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異世界の旅はわくわくします

チホ視点

夕闇が降りつつある街を歩く。早いところはもうランプに火を灯している。


ほっとした表情で、街に辿り着いた商人とその護衛。道で遊ぶ子供。露店で食い物を売る者や、それを買って食べる者。


木の建物は、構造的な問題からか2階以上のものはない。窓から橙色の火の色が揺れる様は、夏のお祭りを思い出させる。


夜の、ほんのり涼しい風が肌を撫で、アタシの興奮した身体を宥めるように抜けていく。


美しい。素直にそう思う。


現代日本にはない、生きた空気がここにはある。


アタシ、山下チホはそう思う。


異世界に転移。なんてのはよく聞くハイファンタジー系の1つだ。


情報収集ということで、洗濯や明日の準備をマコとチホに任せてしまい、アタシはこうしてのんびりブラブラ。


ぶらぶらと街を歩きながら人々を観察する。趣味の人間観察は、ここにきて大きな特技と昇華されていた。


見ていれば何となくその人が何を考えているのか。何をしたいのか。何を持っているのか。その人となりがぼんやりと見えてくる。


サンプルが少なかったので、この辺りの文化や言語、またそれに伴う行動の変化がいまいちはっきりしないが、まあ、誤差の範囲だろう。


アタシは弓を担ぎ、矢筒を腰に下げ、ぶらぶらと街を歩く。意識すれば鼻がどうにかなりそうだが、垂れ流される糞尿の臭いは気にならなくなっていた。


揺れる橙色の明かりに吸い寄せられるように、私は飲み屋に入る。まだ夜になりきってもいないほんのり明るいうちなら、店も暇だろう。


「いらっしゃーい」


中に入ると、案の定、給仕の女の子がカウンターで暇そうにしていた。


「エールとヴルストをちょうだい」


給仕の子の向かいのカウンター席に座り、とりあえず知っているメニューを頼むと、女の子は軽い返事をして奥のキッチンに引っ込んだ。


それからエールの入った木のジョッキを持ってきて、アタシの前に置いた。ちょっと早かったか。ヴルストはまだ焼き上がってないらしい。


空きっ腹にアルコールもどうかと思いつつ、アタシは口を湿らせる程度をいただく。


「いい街ね。アタシ嫌いじゃない」


ジョッキを置いて、ありきたりな話題を投げて反応を見る。


口ぶりからして旅人、という感じを全面に出した。まあこの街でこんな飯屋にくるのは旅人だろうけど。


どうせ暇なのだから、よっぽど無愛想じゃないかぎり、反応してくれるはずだ。


「ありがと。お客さんは流れ?」


「そんなとこ」


「王都に行くの?」


言われて、少し驚いた。


「どうしてわかったの?」


「ここに来る流れの大半がそんな理由だからね」


「でも王都の詳しい場所はわからないのよね」


「そんなこったろうと思ったわ。ここに来る流れのほとんどがそんな感じなのよ」


「よければ道を教えてくれる?」


「えー?どうしよっかな〜」


給仕の子が、わざとらしく、頬に人差し指を当てる。


「商売上手だねえ。オススメはある?」


「ウサギのパイがオススメかな。リル銀貨1枚。1人で食べるにはちょっと大きいけど、どう?」


「連れがいるから、それでいい。包んでくれるとありがたいな」


「了解了解。おとーさんウサギパイ1丁!」


給仕の女の子は奥に引っ込んで、元気よく大きな声で注文を伝えた。戻ってきた時には、手にヴルストの皿を持っていた。


皿を置いて、給仕の女の子はまたアタシに向き直る。


「ねえ、どこから来たの?1人……じゃないんだよね。旦那さん?」


今の言葉からわかることは2つ。


1つは、この街に辿り着くルートはいくつかあるということだ。


ということは、その出自がわからなくても不審がられにくい。むしろ行商人の交易路をただ歩いてきたとだけ言っても、無知な村人で通せるはずだ。


2つは、アタシの見た目では結婚している可能性が十分ある文化で、彼氏などという概念はない可能性もあること。


ということは家の概念が強く、結婚が恋愛ではなく社会を構成するための要素であったころの文化に近い可能性があるということだ。


つまり封建制がまだあるころか……。


そんなことを、焼きたてのヴルストをはふはふと食いながら考える。うん。美味しい。


サバイバル生活は新鮮だったけど、ずっと続けたいわけじゃない。


「あっちから来たわ。同じ村の子と。とにかく行商人さんの後をつけたら、王都に行けるって思って……」


言葉の尻は消しておく。誤魔化しの余地は多い方がいい。


「あー…、はいはい。あるあるなのよね〜」


それを給仕の子は訳知り顔で、うんうんと頷きながら腕を組んで、何やらご満悦だ。


「それなら陽の沈む方の道に行くといいわ。そのまま進めば、ゼヴィの街に着くわ。城壁って見たことある?」


「ううん。見たことないけど、聞いたことはある!」


これは本心から。見たい。城壁を見たい!人が、中でひしめき合って暮らしている城塞都市を見たい!


城塞都市なら、ある程度は下水道に期待していいだろう。先代のマレビトたちの頭のレベルを期待したい。


「すごいのよ。でーっかい壁なの。壁。2回だけ、買い付けで行ったことがあるんだけど、とにかく大きな壁なの!」


それは凄そうだ!


「凄い!」


「中に入るにはお金がいるらしいから、私とお父さんは外の市で買い物したんだけど、外からでもお城のてっぺんが見えたわ」


そりゃそうだ。物見塔が城壁より低い意味がわからない。


「ゼヴィの街から、今度はどう行くの?」


「聞いた話だと、そこから北東って方向に行けば王都に着くらしいわ。詳しくはゼヴィの街で聞けばいいんじゃない?」


「そう……、残念。直接王都には行けないのね……」


封建制、ということでだいたい話が読めたが、やはり人の移動はかなり制限されているらしい。


話を聞くに、ゼヴィの街までに関所がないらしいことがラッキーだ。


「あ、そうそう。途中の村でね、なんかマレビトとかなんとかっていうのを見なかったか?って聞かれたんだけど、聞いたことある?」


「マレビト?あー、あのお伽話の」


「お伽話?」


「そうそう。100年に一度とかで天から舞い降りて恵みを撒くやつでしょ?違うの?」


「アタシが聞いたのは、普通の人間の格好をしてるってのだったけど……」


「ふーん。まあお伽話なんてちょっと違うくらいなんじゃないの?吟遊詩人も似たような歌ばっかりだし」


吟遊詩人!お話の中でしか知らない存在。


それが会話の中に出てくるほど、文化の中に根付いているなんて!


城塞都市と吟遊詩人の存在にテンション上がりながら、アタシはヴルストとエールを平らげ、安っぽい目の荒い麻の布でくるまれたウサギのパイを手に、宿へと足を向けた。


エールのアルコールがほんのり回りつつ、アタシ自身のテンションも高く、ちょっとウキウキした気持ちで帰路を行く。


異世界に転移するなんて、普通の人生じゃ考えもつかない貴重な経験だ。この機会を逃す理由はない。


「たっだいまー」


宿のドアをノックして、ちょっとテンション高く呼び掛ける。


異世界の旅。


どうしようもなく、アタシはわくわくする。こんなことを言ったら、ミナなんかはげんなりした顔をするだろうけど。

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