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異世界の宿で眠るようです

桶に汲んだ水で体を綺麗にして、僕らはようやく一心地つくことができた。


日はほとんど傾いてきていて、窓の向こうでは夕焼けが空を綺麗な赤に染めていた。


そうやって一安心してしまうと、感情のタガが外れてしまった。


僕らは静かに泣いた。どうしてこんなことになってしまったのか。その不条理さに嫌気が差して、それからやり場のない怒りや苛立ちが心の中でぐるぐる回って、僕は静かに泣いた。


他の2人もそうだった。


「……お腹空いた」


階下からいい匂いが漂ってきて、チホの胃がぐぅと鳴った。


辺りはすっかり暗くなっていた。


「僕も」


「私も」


「下行って何か食べよ。美味しいもの」


「異議なし」


暗い廊下をトボトボと歩いているうちに、だんだんと食べ物の匂いで元気になってきた。


何を食べようか。そんな気持ちが、悲しみとか雑多な感情をどこかへ押しやってしまった。たぶん胃に押しやったのだと思うけど。


廊下の先は明るかった。階段の下では、明かりがあるようだった。


1階は、昼に比べて賑わっていた。僕らみたいに帯剣したおっさんたちが、ほとんどのテーブルを占拠して、がやがやと酒を飲み交わしながら楽しそうに飯を食っている。


テーブルのあちこちにはカンテラがあって、店内を薄暗いものの一定の明るさに保っている。


「おっちゃん!お腹空いた!おすすめは何?」


テーブルが空いてないのでカウンターに座ると、チホが率先して注文してくれる。メニューがないので何があるかもわからない。あっても字が読めないのでたぶん意味はないと思うけど。


「あー、おすすめねぇ……。とりあえず豚バラとエールを頼むやつが多いけどなぁ」


「こ、コメはありますか……?」


思い切って聞いてみる。ダメで元々だ。


「コメ?何だそれ」


残念……。無いみたいだ。しゅんとしょげていると、チホが後を受けて話をする。ついでに僕に軽く肘打ちを食らわせる。


あ、そっか。コメでマレビトってバレる可能性もあるのか!しまった……!


「あー…、郷土料理なの。まあダメ元で聞いただけなんで気にしないでよ」


「へえ。えらく遠いとこから来たのか?」


「まあ、いろいろあってね……。それより料理料理!豚バラとトルティーヤを3人分。あとは水でお願い」


「はいよ。出来上がってるからすぐ出せるよ」


どん、と置かれた木の皿にはサラダ菜の上に無骨な肉のスライスが乗っていた。塩のような結晶がほんの少し乗っていて、湯気が上がっている。油の匂いが鼻孔をくすぐる。豚バラ肉は1人一皿だ。


続いてトルティーヤが1つの大きな皿に置かれて出された。水は、木のマグに入れられている。これも常温っぽい。


食器はまた2股の串みたいなフォークだ。


「もう!コメなんて言ったらダメでしょ!」


「ごめん……」


おじさんが他のテーブルに行った隙を見計らって、チホが僕に注意する。これは全面的に僕が悪いので素直に謝る。


「まあ食べましょ食べましょ」


「いただ……、おっと、食べよう食べよう」


僕は危うく日本の文化を出してしまうところだった。チホに軽く睨まれて、僕は笑ってごまかすしかない。


「うーん!美味しい!」


ヴルストを食べた時のように、ミナはまたトルティーヤで豚バラとサラダ菜を包んで食べている。


僕は敢えて豚バラは豚バラだけで食べることにする。


ぷりぷりとした脂身がたまらなく美味しい。焦げ目が香ばしく、豚の脂そのもので焼いたのか、悪い感じのしない焦げ目だ。臭み消しのためか、これにも香草が揉み込まれているようで、後味が爽やかだ。全然重い感じがしない。塩味が薄いのも、肉と香草の自然本来の味が際立って味わえてGOODだね。


水が冷たければ言うことはないのだが、まあ、無いものは仕方がない。唇が脂でねとねとになっていることを感じながら、水を飲む。


そうか、この脂をトルティーヤで吸わせるのか……。こちらも、トルティーヤで包むのが正解かもしれない。


トルティーヤを手に取り、そこにサラダ菜と豚バラを乗せて包む。齧ればふわっとしたトルティーヤに、じんわりと肉の脂が染みて、サラダ菜のふにゃふにゃしつつも野菜のさくさくした食感が美味しい。


うーん。こうなるとマスタードあたりが欲しくなってくる。トルティーヤ自体にトウモロコシの香ばしい甘みがあるので、辛味が足りない。美味しくはあるのだが、もっと塩味を効かせるか、何か別の調味料が欲しくなってくるものだ。


