異世界の食堂に入りました
さて、鍛冶屋に依頼を済ませたところで、お腹は限界だ。
食べ盛りの高校生としては、食生活とは1日に3食に昼寝をつけて各種オヤツで彩られなければならない。そう決まっている。日本国憲法第25条1項とかで。
それを異世界のサバイバルで疲れていてへとへとだからといって、朝食を抜いて街をぶらぶらしていたら死んでしまうことは間違いない。空腹で死にそうな本人が言うのだから間違いない。
というわけで、僕らは適当な大衆食堂っぽい店を見つけて入った。
レイアウトは宿屋の1階と同じで、大きな木のテーブルがたくさんあって、同じく木の椅子がそのへんにある。そのへんにあるとしか表現できない適当さで存在している木の椅子は、もう一種の芸術である。
何人かの男が、昼食をとっている。だいたいが旅の者のようで、帯剣したり、大きな荷物を足元に置いていたりだ。その中でも僕らは若いせいか浮いている。
店内には恰幅のいいおばちゃんが立っていた。
「いらっしゃい。何にする?」
「肉」
開口一番、端的にして適切な言葉を放ったのは僕だ。僕の口は、今は僕の口ではなく、僕の胃の代弁者となっていたからだ。
むしろ肉という言葉がノータイムで口から出た僕自身が驚いている。
「あ、えーと、ウサギのパイを3人分。それとパンとミルクをお願いします」
咄嗟にチホがフォローに入る。すいません……。心からすいません……。
え、ウサギ……?
「ウサギはないね。ハトならあるけど」
ハト……?あの公園でポーポーッポッポーとか一定のリズムで鳴いてるあのハト?
あれを食べるのか?
「じゃあそれで」
悶々と考えている間に、チホが返事をしてしまった。僕とミナはまだ心の準備ができていないというのに。
「はいよ。半セデナ銀貨。もしくは1リル銀貨だよ」
おばちゃんはそう返事をし、チホから代金を受け取ると、踵を返して厨房の方へ行った。
リル銀貨のほうが価値が低いのか……。メモに書いておこう。メモやボールペンそのものも貴重なものの可能性もあるので、こそこそと書く。というか間違いなく貴重だろうな。現代技術の結晶だし。
と思えばリル銀貨はセデナ銀貨と比較してもそこまで価値の劣るものじゃないはずだった。うーん。両替の手間とかかなぁ。
貨幣がたくさんあるってのは不便なことだらけだ。
「は、ハトって、あのハト?」
ミナが不安そうにチホに尋ねる。
思考が貨幣に移っていたので、僕は思い出したかのように再びハトを食べることに驚くこととなった。
「公園のハトはドバト。食用じゃないよ」
「そ、そうなの?」
「ハト料理はフランスとかヨーロッパでは高級料理で、なかなか食べられないんだから」
「へー…」
「料理するって言ってたのに、不思議とあんまり料理系の知識はないんだね。なんで?」
僕の不意の発言に、チホは驚いたような顔をした。
「うん……。実は料理はお母さんから教えてもらって、自分で毎食作ってるだけで、そんなに詳しいってわけじゃなくて……」
あ、これ地雷踏んだな。
僕はあまり人とコミュニケーションをとるわけではないので、地雷を判別することができない。
チホの「お前、やってくれたな……」という目線で地雷だったことは理解したが、なぜ彼女がそれを見抜いていたのかは全くの謎だ。察するってどうやればいいんだ。どこにそんなコマンドが書いてあるんだ。
「家はあんまり裕福な家じゃなかったから、ご飯とか私が作ってて……その……」
「ご、ごめん……。変なこと聞いちゃった……」
「ううん。別にいいわ」
気にしてない、とは言わなかった。
「はい、パンとミルクだよ」
恰幅のいいおばちゃんが、僕らのテーブルにパンとミルクを置く。パンはそのまま。ミルクは木のカップに入っている。
助かった。僕のミスは……、僕がミナの心の傷を抉った事実は消えないけど、少なくとも空気は悪くなくなった。良くなったわけではないけど。
「……そういや、ミルクってどうなの?衛生的に」
僕は拙いコミュニケーション能力を限界値まで発揮して、話題を逸らした。
「……ほ、ホットミルクだから大丈夫じゃない?」
僕の疑問に、ミナも空気を読んでくれて適当な答えを出す。
……でも本当に大丈夫なのかな?
