異世界はやっぱり危険なようです
翌朝、僕が起きた時、山下がいなかった。清水は眠りこけていた。
慌てて探すと、彼女は宿屋の裏の林で、木に向けて弓の練習をしていた。僕も、村の人たちを頭っから信用しているわけではないので、かなりほっとしてため息をついた。
「ごめん、ちょっと練習しておこうと思って」
そういうので、僕も剣の練習をすることにした。といってもやり方がわからないので、とりあえず剣道みたいに素振りすることにした。でも剣道では日本刀を想定しているのに対して、僕の持っているブロードソードは西洋剣だ。
やり方もわからないので、とりあえず剣道で習った素振りをしておく。技術的に意味がなくたって、筋力が付けばそれで十分だ。ぶん、ぶん、と振る度に僕の精神が研ぎ澄まされていくように感じる。やはり、日本にいたときに比べて、剣に集中しやすいように思う。スキルというものが関係しているのか、それともこの極限状態がそうさせているのかはわからないが。
昨日。そう。昨日のことなんだ。何だか1週間くらい前の事のように感じるけど、狼に襲われたのは昨日のことなんだ。
「おおっ!?なんか出た!」
突然山下が叫んだおかげで、思考の海に潜っていた僕の意識は急速浮上した。出たという言葉に反応して、僕は山下の声に剣を構えた。狼の次は何だ。今度はスライムか。
……と気合を入れていても、山下は何だか腰のところで握り拳を作ってガッツポーズしているだけだ。どうしたのだろう。
「弓スキルゲット!」
山下はそう言って僕にピースサインを見せつけてくる。きっと彼女にしか見えないステータス報告が見えたのだろう。羨ましい限りだ。
「へへーん。いいでしょー?」
ちょっとイラっときた。どうした冷静+1。
それから僕らはそれぞれの武器を練習したが、それ以上のことは起きなかった。その代わりに山下の矢は7本がダメになって、残るは23本になっていた。それに彼女は親指の付け根辺りが真っ赤になって痛そうだった。
「ついつい夢中になってたけど、今、すっごく痛い……」
集中+2のせいだろうか。僕にはどうすることもできないので、宿屋の店主に傷薬と包帯はないかと聞いて、少し分けてもらった。
「えー!そんなことしてたんだ!いいなー!」
清水が起きてきてそんなことを言った。
宿屋の1階で、僕らは食事をとった。パンとシチューだった。
「起こすまでずっと寝てたくせに」
僕がそう言うと、清水はむっとした顔をした。
「あ、そうそう。アタシ寝る前にステータスの見方がわかっちゃったんだ」
「おお!すごい!」
山下が誇らしげに言う。十分誇っていい功績だと思う。ただ、ステータスをメモした僕の行動は無駄になったわけだけど。
山下いわく、目を閉じて白目をむくように上をぐいっと見る!……らしい。なんで寝る前にそんな謎行動をしていたのかは聞くまい。
さっそく言われたとおりにしてみる。
*
大和マコト
lv.1 exp:3 next:10
HP:30
MP:5
筋力:6
耐久:5
器用:4
魔力:1
速度:7
通常スキル:冷静+1、運動神経+1、状態異常耐性+1、勤勉−2
戦闘スキル:なし
特殊スキル:火事場の馬鹿力
*
「おお、本当に出た!」
剣スキルは加わっていないようだ。僕も手に血豆ができるくらいに素振りをしないといけないのだろうか。
「でね、下を向いたらリュックの中身が見れるんだよ!」
さっそく言われたとおりにしてみると、脳裏に淡い光に包まれた空間に、僕のリュックに入れた物が浮かんでいるのが見えた。
「あ、石入れっぱなしだった」
「ふふっ、何入れてんの」
清水が笑った。笑わなくたっていいじゃないか。
しばらく僕らは談笑してから、旅の準備を整えた。ペットボトルに水を入れたり、宿屋の主人にパンを包んでもらったりだ。それが終わると、僕たちは宿屋の主人に挨拶をして出ることにした。
まずは一番近いトースタという街を目指すべきだ。まあ、それより先に村長のところに挨拶に行くんだけれど。旅に必要な道具を分けてもらえるというのだ。行かない理由はない。
「……なんだか嫌な予感がするのよね」
「何が?」
「うーん、何がって言われるとわからなんだけど……」
直感スキルがそう言っているのだろうか。僕らは一応警戒しながら村長の家に向かったが、無事につくことができた。
……一体何なんだろう。
その正体がわかるのは、村長の家に入ってからだった。
「まあまあ、旅立つ前に食事でもいかがですか?」
「あー、結構です。宿屋のご主人からすでに頂いてしまったもので」
「そうですか……。ええと、なんと言いましょうか……」
村長は何か言いたげな様子だった。それから村長は溜息をついて、手を叩いた。それが合図だった。
家の奥から4人の男が出てきた。その瞬間、山下はボロいドアを蹴破って外に出た。直感スキルによってこの後どうなるかがわかったのだろう。まあ、ここまでくれば無くてもわかる。
「え、何?何なの!?」
清水の冷静-1が最悪の形で足を引っ張る。彼女は動けない。いや、単純に彼女が鈍いだけかもしれない。
僕は清水の腕を掴んで、山下に続いて外に出る。外には呆気にとられた男が3人いた。
「逃すな!追え!」
村長が叫ぶ。
「清水走れ!」
僕は清水を引っ張って言う。男たちは村長の命令に一瞬遅れて追ってきた。
くそ、どうしてこうなった!武器を取り出そうにも魔法のリュックの中だ。どうして僕は今腰にブロードソードを下げていないんだ!バカ!これのどこが警戒してるんだ!
