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異世界はどう転んでもサバイバルのようです

準備を整え終わり、僕らはのんびりとした日々を過ごした。


着替えも古着屋で数着揃え、チホのための矢も30本と予備に60本を揃えた。ソーイングセットはミナが持っていたので買わなかった。女子力高えなオイ。


剣は研がれ、鍋代わりにして青臭かった盾はハーブを塗って消臭された。ミナはとても喜んでいた。


ミナのための武器も買った。盾じゃ何もできないだろうということで、自衛のための鉈をもう1本買ったのだ。こちらも出来合いの安物。


部屋の片隅で用を足すのも慣れたものだ。お互いに気を遣って、部屋の外に出るのも苦ではなくなった。


ご飯も節約して食べるようになった。安い悪くなりかけの肉をハンバーグにして、スポンジバナナで嵩増し。


主食はもそもそしたパンケーキのようなものだ。全く甘くないし、若干青臭い。こちらもスポンジバナナで嵩増ししたもの。ちなみに小麦粉は最低品質のものなので、挽き方が荒く、たまにガリッとしたものに当たる。


節約のかいあって、次の街でまたいくらか滞在できるほどのお金は残すことができた。干し肉や乾パンなどの保存食も準備した。


ちなみに干し肉は買った肉を、魔法のリュックの中で干したものだ。生き物が入れない魔法のリュックの中では、腐るということがない。


干せるということは水分がどこかに行ってるはずなんだけど、そもそも空間がどうなっているのかなんて一切わからない。これはもう魔法のリュックは魔法のリュックということで理解しておくしかない。


