異世界に飛ばされたようです
……どういうことだろう。まるでゲームのステータス画面みたいだ。
教壇の上に、何かがある。……パンフレットのようだ。
白いパンフレットの表紙には「説明書」とだけ書いてあった。パンフレットは表裏表紙を除いて4ページの薄いものだった。ぺらぺらとパンフレットを捲って読む。
ようこそ異世界者たち。君たちは選ばれたのだ。
1ページ目にはこれしか書いてない。その下に黒い棒人間の絵があって、光を浴びて両手を挙げているようだった。喜びを表しているのか?
この異世界へと転移した君たちはこれから試練を与えられるだろう。
2ページ目もこれしか書いてない。またもや黒い棒人間が剣と盾を手に、ドラゴンと戦っているように見える絵がある。
その試練を乗り越えた先には、造物主からの贈り物があるだろう。
3ページ目にはこれと、黒い棒人間が巨大な両手の上に浮いている絵がある。この巨大な手は造物主の手なのだろうか。
選べ。
4ページ目にはそれだけが書いてある。
その、選べという文字を見た瞬間、また僕の意識は暗転した。
今度は闇の中にふわふわと浮いている。何が何だかさっぱりわからないでいると、また何となく直感的な何かが、武器を選ぶのだろうと思った。
ふわふわ浮いている僕の周りには、顔くらいある大きさのシャボン玉がいくつも浮いている。シャボン玉の中には剣、槍、弓、杖など、いろんな武器が浮かんでいる。
武器……か。
何がいいだろう。銃は……、あった。何という名前の銃なのかわからないが、とにかく銃のシャボン玉が浮いていた。
だがそのシャボン玉には30という数字が書かれている。つまり30発しか含まれていないことだろうか。これから試練とやらをクリアしていくには、単純計算で30回しか使えない武器は意味があるのだろうか。
このたくさんのシャボン玉の中に剣や槍といった武器があるということは、剣や槍で乗り越えられる試練だということではないか。そう考えれば、銃を選ぶのは下策かもしれない。
しばらく悩んで、僕は剣にした。
本当は杖にしたかったのだが、さっきのステータス画面みたいなものに書いてあった魔力:1という数字がどうしても引っかかったのだ。
僕には魔法の才能がないのかもしれないのに、そこで杖を選んでしまっては宝の持ち腐れどころではない。それにステータス画面を信じるなら、僕には運動神経というスキルがあるはずだ。
過去運動部に入った経験があるわけでもないのだが、足は速い方だし、さすがに部活やってるやつらには勝てないが、そうでなければある程度の球技も他の人には負けない自信がある。
体育の選択で剣道をとっていたし、槍や弓なんかよりは使いこなせるだろうと考えたからだ。
剣のシャボン玉を指で突いて割る。するとメッセージが頭の中に流れ込んできた。
*
大和マコト
Lv.1 exp:0 next:10
HP:30
MP:5
筋力:6
耐久:5
器用:4
魔力:1
速度:7
通常スキル:冷静+1、運動神経+1、状態異常耐性+1、勤勉−2
戦闘スキル:なし
特殊スキル:火事場の馬鹿力
所持品:魔法のリュック、ブロードソード
*
目を開けてみると世界には色が戻っていて、僕の腰に鞘に収まった一振りの剣が下げられ、背中にはリュックサックがあった。
さらには周囲の景色が変わっていて、僕はジャングルみたいなところにいた。
「おーい!清水!山下!どこだー!」
僕が叫ぶと、二方向から声が返ってきた。ガサガサと鬱陶しいシダ植物をよけながら2人のところへ歩いていく。
「大丈夫か?」
僕はそう言いながらもポケットからメモ帳を取り出して、さっき見た数値とステータスを忘れないように書き入れていく。
見れば清水は盾、山下は弓と矢と矢筒を持っていた。
……山下の装備を見て、弓矢にしておけばと思ったのは黙っておく。
「な、何……今の……」
「これを集団幻覚ではなく、本当に体験していることだと仮定するなら、僕らは異世界に飛ばされたことになる……」
「あんた冷静ね……」
清水が驚いたような目で僕を見た。そりゃ冷静スキルがあるからね。
「そういえば私もいくつかスキルがあったわ。料理+2と包丁+1と食事耐性+3。あと積極性+1」
なんだその料理方向に有利なステータスは。清水はもっとガサツな感じだと思い込んでいたので、意外だ。
「お母さんから料理習ってるからかな」
料理か。僕は餃子の皮で包むくらいしかやったことはない。あと調理実習くらいか。
「アタシは集中+2、精神力+2、直感+1、冷静+1。だから弓がいいかなーって。ゲームだとそうだよね」
山下の意見には僕も同意だ。僕もそのスキルなら迷わず弓を選んでいただろう。
「チホは、銃は選ばなかったの?」
「あれの数字って残弾のことでしょ?どんだけ長期戦になるかわかんないのに制限がある武器は選ばないよ」
山下の意見に、清水は納得したようだった。どうして盾を選んだのかは聞けなかった。
「これからどうする?」
「どうしよっか……」
どうしよう。それは深刻な問題だった。異世界に飛ばされてしまった(と仮定するなら)僕らはどうするべきなのだろう。とにかく街を目指すべきなのだろうが、その街がどこなのか、今ここがどこなのかがまったくわからない。
「まずは周囲を確認しない?」
と清水。どうやって?