山下は僕と清水を見捨てるつもりなのか、すでに30mは向こうにいる。もし見捨てたら祟ってやる。
「待て!」
「逃げるな!」
そうは言うが、そう言われて待ったやつはいない。僕はやっと走り出した清水の手を離して走る。悪いが、僕の方が足は早い。
「ま、待ってよ!」
清水が言った。そうは言うが、そう言われて待ったやつはいない。僕はぐんと走る速度を上げた。
「この人でなし!」
僕は少し清水との距離を離すと、走りながら魔法のリュックを肩から下ろして中身を掴む。
*マコトはブロードソードを装備した*
「や、大和!」
「走れ!」
僕は清水に魔法のリュックを押し付けて、その場に立ち止まってブロードソードを構えた。追ってくる男は7人だ。
相手は農具で武装している。正直怖い。勝てるかな。
最悪の形で格好つけることになってしまった僕は、剣を両手でしっかりと構える。清水は逃げずに僕の側にいる。邪魔なんだけど、今は清水に構っている精神的余裕はない。僕は油断なく男たちを見つめながら、お尻で清水を押して早く行くように促せば、彼女はしっかりと反応して走り出す。
「お前たち、なんで僕らを捕まえようとするんだ!」
「…………」
返事がない。男たちは無言だ。だが、その目は雄弁に語ってくれた。彼らの目は走って行った清水に向いている。魔法のリュックが目的か。
だが渡す義理も道理もない。彼らが僕らに危害を加えても欲しがるということは、きっと僕らの命よりも価値のあるものなのだろう。この異世界を生き残るのであれば、これはきっと渡しちゃいけない。
「僕らは行く!お前らもどっかいけ!」
「…………」
返事がない。男たちはじりじりと僕らを半包囲しようとするので、僕もそれをさせまいとじりじりと下がって距離を取る。
ひゅん、と風切音がして、矢が1人の男の太腿に刺さった。
「があああ!」
矢を受けた男は、痛みに足を抑えて蹲った。それを心配してか、全員の視線がその男に集中して、僕から外れた。
「はあっ!」
躊躇はしていられなかった。
僕は殺すつもりで男たちに斬り掛かった。
鍬を持っていた男は、慌てて構えて防御を図るが、鍬の木で出来た柄ごと右腕を斬る。切断はできなかったが、骨まで食い込む感覚があった。コップをひっくり返したみたいに血が出た。
続いて隣の男。振り下ろしたブロードソードを、そのままの勢いを活かして横薙ぎに振るう。今度は防御は間に合わなかったようだ。二の腕を切断して、胸を撫でるように斬る。血が出る。そのまましゃがみ込んで、斬った男の影に隠れるようにして、他の男の視界から一瞬消える。
影から飛び出すのと、刃が疾走るのとはほとんど同時だ。ブロードソードを斬り上げると、鋤を振り上げた男の胸から顎までを刀身が滑る。顎の骨に切っ先が引っかかる感触があって、でもそれは骨が砕ける感触と入れ替わりに消えた。血が、僕に降り注ぐ。
瞬く間に3人を斬りつけた僕は、これで十分とばかりに逃げに徹することにする。背を向けて走り出して、ようやく僕は周囲の状況を確認する事ができた。清水は山下のところまで走って行っていた。山下は僕がちゃんと逃げられるようにと、弓を引き絞って油断なく狙いを定めている。
僕らは、散々な目に遭いながら、クソみたいな村を後にした。みんな死ね!