サバイバルはもう限界のようです
3日間、僕らはジャングルを進んだ。
そんな僕らは体力の限界を感じていた。舗装されたアスファルトの道を歩くのと、自然そのものの道を歩くのではかなりの差がある。
それに食生活的にも限界がきていた。小川や湧き水がところどころにあったおかげで、飲水の確保には事欠かなかったし、僕らはペットボトルや水筒を持っていたので、水分の持ち運びに苦労することもなかった。
だが、連日の野宿とも呼べないような、大岩の影やちょっとした窪みに身を寄せ合って、狼の襲撃に怯える生活は、着実に僕らの心を蝕んでいた。
仕方なく、僕らは街道に出ることに決めた。あのクソ村長の話を信用して、僕のメモに従うなら、現在位置から南にしばらく行けば街道に当たるはずだ。そこからなら、街は近い。
「このバナナ売れるかなぁ……」
アホほどあるスポンジバナナは、どうしようか。とりあえず腹に貯めておけるものなのだが、好き好んで食べようとも思えない。
だが、水分補給もできる優秀な食べ物だ。捨てるという選択肢はない。魔法のリュックの中身が時間の影響を受けないとか、そういう効果があれば、手軽に水分補給できる保存食になる。なにそれ強い。
今のところは腐る様子もないので、主食はこれだ。飽きた。不味い。できることならもう食べたくないが、これしか食べるものはない。
僕らは狩りの仕方を知らなければ、万が一の幸運で仕留めたとしても捌き方も知らない。
「というより、問題は街に入れるかどうかじゃない?あのクソ村のレベルを見れば、たぶん街っていったら城塞都市って可能性もあるよ」
と山下が言うが、じょうさいとしがわからない。
「なにそれ」
清水の意見に全面的に同意するしかない。
「城塞都市っていうのは、城壁があって、その中に街があるの。敵から守るための砦があって、そこに商人や職人が集まってきて街になったパターンだったり、いろいろあるの」
「ふーん?なんかよくわからないけどすごそう」
清水が驚くほど頭悪そうな返しをする。
「街道途中の宿場町って感じだと、私たちもそこに留まりやすいんだけど……」
「山下って歴史系得意だっけ?」
ぶつぶつと独り言のように言う山下を放っておいて、僕は清水に耳打ちする。
「うん。たしか日本史と世界史の両方いつもクラスで1番だったと思う」
意外な一面だ。彼女のそんな知識も、こうして異世界に転移することもなければ、楽しい雑学としてこねくり回されて終わるだけだったろうに。
しばらく歩くと、ジャングルは終わりを告げた。
視界は開け、目の前には平原が広がっている。平原というか、畑だ。青々とした何かの作物で埋め尽くされている。その横を街道が走っている。
街道といっても、踏み固められた土というだけだ。ローマの道のような石畳のような高度なものではない。
僕らは街道に出たことに感動を覚える余裕もなかった。
「どっちに行くの?」
「たぶんこっち」
清水の問いに、山下がすぐさま指差して答える。メモによるとそのとおりだ。直感スキル凄すぎるだろ。
「あ、直感スキル上がったっぽい」
「わー!おめでとう!」
「やったね」
強力な武器である直感スキルがさらに強化されることは非常に喜ばしい。素直に僕も嬉しいことを伝える。
「えへへ。ありがとう」
山下は照れくさそうに頭を掻く。直感スキルには頼りまくっている現状はなんとかしなくてはならないのかもしれない。山下に負担が大きすぎる。
僕らはそのまま街道をひたすら歩いた。畑があるということは、街に近いはずだ。とりあえず服を買わなければいけない。この服装は明らかに場違いすぎて、すぐにマレビトということがわかってしまう。するとまたクソ村みたいに厄介事に巻き込まれることになる。それは避けたい。
「でもどうする?私たちお金持ってないよ……?」
「たしかに……」
そう。一番の懸念はそこだ。物を買いたいが金を持っていない。金を持っていないが、マレビトという身分では仕事が見つかるかどうかもわからない。
あのクソ村での扱いを考えれば、ボーナスアイテムを持ったレアモンスター程度にしか思われていないのではないか。
いや、暗いことを考えていても仕方がない。とりあえずもうジャングルでの野宿生活は体力的にも精神的にも無理なのだ。
下品な話ではあるが、すでに身体は異常を訴えて下痢気味である。不味いバナナばっか食ってたら当然の結果だと思う。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。街に出なければ、たぶんジャングルの中で野垂れ死ぬだけだ。
しばらく歩いていくと、小屋があった。農業従事者のための小屋だろうか。作りはボロく、雨風を一時的にしのぐ以上のものは期待できない。
「……どうする?」
「どうするって何が?」
「小屋に入るか入らないかってことでしょ?」
清水は察してくれなかったが、山下は違った。
「直感スキル的には何も感じないよ」
「よし。じゃあ入るか」
僕は用心のために腰の剣を抜いてから、小屋のドアを開けた。中には誰もいない。囲炉裏のような灰の溜まった窪みが中央にあって、あとは壁に藁と薪が積まれている。
いくつかの粗末な食器と包丁が、料理のための小さなテーブルに置かれている。壁の釘で作られたフックには服が4着かけられていた。
「え、じゃあ入らなくてもよくない?」
「……カルネアデスの板だ」
「あー。だよね。仕方ないよね」
「なにそれ」
「緊急時には何をしてもいいってこと」
僕は、「ちょっと違うんじゃないかな」という言葉を飲み込んで、掛けられた服にジャージから着替える。ゴワゴワしていて着心地は最悪だ。ボロい毛布を着ているようだ。しかも何か焦げ臭い。
「ミナ、とりあえず着替えよ?マレビトだってバレたらまた何されるかわかんないよ」
「う……、たしかにそうよね……」
とりあえず僕らは服を着替えた。ボロい農夫の服、……なのかな?
