とある兄の日記
無謀にも挑戦する。読み専だった作者が贈る作品。
―――最近妹の様子が変だ。
そう俺は真っ新な日記へとペンを走らせた。
まず俺の紹介をしよう。俺の名前はウィズワルド・エアスト・モルボード。愛称ではウィズなどと呼ばれている。
家名等がある時点で貴族なのは明らかだと思うが、侯爵の一席に名を連ねている。
そう侯爵家の我が家には俺の他にも、当然ながら父親、母親が居る訳で、今は隠居している両祖父母も健在している。そして冒頭に書いた通り妹もいる訳なんだが、その妹が最近変なのだ。
何処が変かと言えば、全てだ。
以前ならば悪趣味とも言える服や装飾をゴテゴテと付け、呼ばれもしない夜会に毎晩の如く参加し、多くの貴族の方々からダンスの誘いを受け、高飛車に笑いながらも、高嶺の花の如く振舞っていた。
まあ、俺から見れば、近寄る奴らはほとんどが家名によって来る害虫にしか見えなかったわけだが。
いくら苦言を呈そうとも、まだ幼さがあったせいか、話を聞きもせずに、自由に振舞っていたが。
そうあれは今から1月ほど前だったか、その問題の妹、シャルが高熱を出したのだ。自身の健康や美意識に関して(服装は含まない)は細心の注意を払っていたシャルがである。初めは珍しい事もあるモノだと、これで多少は変わってくれたらいいのだがと、思った訳だが……まさか本当に変わるとは思わなかったのだ、その時は。
そして3日程度寝こみ、もう安心だと家の医者に言われ、見舞いに行ったわけだが、ベットから身を起こし、ボケッと、いつもの切れ長で、キツイ目尻が若干下がり気味な感じがして、一瞬妹のシャルだと認識できなかったのだが、一応心配で声を掛けてみた。
「シャルロット、もう身体は良いとの事だが、大丈夫か」
声を掛けられたことに驚いたのか、びくりと身体を振るわせた後、こちらをマジマジと見た後
「ウィズ様?え?本当に?アレ?夢じゃなくて、え?現実?え?」
何やら奇妙な事をぼそぼそと口走っている。これは家の医者を変えるべきだろうか。いや、おかしくなってしまったのか妹よと頭の中で考え、協議していたわけだが、何やらハッとしたのか、取り繕うように髪を弄り
「……ご心配をお掛けしました、お兄様、もう体調の方は元通りです。多くの者に迷惑を掛けしましたわね。」
そんな言葉を言う妹に若干口元がひくついたが
「………そうか、いや妹の心配位するさ、だが無理はするなよ、何時でも相談したいことがあったら言うんだぞ、シャル」
思わず幼い頃の呼び方をしてしまった、普段なら不満げに此方を嗜めてるのだが、若干気の抜けたような感じで
「はい、もう少し横になろうと思いますので、お兄様は外に出て頂いてよろしいですか、あと侍女の方々にも用があるまで自由にと伝えておいてください」
「ああ、伝えておこう、では、失礼する」
そう言って、妹の部屋から出て扉を閉め、そして扉から離れ、廊下を数歩歩いた後、俺は崩れ落ちた。俺の心の中の状況は
(誰だアイツは、シャルか?シャルなのか?)
これに尽きた。そのあと偶然通りかかった侍女によって、この思考のド壷から抜け出す訳だが
その次の日から妹は激変した。
悪趣味とも言える服や装飾を全部売り払い、品の善い、華美になり過ぎない服や装飾を最低限しか購入せず、夜会にも最低限の参加しかしなくなり、ダンスの誘いをやんわりと断り、柔らかな微笑みを終始顔に張り付け、壁際の花の様に存在感を消していた。
………誰だお前は!?……そう何度口から出そうになったか。
食事も以前に比べれば質素、量も少なくなり、無駄に残す事も、料理人の総入れ替えも無くなった。それ以上にあまり意欲的でなかった習い事、国の歴史や周辺諸国の状況、我が国との関係性などを重点的に学んだり、法律、礼儀作法、その他諸々、を意欲的に、それこそ教師の人間全員が、本当にあのシャルロットなのかと確認を俺にとって来るほどに。
しかも、悪趣味な服飾類を売り払った金の一部を城下町の孤児院に寄付したり、その寄付した孤児院に極秘裏に身分を偽って出かけたり、帰り道に買い物をしていたりなど、コレはつけていた護衛からの報告だった。
本当にお前は誰なんだ、妹のシャルロットは、何処へ行った?そう、顔を合わせる毎に言葉にしてしまいそうになるほどには、俺は現状が信じられない。
だから日記に記すのだ、何時この口からシャルを傷付ける言葉が出るか判らぬから、この日記をはけ口とするのだ。
そんな事で日記の大半がシャルの奇行(真人間化)で埋まるようになるのだが、そんなシャルの奇行(奇妙な行動的意味で)も加速するのだった。
日記を書き始めてから早3ヶ月ほど経った時、自室にて書類整理をしていると、扉の外から家令の声が
「お仕事中申し訳ありません、ウィズワルド様、少々お時間よろしいでしょうか」