「おかしい……。こういうのは時間経過がしないとかで、これで新鮮な魚を輸送できる!とかになるはずなのに……」


なんだかおかしなことをチホが言っていた。物理的に時間が経過しないなら、僕らが手を入れて物理的に干渉できるわけないじゃないか。


むしろ生物がこのリュックの中に入れないのに僕らが手を突っ込んでる時点で、僕はもういろいろと怖いんだよ。


「じゃあ、ありがとうございました〜」


「おう。また寄ったときには泊まってけよ」


「は〜い!もちろんですよ〜」


利用期間が終わったので、僕らは宿を出ていく。


おじさんによると、僕らは利用態度がよかったらしいので、助かったのだとか。他の人たちはどんな汚い使い方をしているのだろうか。


「さて……と、西だったかしら?」


宿を出て、リュックの紐を確かめながら、ミナが言う。


「この世界でも西に陽が沈むのならね」


「問1以降、陽が沈む方向を西とする」


「何?テスト問題なの?」


僕がくだらないことを言ってミナを茶化すと、チホがボケを返してきた。すかさずミナがツッコミを入れる。


うん。前の世界ではあまり接点もなかったけど、段々と仲良くなってきた気がする。


「西は……こっちよね」


「うん。行こう」


そういうわけで、僕らは西へ進んだ。





しばらく、道に沿って家がポツポツと並んでいた。


木でできた小屋としか呼べないような家だ。ゲームの中でしか見たことない。本当にこんな家の中で寝食をしているのだろうか。


小屋の前には手入れのされたハーブが生えている。これが食卓に並ぶのだろうか。


その家々の間にはミニチュアの小屋たちを押しのけるようにして麦畑が広がっている。


左の遠くには連山が見える。形としてはエベレストみたいな山で、その頂上は雪で覆われて白い。


「形からしてプレートによる隆起かな……。ということは地殻変動もあるってことだし、火山もこの世界にあるのかも……。そしたら硫黄もきっとあるよね……」


右側にはなだらかな丘があって、いくつかの風車が回っていた。


「ああ、あそこの風車であの小麦粉が作られてたのかな……。すごい……。本当に風の力で挽いてるんだ……」


しばらく進むと風車は見えなくなって、家もほとんど見当たらなくなり、丘には白いツブツブが見えた。


「羊だ!羊飼いだ!うーん……、やっぱり彼らは社会からある程度は離れたところに行くんだ……。やっぱりこの世界でも宗教はあるのかな……」


いちいちチホの独り言の解説が挟まる。まるでツアーガイドだ。


文化というものにゲーム程度にしか興味のない僕としては、まるで修学旅行みたいだなぁという感想しか湧いてこない。羊飼いと宗教に何の関係があるんだろ。


さらにしばらくいくと、山しか見えなくなった。


延々と緩やかな上り坂になっているようで、前は丸い地平線と空しか見えない。


左には連山。右には平原なのか丘なのか、とりあえず原っぱが広がっている。


しばらく歩いていると、また村のようなものが見えた。


村は破壊されていた。ボロボロになった木製の壁が崩れていて、小屋は原型を辛うじて留めている程度だ。


「廃村……かな?まあ治安が悪そうだし、賊に襲われたか、それともファンタジー世界にありがちなモンスターに襲われたか……」


チホが独り言のように言う。


「……ん?ちょっと待って!やばいかも!」


直感持ちのチホが弓を手に、矢を筒から抜いた。


……といっても、かなりモタモタしてたけど。


矢筒には革がかけられていたし、弓はリュックに縛り付けていたからだ。


僕がリュックを降ろし、腰に下げた剣を抜いて構えたころに、チホはようやく弓を手にしたところだった。


ミナが盾と鉈を構えたころに、チホは矢を手にして、いつでも弓を引ける状態になった。


「……アタシも小太刀っぽいのほしい」


当然の主張だと思う。


「お金溜まったら買おう」


「ごめんね。私が盾選んだから……」


「ううん。別に……」


微妙な空気になったところで、戦闘準備完了だ。


「うっ……血の臭いがする……」


漂ってきたのは明確な血の臭いだった。よく集中すると、廃村のそこらじゅうから血の臭いがする。


「や、やばくない?」


ミナの目が逃走を提案していた。


それに頷こうとしたとき、血の臭いの正体が壊れた小屋から姿を表した。


「ひっ」


息を吸う悲鳴を上げたのはチホか、ミナか。


手足の長い禿げた犬。ピンクと赤で彩られた皮膚は生理的な嫌悪を感じる。目は光のない黒目だけ。剥き出しの牙が悪意をもって僕らに向けられている。


「な、何あれ……!」


ミナが数歩後退した。おい、盾。


「ふっ……!」


チホは退かなかった。それどころか矢を射ってみせた。横っ腹に矢を受けた禿犬は、ぐっと小さく唸るだけで、何も感じていないようだった。


それどころか僕らに向けて全身のバネを使って飛びかかってきた。


「うおっ!!?」


ミナに飛びかかるところを、僕が横合いから斬りかかる。殴りつけるような斬撃は、禿犬をぶった斬りはしなかった。


ただ深手は負わせたようで、脇腹から内臓が飛び出て血がぶちまけられた。


それでも、禿犬はヨロヨロと立ち上がろうとする意志を見せた。力を入れるたびに腹から血がポンプのように噴き出す。


そして、禿犬は大きく吠えた。


「やばい!逃げよう!」


おそらく直感が何かを訴えたのだろう。チホが血相を変えて叫ぶ。


吠えた犬はそのまま血を噴き上げて死んだ。


「犬より足が速い自信はないね」


僕の言い分は、たぶん正しい。今の遠吠えは確実に仲間を呼んだものだ。


でも、だからといって逃げてもどうにもならない。犬と競争したところで、徒競走の金メダリストでも勝てないと思う。


「迎え討つしかない。死にたくなければ」


僕は自分に言い聞かせるようにして、剣を強く握った。


それとほとんど同時に、低木の茂みから唸り声と共にさらなる禿犬が飛び出した。


目標は僕だった。


涎の垂れる牙が僕を襲う。僕はそれを冷静に見ていた。スキルのおかげだろう。不思議なくらい頭がすっきりしている。


「だあっ!!」


自然と怒気が口から飛び出した。僕は半身避け、横薙ぎに剣を振るった。


顔を捉えた剣筋は、ちょうど頭蓋骨で刃が滑り、禿犬の顔を深く斬りつける。


だが、死んでない。顔に深い傷を負っただけで、まだ敵は死んでない。


「ガウッ!」


「っふ!」


避けられ、斬りつけられた禿犬が前足から着地し、後ろ足が着いたと同時に身体が捻られ、前足が僕に向けられる。すれ違いざまに斬りつけたようなものなのに、ここまで野生動物は切り返しが早い。


とはいえ、僕は最初から追撃の手を打つつもりの体運びだ。横薙ぎにした剣をそのままの勢いで頭上まで振り回し、振り下ろす。


禿犬の飛びかかる勢いと、振り下ろされる剣の勢いが合わさって、禿犬は頭蓋を両断された。ガンという衝撃が、両手に響き渡る。ぷるぷるした脳が、地面に叩きつけられて広がる。


はっ、はっ、はっ、という息を切らして、また別の禿犬が遠くから駆けてくる。


「チホ!」


「わかってる!」


放たれた矢は、バカ正直に遠くから駆けてくる禿犬に突き刺さった。だが、禿犬は突き刺さる衝撃で揺らいだ程度。走りを止めるほどではない。


矢の行方を見ているうちに別の方向から禿犬が駆けてくる。狙いはチホらしい。


くそっ。


「来いよくそったれ!」


僕は大きな声を出して、禿犬の注意を惹こうとした。


しかし、禿犬は目標を変えようとはしない。矢を射られた恨みからか、チホに向けて駆けていく。


僕は禿犬とチホの間に入って剣を構えた。


短く、強く息を吐くのと同時に、脚を踏み込んで体重を滑らせる。その動きを剣に乗せると、刃は唸りをあげて禿犬を迎え討つ。


禿犬がチホだけを見ていたのが幸いして、剣道でいう逆胴の剣筋で、僕は禿犬に剣撃を浴びせた。


禿犬の上半分が、前足のところまで、裂けるチーズみたいにベロンとめくれた。酷い有り様だ。内蔵はそこら中に飛び散るし、血はバケツをひっくり返した如くだ。


「やだ!来ないで!」


ミナがそう喚いているのが聞こえ、一匹の禿犬と対峙していた。


盾を構え、腰は引け、片手に鉈を持っているだけで、あれでは構えたとは言わないだろうと素人目にもわかるほどだ。


「だああああ!!」


吠えながら、僕は禿犬に突っ込む。


僕を視界に認めた禿犬は、首をこちらに向けただけで、そのままの体勢で僕を迎撃するために跳躍した。


勢いがついたままの僕は、くるりと猫のように身体を捻らせて、禿犬の跳躍をかわす。かわすときに、一太刀浴びせておくのも忘れない。


禿犬の右前足の付け根を引き裂き、僕は地面に転がった。


すれ違った形になった禿犬は、傷ついた前足から着地して、姿勢を崩して転がった。


そこにチホの矢が飛び込む。矢は脇腹に吸い込まれるように刺さった。


その隙を使って、僕はまた禿犬に跳躍する。飛びかかるといったほうが正しいかもしれない。跳躍ってほどかっこよくなかった。


僕は禿犬に飛びかかって、剣を突き刺した。両手で逆手に持って、思いっきり突き刺した。


地面に縫い付けるように剣は禿犬の体を貫いた。


それが最後の一匹だったみたいで、急に辺りが静かになった。

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