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枚数別のご案内――原稿用紙5枚程度の掌編

お天気雨の日に

作者: 陣 杏里

 晴れているのに降る雨のことを『狐の嫁入り』と言うのだと、真理奈に教えてくれたのは祖母だった。

「ほんとに狐さんがお嫁に行くんだ……」

 天気雨の中、狐の嫁入り行列が丘の獣道をしずしずと進んでいる。ランドセルを背負いなおしてそっと様子を観察した。

「ふふっ、おばあちゃんの言ってたとおりだ!」

 祖母の話してくれた昔話を思い出しながら深呼吸。首にかけたお守りを握って後をつけた。

「狐さんのごちそうってどんな味かなぁ……」

 祝いの席に並ぶ料理を想像してよだれをぬぐう。祖母が真理奈と同じ『人に見えないものが見える目』の持ち主だと知ったのは去年のこと。祖母は子供の頃狐の嫁入りについて行ったことがあるらしく、祝いの席で食べた料理の味が忘れられないと聞いてから、真理奈の期待はふくらむばかりだった。

「やっぱり油揚げとかが好きなのかな?」

 丘を越えて緑濃い森に入ると、狐たちが持っている提灯に青白い炎が灯った。行く手に見えてくる日本家屋の門をくぐると座敷へ通される。祖母のくれたお守りが人の気配をごまかしてくれるので、狐たちは訝しむ様子すらない。

「やぁやぁ、あなたは川向こうの三郎次さんじゃないか」

「おや、もしかして山向こうの秋之助さんですか? 十年ぶりですかな、お懐かしい!」

 雨中をやってきた花嫁が身支度を整えている間、座敷に残った参列者の間で雑談が始まった。

(狐語とかじゃないんだ……それとも、このお守りの効果かな)

 日本語に少し驚いたものの、真理奈はじっと聞き入った。狐の雑談などめったに聞けるものではない。

「そちらの景気はどうだい? 最近、我々の所では供物がさっぱりでねぇ」

「いやぁ、こちらも似たようなものですよ。供物どころか社の掃除すらいつのことでしたか」

「今じゃ、我々狐を神の使いと敬う人間などとんと見かけなくなった。お稲荷様もがっかりされていたよ」

「彼らが熱心に供物を捧げてくれた頃から、百年も経ってないと思いますがねぇ」

「そうそう。油揚げが恋しいよ」

 そしてこの後はひたすら『昔はよかった』と言いあうばかり。期待の外れた真里菜はふぅっとため息をついた。

(狐のくせに、お父さんとおんなじこと言って……つまんないの)

 彼らの物言いは、仕事帰りの父が酒を飲んだ時とそっくりである。

(ママも景気が悪いって言ってるし、狐の世界も困ってるのかなぁ)

 そう思いつつ周りを見ると、客たちが狐ではなくてサラリーマンや近所のおばちゃんのような気がしてくる。

 そうこうしていると、身支度を終えた新郎新婦が席についた。やっと食事にありつけるかと思っていると、別の狐が列席者から何かを集めて回っている。雑談していた隣の二匹が小魚と柿をさし出すのを見て、真里菜はそれがご祝儀だと気がついた。

(学校帰りに来たりするんじゃなかったー……お祝いの品がないなんてどうしよう)

 こうなったら絵でも描いてプレゼントするしかないと、ランドセルの中に突っ込んだ手にやわらかいものが触った。

「おや、これは変わったものですね」

「は、はい……人間の町で手に入れましたぶどうパンというものでございます」

 真里菜が狐に渡したのは、今日休んだクラスメートの給食である。じゃんけんで勝ちとったことを忘れていたのだ。

「おぉ……だからあなたは珍しいにおいがするのですな。これは何よりの祝いになるでしょう」

「ありがとうございますっ」

 ほっと胸をなでおろし、ぺこりと頭を下げる。

 大喜びの新郎新婦と他の狐たちがこぞってパンを欲しがったので、真理奈は少し考えて、コンビニの地図を書いてから帰ることにした。



「最近やけにぶどうパンが売れるねぇ……多めに発注しておかなきゃ」

 一週間ほど後。コンビニの帳簿をつける祖母の呟きに、真理奈はにやりと笑った。

「人間も狐も不景気なら、こうやって助け合えばいいのよ」

 掃除用具を持ってコンビニを出て、近所の豆腐屋で出来たての油揚げを買う。自転車をかっとばして通学路途中のお稲荷さんに向かい、祠をきれいにしてから油揚げをお供えして手を合わせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは、お天気雨の日にを読ませていただきました。 ほのぼのとしたいいお話ですね。面白かったです。 自分もこんな体験してみたいなぁというお話でした。 [一言] 葡萄パンがやたらと売れ…
2015/06/26 17:56 退会済み
管理
[良い点] ちょっぴり不思議(非日常)シチュでのほのぼのは、もはや陣さまの十八番ですよね。もう安心しきって読み始める自分がいます(笑……とはいえ、着ぐるみ先生的裏切りもありますが、笑笑) しんどい時な…
[良い点] ほのぼのするお話で癒されました。 真理奈ちゃんがしっかりした女の子で素敵でした。
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