「何だ?お前が来るという事は何か重要な事か」
「はい、シャルロットお嬢様が」
「何だ、入ってきて詳細を聞かせろ」
「いえ、来られるそうです」
「………何だと」
「…ご相談があるとのことで」
「もう来てるのか」
「いえ、私室にて返答をお待ちです」
「……30分」
「はい?」
「30分後ならば手も空く、その頃に通せ、あと侍女にアルバ茶を持ってこさせろ」
「…アルバ茶をですか?よろしいので?」
「ああ、構わん」
「……ではそのように手配します」
そして、扉の先から気配が去ったのを確認し、座っていた椅子に背を預け、溜息を吐きながら
「これで、踏ん切りも着く……はぁ~」
重い気持ちに封をしながら、手元にある書類を急ぎ片付ける。
そして約束通り30分してから部屋の扉がノックされる。
「入れ」
そう言うと、侍女が扉を開け、その奥にシャルロットが佇んでいる。
「失礼します。シャルロット様をお連れいたしました」
「ご苦労、下がってくれ」
「はい、では失礼します」
そうして侍女は下がり、シャルが部屋へと入ってくる。
執務机から腰を上げ、ソファーに向かい、シャルにも座るように促す。
「…………………」
「……………………」
お互い無言の状況が続くが、また扉のノック音が響く。
「入れ」
「失礼します」
そう言いながら、家令がティーセットのワゴンを持って入室してきた。
「お兄様?」
「俺が頼んでおいた。何か話があるのだろう?長くなるようならばと思ってな、それにさっきまで書類整理をしていたから一休みも含めてだ」
「そうですか?」
そう言うと大人しく座り、並べられる様を見ていた。
そして全て並びきると部屋の片隅へと家令は下がった。
「……まあまずは喉を潤そう、そうすれば話もしやすいだろう、シャルロット」
「………え、えぇ、そうですわね」
そう言うと、これまでの礼儀作法の学びを活かす様に、お茶を飲んだ。
そして静かにカップをソーサーへと置き
「……それでお兄様」
口を開いたが、俺は手を女の前にかざし口を閉ざさせた。
「お前は何者だ?」
間髪を入れずにそう聞いた。
女は驚きと戸惑いの様な表情を見せ、口を開こうとしたが、俺の言葉は続いた。
「シャルロットは言い方は悪いが、傲慢で強情、まるで俺の言葉に耳を傾けず、その内取り返しのつかない処まで、堕ちるんじゃないかと、身を滅ぼすのではないかと思っていた。だが多かれ少なかれ、貴族の令嬢の行動としても理解できる範囲だった。だが、ある日だ、今から3ヶ月と少し前、シャルロットは体調を崩した。多少は身の振り方に変化があればと、思いはした。だがその回復後、お前に変わっていた。シャルロットが取らなかった行動をとり始めた。目を瞑った。お前はシャルロットだと、違う存在なはずがないと思ったから、以前の行動を鑑みているんだと、これから通うであろう学園で恥を掻かぬ為に所作を正したのだと。そう思い今日までお前には何も聞かず、干渉もせず、自由にさせていた。だが今日お前は俺に相談があると言った。だから試す事にした。フェアではない、本来なら自分自身が一番許せない行為をしている。だが、だからこそこれで区切りにしようと思った。お前がシャルロットなのか、別の存在なのかを、はっきりさせようと。」
「な、何のことを」
「先ほど…………お前が飲んだお茶だがな。アレはシャルロットの最も嫌っていた茶葉、アルバを使っている。味覚が変わった、嗜好が変化した、気付かなかった。お前の言い分はあるだろう。だが、そんな言葉は戯言にも満たない。何故なら、その茶葉を嫌った理由はそんな言葉では覆せない。」
「…………………」
女は無言で膝に置いた手を握りしめた。だが青褪めた様子も無かった。
気にはなったが、それでも言葉を止めはしなかった。決定的な事を切り出そうと
「アルバ茶は、シャルロットにとって、」
言葉を発しようとすると
「暗殺未遂の茶葉、シャルロット付きの侍女が命を落とした、忌むべき茶葉。しかも初めその犯人の汚名を侍女になってしまった。幼く、子供の駄々の様にあしらわれ、信じて貰えずに、彼女の妹、当時侍女見習いの子まで追い出す事となってしまった。因縁深い茶葉。その後真の犯人は捕まりましたが、彼女の汚名を雪ぐ事は完全には出来なかった。そうですわよね、ウィズワルド様」
女がそう続けた。
「…………………」
こちらが言葉に窮していると
