命は同じ命だろうに。


今食ってるバナナだって、命の結晶に変わりはない。食べられたくて身をつけたわけではあるまい。まあ、野糞状態だから目的である種をばら撒くというのは達成されているのかもしれないけど。


「大和……」


「まあ、やるしかなかった。だからやった。割り切ってるからじゃないかな。今更悩んでもどうにもならないしね」


僕は食い終わったスポンジバナナの皮をその辺に捨てる。


「……そうよね。割り切らないと……だよね」


「異世界に来てるってのは信じられないし信じたくないけど、ありとあらゆる状況がそれを裏付けてる。元の世界に帰れるにせよ帰れないにせよ、僕らは生き延びなければならない。そのためには殺しもするし、盗みもする。それは仕方ないことだ。僕は死にたくないからね」


そこで僕は一息ついた。清水はなんだか言葉を咀嚼しているようだった。できるなら僕の言葉が届いて、清水が少しでも気楽になってくれればと思うところだ。


「まあ山下については、……若干楽しんでる感があるのは否めないね」


「だよね!?チホ絶対楽しんでるよね!」


ちょっと雰囲気を和ませようとすれば、清水が食い付いてきた。うん。清水は人の気持ちの機微がわかる人だ。僕みたいに自由気ままというでもなく、山下みたいに少し独立独歩の気概があるわけでもない。極一般的な女子高生だ。


「てかさ、いつまでも苗字じゃおかしくない?下の名前で呼んでよ!」


急に馴れ馴れしいな。と思わないでもないが、恐らく今後も彼女たちと旅をするのだろうから、ここで距離を縮めておくのは悪くない。


いや、打算的なものを抜きにしても名前で呼び合えるというのは嬉しいものだ。仲間として認められた感じが何ともくすぐったい。


「いいの?」


「当然いいわよ。むしろ今まで余所余所しかったのがおかしいくらいよ」


「じゃあ、今後ともよろしく。ミナ」


「ええ。よろしくね、マコト」


それから、しばらく僕と……ミナは、お喋りを続けた。他愛ないことから、これからのことを話し合った。


「やっぱり、あの白板の部屋の本が怪しいと思うのよね」


「まあ、そこはそうだろうね。僕らに与えられた唯一の情報と言っていいわけだから」


異世界への転移。試練を乗り越えた先。造物主の贈り物。


キーワードになりそうなものはメモしてあるが、これが何の手がかりになるのだろうかがさっぱりわからない。


推理するとすれば、ゲームみたいに何らかのクエストをクリアすれば造物主の贈り物とやらで元の世界に戻れるとか……かな。


「試練とは一体何なのだろうね」


「そりゃアレでしょ。絵にも描いてあったドラゴン退治とか……」


「ドラゴン退治か……」


あまり想像したくない。狼でさえあんなに手強かったし、村人でさえあんなに怖かったのだ。ドラゴンなんて出てきたら泣きながら走って逃げるしかできない。いや、逃げれれば御の字だろうか。震えて足も動かないくらいの想像しかできない。


「ドラゴン……。勝てると思う?」


「無理無理無理無理!狼でもアレだよ?普通に死ぬってば」


「ははは。だよね」


「てかドラゴンとかいるなら、やっぱ魔法とかあるのよね?」


「まあ、ステータスにも魔力ってあるし」


言いながら、僕は目を閉じて視線を上に向ける。



大和マコト

Lv.2 exp:3 next:20


HP:33

MP:6


筋力:6

耐久:5

器用:4

魔力:1

速度:7


通常スキル:冷静+1、運動神経+1、状態異常耐性+1、勤勉−2

戦闘スキル:なし

特殊スキル:火事場の馬鹿力



微妙に経験値が入ってるな……。食事か。それとも睡眠か。歩行でも経験値が入るのか。


「僕は魔力が1しかないから、魔法を使うのは無理そうだ」


「ふーん……。残念ね。私は6あるから、もしかしたら才能あるかもね」


「そう、それ」


僕は思わず言った。


「ずっと聞きたかったんだけど、なんで盾なの?」


「え。何でって……。うーん。そうね。生き残るって考えたときに、やっぱり身を守るものって考えたら盾かなぁって思って……」


「あー。なるほどね。確かに防御力低かったら即死するかもしれないしね」


「そ、即死って……」


ミナが顔を青くさせて自分を抱くように腕を回した。ビビりすぎじゃない?


「ゲームとかだと、紙装甲キャラって高火力に任せて特攻させて、死んだら蘇生させてまた特攻……って手があるけど、この異世界で死んだらたぶんそこまでだろうしね」


「やめてよゲームとか。ここは異世界でゲームみたいな感じかもしれないけど、間違いなく現実なのよ」


「そうだね。まあただの例え話だよ。聞き流してほしいな」


「……そうね。例え話よね」


だらだらと話していると、茂みが揺れて、誰かが近づいてくる音が聞こえた。山下が戻ってきたのだ。


「ただいまー」


「チホおかえり!」


ミナがチホに抱きつく。いつも思うが、女子高生のスキンシップは過剰すぎないだろうか。


「靴買ってきたよ」


布を巻いた塊をチホは差し出した。


「ありがとう!」


「ありがとう。チホ」


思い切って、僕は山下も名前で呼ぶことにした。ミナも名前で呼んでいる以上、チホだけ苗字で呼ぶのもおかしな話だ。


「へ?……ああ、どういたしまして。マコちゃん」


「マコト、ね」


「マコでいいじゃん。あだ名あだ名。あ、剣返すね。ありがとう」


あだ名、か。そう言われると何も言い返せない。まあ好きに呼べばいい。僕が僕自身であれば、呼び名は関係ない。


僕は剣を受け取ってまた自分の腰に下げた。


「……そういや、金はどうしたんだ?」


「んー?普通にスッた」


「す……?スッた?」


「うん。しばらくぼーっと眺めてて、隙がありそうな人からちょちょーっとね」


僕とミナがぽかーんとしていると、チホが続けて話す。


「そしたら盗みスキルってのが取れちゃって。そこからはなんかスリやすくなって、今、結構お金あるんだ。ほら」


そう言ってチホが見せた革の巾着袋には、いろんな色の硬貨が入っていた。チホはそれを手のひらに広げて説明する。


「これがリル銀貨。こっちがリル銅貨。んで、これが半リル銀貨。これはセデナ銀貨。これはセデナ銅貨。んでこの黒いのが旧セデナ銅貨で、えーと、これはナイラ銀貨と銅貨」


なるほどわからん。


ミナも同じ感想らしく、ぽかーんとした顔だ。


「スリなんてどこで覚えたんだ」


「んー…。あんまり言いたくないんだけど……」


「ああ、言わなくてもいいよ。15、6年生きてれば、言いたくないことの1つや2つ持ってるもんだよ」


「ふふふ。マコって変なこと言うんだね」


うるさい。人が気を遣ってやったってのに何でこっちが弄られないといかんのか。


「とりあえず、しばらく市場を見てお金の使い方も覚えたから、とりあえず宿屋に泊まろ?ある程度下見してきたし」


「いいね!泊まる!お風呂入りたい!」


ミナのテンションが急上昇した。


「うーん……。お風呂は……どうかなぁ……」


「まあお風呂がなくても、水で洗い流すだけでも大歓迎だよ」


そういうわけで、僕らはトースタの街に着いたのだった。

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