これはやっぱり別々で食べた方がいいかもしれない。


「……いろいろと食べ方を試してるの?」


僕がトルティーヤで巻いたり巻かなかったりするのが気になったのか、チホが尋ねる。


「うん。どうせなら美味しく食べたいし」


「ふふふ。旅をしたらミナに頼りっきりになっちゃうね」


「任せて。なんてったって料理+2だから」


たぶんこれはミナには頭が上がらなくなるだろうな……。軍隊で料理班が1番発言力が強いって話は本当なのだろう。


「ミナには負担をかけちゃうね……」


「いいのいいの。下拵えとか手伝ってもらうつもりだから」


「うん。全然手伝うよ」


その日、僕らは晩御飯を食べ終え、そのまま部屋に戻った。


「さて、洗濯しちゃいましょう」


「どこに干す?」


「それはほら、こことここにフックがあるから、ここにこの縄をかけて……」


「「おおー」」


チホの洞察力には感嘆するしかない。僕はフックにも縄にも気付けなかった。


「あ、じゃあ僕がやるよ。ミナは水汲んできてくれたし」


「いいの?悪いねマコ」


「じゃあ、お願い」


「うん。水を汲んでくるから、その間に明日の打ち合わせでもしてて」


僕は予備の盗んだ服に、2人は制服に着替えた。空のバケツに洗濯物を入れて、下に降りる。


飲食店の1階はまだ騒がしかった。むしろ酒が深まってきている分、騒がしさは増しているようにも思えた。


そのまま裏口から出て、裏庭に出る。裏庭には竈みたいな暖炉みたいなものがあって、物干し台もあった。


こっちに干せば……と一瞬考えるが、盗まれたら困るのでその考えは消しておく。


裏庭は真っ暗だ。頼りになるのは1階から漏れてくる明かりと月の光だけだ。


井戸は石で組んであって、滑車のついたバケツで組み上げるものみたいだった。都会生まれ都会育ちの僕はこんなものを扱うのは初めてで、少しドキドキする。ミナもこんな気持ちだったのだろうか。


井戸の中に釣瓶を落として、滑車で汲み上げる。縄は、割りと重い。


汲み上げた水を、井戸の側に置いてある桶に注いでいく。重い。面倒くさい。ポンプ式の井戸の発明は何年のころなんだ……。


洗濯板はあるみたいで、桶の中に無造作に置かれていた。


それから、僕は記憶を頼りにじゃぶじゃぶと服を洗っていく。ドラマや映画でしか見たことのないものだが、やってみれば案外できるものだった。ただ、疲れる。


なかなか汚れが落ちないし、すぐに桶の水は黒くなった。その度に水を捨てて、水を汲み上げて……の繰り返しだ。川へ洗濯(・・)に行ったおばあさんの選択(・・)は正しかったんだ……。なんて馬鹿なことを考えるくらいには面倒くさい。


なんとか洗い終わった頃には、腕時計で見れば1時間ほどが経っていた。


「ふぅ……」


思わず溜息が出る。腰も痛い。


でも少なくとも元の世界よりは鍛えられているのだろう。3日間のサバイバル生活はけして無駄ではなかった……。と思う。


ある程度バサバサとはたいて水分を飛ばしてから、空のバケツに入れて、また2階へ戻る。


「あ、おかえりー」


「なんか時間かかってたね」


「ただいま。洗濯機が最強だよ……」


僕は疲れた声を出しながら、洗濯物の入ったバケツを置く。それから縄を持ってフックにかけていく。


「あはは、お疲れ様」


1枚1枚を縄に洗濯ばさみで挟んでいく。洗濯ばさみはあるのな、この世界。


「あ、で、話戻すけど、たしか鍋はあったわね。包丁もあるし、あとはフライパンとまな板かな……」


「じゃあ鍛冶屋さんだね。水ももっと持ち運べるようにした方がいいよね。水筒もいくつか買いましょう」


2人が制服姿で明日の相談をしているのを聞きながら、僕は洗濯物を干していく。干し終えたら僕も2人の会話に加わる。


「明日は鍛冶屋さんと服屋さんを見ることにするわ。食材は出ていく時でもいいしね」


「了解。資金的にはどうなの?」


「1日目だからってちょっと散財しすぎた感はあるから、ちょっと節約してかないとね」


「えー!またバナナ?」


「もう僕はあれをバナナとは認めないぞ。食べられるスポンジだ」


「別にバナナ食えとは言ってないでしょ!」


チホが僕らを制する。


「とりあえず自炊かな。裏に竈があるし、幸い鍋はあるし、下見した限りではパン屋もある。ということは小麦粉もあるんだからシチューとかできるでしょ?」


「じゃあ雑貨屋さんに行って皿とかスプーンとか買わなきゃだね」


「あー、忘れてた。そうね。じゃあまずパン屋行って、八百屋行って、雑貨屋行って、で余裕があれば鍛冶屋と服屋で」


「了解了解」


僕は素早くメモをとる。メモ癖があってよかったと思う。


「よし。そんなもんかな」


「やることいっぱいあるわね……」


僕のメモを覗き込みながら、ミナが疲れたように言う。疲れたように、というより本当に疲れたのだろう。僕も疲れた。3日間もサバイバル生活して疲れない女子高生なんていないと思う。


そのあと、僕らは会話もそこそこに泥のように眠った。疲れがそれだけ溜まっていたのだ。


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