「いいえ、ウィズワルド様の仰る通りです。私はシャルロット様ではありません。信じて頂けるか、判りませんが、あの高熱を出した日、いえ、本来はそれよりも前からシャルロット様は自責の念と後悔で心を埋め尽くし、空虚な生き方を着飾る事、また他の殿方を手玉に取る事で紛らわせようとしておりました。ですが充たされぬ心、貴族社会の醜い状況、そんな状態で、とうとう限界が訪れてしまいました。それがあの高熱を出した日です。あの時シャルロット様はやっと彼女の許に逝けると、もしくは自分を裁いてくれる場所へと逝けると思ったのです。その時でした私の意識がシャルロット様の中から湧き出したのは。私は、日本と呼ばれる国で若くして命を落とした筈でした。ですが、何故かシャルロット様の身体に意識が在ったのです。荒唐無稽だと、耳を傾けずに処断されるのは構いません。ですが、信じて欲しいのです。シャルロット様はあの日、亡くなった侍女に対して未だに懺悔をし続け、未だこの身体におられます。私のこれまでの行動に目を瞑っていたのならば、教会へと寄付をし、その教会にたびたび足を運んでいるのもご存じのはず。侍女の妹は追い出された後、その教会にて修道女として暮らしていました。」
「お前の行動の一端はそれだと、そう言いたいんだな」
「間違ってはおりません、ですがまだあるのです、シャルロット様、そして私自身が変えたいと思う事柄が」
「……アルバート」
女の瞳を見て俺は部屋の片隅に控えていた家令の名を呼んだ。
「はい何でございましょう、ウィズワルド様」
「今までの話、他言無用で頼む、父上にもだ」
「はて、最近歳のせいか部屋の端からでは会話が聞き取りずらい時がありましてな、当主様にはご兄妹の真剣なお顔以外は私し、ご報告できかねます」
喰えない男である、だがその事には一切顔にも言葉にも出さず
「……ならこれからは本当の兄と妹の私的会話になる、だから新しい茶葉で持って来てくれないか、私もこのお茶は未だ苦手でな」
「畏まりました、では、失礼致します」
そのように言い渡し、家令は部屋からワゴンと共に出て行った
そして俺は一旦女の方を見ると、軽く息を吐き
「さて、お前はどれだ」
「どれとは?」
白々しいと思うのは若干フェアではないかもしれないが、気付かないようならそのまま話を進めるため、口を再度開いた
「乗り移りか、記憶が湧き出したのか、別々か混ざり合ったか、この世界の事は…………知っていたな、起き掛けの言葉で」
「……え?ま、まさか」
気付く、いや、気付かないならばそれはそれで眺めていようと思ったが、気付いたかと、思わず口元がニヤリとした。
「うっ……」
何やらこっちを見てひいたみたいだが
「お察しの通り、俺もこの世界、『学院恋歌~愛の鐘の鳴る時~』、通称学恋の事を知ってる、いや、お前が生まれて思い出して、半信半疑だったが、まあ起きた事件やその後の変化から、確証を得たわけだが、初めはこの家が没落しない程度にフォローなり、幽閉措置とか採ろうと考えていたわけで、そこにお前登場、まあ予想できなかったわけじゃないが、珍妙な行動取り始めてな、逆にそれのフォローや処理で頭と胃が若干ストレスだったわけだが」
「そ、それなら」
何故か先程までのキリッとしていた女の表情が崩れ、幼い日、あの侍女に対してから全く見せなくなった表情でこちらを見詰めてきた
「な、何も泣きそうになる事は無いだろう、知識悪用とか、他にもいろんなことを考える身にもなれ、次期当主候補としてこの家を存続させることも、幼い頃から考えて来たんだから、アレぐらいの問答は許せ」
「許せって、不安だったのよ、こっちは、自分の望みも果たせぬまま、幽閉か、処理されてしまうんじゃないかって、唐突に思い出して14年程度のシャルロットの記憶の中で望んでいた事を私も自覚して、原作が始まる前に出来る事とか、事前に調べないといけないと思って行動してたんだから」
「……つまり今のお前はシャルでもあり、日本に居た時の原作知識も持ってる女と」
「ええ、そうよ、ってかさっきから女女って呼び過ぎ、シャルって呼べばいいじゃないの、もしくは私の前の名で呼ぶとか」
「あ~、そこはスマン、14年間接してきたシャルロットが激変したせいか、存外自分はシスコンだったみたいでな、紅茶をふくみ飲んだ辺りからお前の事をシャルとして考えない様にしてた影響だ、……あとお前、シャルの記憶見たならこの呼び方は幼い時の愛称で、今はシャル自身から呼ばないでくれって言われてんの知ってるだろう?」
「……あ~、もう暴露すると、シャルロット本人はその呼び名は気恥ずかしさもあるし、一人前の淑女が兄にそう呼ばれて喜んでいるのも如何なものかと思い、苦言という形で、呼ばれないようにしてたみたいよ、うん、私も今若干その呼び名は照れるし」
「お、おう、……って反応に困るからやめろ」
「そうね、この話はココまで、知識のすり合わせをしましょう」
ああ、企画者 舞加 様 お許しください。
追記1:キャラが勝手に動いて何故か、シリアスな…ギャグっぽいモノにするはずが