「それは、ほら、木に登ったらいいじゃない」
木は同じくらいの高さで、林冠を形成している。登っても頑丈な幹からは何も見えないだろう。あと怖い。都会生まれ都会育ちの僕は、木登りなんてしたことはない。
「じゃあどうするのよ!」
それを考えているのだから少し落ち着いてほしい。清水はすぐに熱くなるようだ。もしかして僕の「勤勉−2」のようにバッドステータスみたいなものがついていたのではないだろうか。
「つ、ついてない!」
ついているようだ。まあ何かを無理に聞き出しても利益はないので、重大だと思うなら予め言っておくように伝えるにとどめておく。それが生死に関わる重大事項という補足説明も加える。
「うっ……、つ、ついてた……。冷静−1」
「実はアタシも空腹耐性−1がついてた……」
山下まで黙ってたのか。
「だ、だって大食いとか思われたくないでしょ!」
この際、そんなことは言ってられないと思うのだが。
「よかった……。みんなバッドステータスついてるんだ……」
というかこの中じゃ僕の勤勉−2が酷く目立つ気がするんだけど。めちゃくちゃ不真面目ってことじゃないの?しかも数字的にも−2って。他のみんなは−1なのに。
「そんなことよりどうするのよ」
そんなこと呼ばわりされてしまったが、清水の言うことは正しい。遭難したときにはそこを動かない、という言葉があるが……。
「それは助けがくる前提だよね……」
山下がツッコむ。そうなるとどこか方角を決めてひたすらに進むしかなくなってくる。
「……それで行く?」
「そうだね。それしかないよね……」
決定したようだ。じゃあどっちに進むかってことだけど、山下はどっちに進みたい?
「え!?アタシ!?」
「直感+1ついてるじゃん!大丈夫大丈夫!」
僕もそれに賭けるしかないと思った。というか、もうそれくらいしか頼れるものがない。
「てか盾重いから外していいかな」
好きにすればいいじゃないか。
「何その言い方!」
ああ、悪かった。ごめん。謝ります。……冷静−1は最悪のバッドステータスじゃないのか、これ。
清水はぷりぷりと怒りながら盾を魔法のリュックに入れていく。すると盾はスッと消えるようにして見えなくなった。
「すごっ!重さもないし、これマジ魔法の鞄じゃない!」
試しに僕も石を拾ってリュックに入れてみる。すると脳裏に「魔法のリュック:石?」と出た。次にまた石を入れると「魔法のリュック:石?、石?」と出た。この?マークは未鑑定ということだろう。ますますゲームの世界だ。
とりあえず僕はそのまま自分のポケットに入っていたもの、体操服と体操服袋、学生鞄に入っていたもの、学生鞄そのものなんかを入れていく。
現代技術の結晶は何かの時に役立つはずだ。特にペットボトルのお茶なんかは、絶対に重宝するはずだ。
「マジこれゲームの世界だよ!」
清水は興奮しているが、冷静+1の僕と山下はそこまでではない。
「これ、アレなのかな。あのマトリックスみたいな」
山下が言った。水槽の脳仮説か。
僕たちの脳に細工されてて、記憶を封じられてて、ついでにデスゲームが行われてるという可能性がないわけではない。
しかしその可能性というのは、次の瞬間に太陽が爆発して地球も吹き飛ぶという可能性がないわけではないという意味に近い。つまりありえない。
そんなことはどうでもいいので早く方向を決めてくれないか。
「あ、うん。こっちかな」
そう言って山下は木々の間を指さした。よし、方向が決まれば後は進むだけだ。