まあジャングルでのサバイバルでいろいろと汚い僕らは、これでどう見てもマレビトには見えなくなっているだろう。村人A、村人B、村人Cって感じだ。
あとは3着だけ消えていれば、3人組の犯行とすぐにわかるので、4着目も頂戴しておく。予備があるという安心感が欲しかったという理由もあるけど。
「大和って、そういう小細工的なところにすごく気が回るよね」
それは褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ。
それから薪を半分くらい、藁も一掴みほど失敬する。魔法のリュック様々だ。まったく重くない。
包丁は、包丁+1持ちの清水に渡す。これで盾しか持っていないよりはマシだろう。囲炉裏っぽいところに置かれていた鍋も貰う。
それから草鞋一足だけあったので、こちらも頂いておく。とりあえず一足あれば、一人だけが靴を買いに行って、それから3人全員で街に入ることも可能だ。
「よし、ずらがるぞ」
「うわぁ、私たち完全に盗賊だよね」
「早く逃げよ逃げよ!見つかったらヤバイって!」
村人の服に着替えた僕らは、さらに歩いて街を目指した。
途中、荷馬車に乗った行商人らしき人とすれ違ったが、特に変わったものを見るような目でもなかった。変装はうまくいっているみたいだ。
靴はローファーだったりスニーカーだったりで、要するに現代技術の塊だ。僕は学校指定の白スニーカーで、他2人はローファーだ。靴擦れしていないことが奇跡みたいだが、やはり普通のJK的には、ローファーで歩き慣れているものなのだろうか。あんな硬い靴を履いて歩き回れるなんて、彼女らの足は鉄でできているんじゃないだろうか。
街が見えたら、街道を離れてどこかに2人が待機する。それから1人が靴を買って合流。そういう流れを打ち合わせして、僕らは街へ向かっている。
日は真上に来ている。山下曰く、そろそろ街が見えないと店が閉まってしまうだろうとのことだった。
そうか。電気も電灯もないから、日が暮れれば人は活動をやめるしかなくなるわけか……。蛍雪の功、なんて言葉は、夜に明かりを確保するための油が買えなかったから……ということから来てるわけだし。
日が傾き始める前に、僕らの視界には街が見えてきた。城壁はない。山下が危惧した城塞都市とやらではなさそうだ。
「交易路の宿屋街って感じね。たぶん、まともな店は少ないと思う。行商人が露店っぽい感じで店を出してるくらいかな……。靴屋さんってのは都市の革職人がいないとダメだし……」
僕らは街道を外れて、またジャングルへ入っていく。その道すがら、ぶつぶつと独り言のように山下が喋る。
「へえ。そんなもんなのか」
「じゃあチホが靴買ってきてよ」
清水の一言で、そういうことになった。護身用として、僕のブロードソードを渡しておく。弓じゃ、街中で襲われた時に対処しづらいだろうからね。
木にブロードソードで傷をつけて目印にしながら、ある程度進んでいく。大きな岩があったので、そこを待ち合わせ場所にする。
3人とも一旦腰を落ち着けてから、僕の魔法のリュックから草鞋を出して、それに履き替える。
「気をつけて。クソ村みたいに突然襲われるかもしれないから、魔法のリュックは置いていったほうがいいかもしれない」
「そうだよね。たしかに、これってすごく価値あるものだっていう話だし……」
盗まれそうなものは持っていかないほうがいい。
あとは身に着けているものを全部外す。腕時計や携帯みたいな、マレビト要素を限りなく排除していく。
「よし。じゃあ行ってくるね!」
「頑張ってね、チホ!」
「気をつけて。無理はしないように」
僕と清水は山下を送り出した。