まあ僕は状態異常耐性+1、ミナは食事耐性+3を持っているので、何とかなるかもしれない。
でもチホはノーガードだ。僕の把握してるだけで、チホは集中+2、精神力+2、直感+1、冷静+1。それに途中で習得した弓術と盗みはどれだけのものかはわからない。
直感が+2になっているが……、飲み物まで勘が働いてくれるかどうか。
精神力+2でどうにかならないだろうか。
チホはそんな意味を含んだ僕の目線を、鋭い眼光で迎撃した。
……ならないよね。ごめん。
とりあえず僕とミナがホットミルクに口をつけた。ミナはくいっと飲めるけど、僕はふーふーと冷ましながら啜るように飲んだ。
「……美味い、のかな?」
「なんか薄いし、生臭い……」
「あー。牛乳じゃないのかもね」
牛乳じゃない……?どういうことだ。
「ほら。ヤギとかヒツジとか、乳を出す家畜はいくらでもいるでしょ?」
なるほど。そういうことか。
「もしくは蘇かも」
「そ?」
「昔、日本で作られてたチーズみたいなもの。それをお湯に溶かしてるのかも」
ま、本当のところはわからないけどね。とチホは明確な回答を避けた。
もしかしたら、日本で飲んでいた牛乳が、品種改良されすぎているだけなのかもしれない。
まあ、美味しいというわけではないが、これも必要な栄養素だ。カルシウムが少なくなるとイライラしやすくなるって聞くしね。
「かた……」
パンを食べた感想がこれだ。硬いしやけにパサパサしている。とてもじゃないが、パンだけを食べることはできない。
ミルクでふやかしてから、喉に押し込んでいく。
あんまり美味しくない。異世界の文化ということで納得はするものの、舌だけが猛抗議の声を上げている。
日本に帰りたい……。
「…………」
僕以外の2人ともが、とりあえずハトのパイを待つことにしたみたいだ。僕も待つことにしよう。
ミルクが冷めたころ、ハトのパイが来た。
パイは見たところ何の変哲もないパイだ。潰れた円柱の形。カリカリパサパサしてそうな焼かれたパイ生地。
木のお盆みたいな平たい器に盛られ……というか置かれたパイに、木のスプーンが添えられている。見た目はシチューパイに似てる。
僕とミナの頭上には疑問符しか浮かんでいないが、チホはなんだか納得したような顔をしている。
「うんうん。このころといったらパイだよね!」
何をどう納得しているのかは、僕には分からない。なんだか喜んだ顔でウサギのパイを注文して、それがダメならハトのパイで納得する女子高生は正直にいって意味不明だ。
木のスプーンでサクッとパイの天井部分を破って、チホは嬉々として一口目を口に入れた。
「んん〜!」
なんだか美味しそうなリアクションをとっている。でもそれハトでしょ……?
「……食べないの?」
「いや、食べるけど……」
勇気を出して食ってみた。シチューパイみたいになっていて、白いクリームシチューっぽい中に野菜と鳥肉が入っていた。
ふうふうと冷まして口に入れると、……うん。美味い。
美味い。
パッサパサのパンをつけて食べるとまた美味い。味は薄いけど、野菜と肉の旨味が閉じ込められているように、鼻から芳醇な香りが抜けていくのがわかる。
全体的に味の薄い昼食を平らげて、僕らは食堂を後にした。