少女
市役所に着き、黒塗りの車両に乗ってから二時間程経っただろうか?やっとのことで目的地に着いたらしい。風に吹かれ葉が擦れ、自然の香りを俺の元へ運んで来る。
うん。と一つ頷き、今抱いている気持ちを吐き出す。
「県外じゃん!?」
えぇ、まさかでしたよ。てっきり県内だと思ってたらまさかの県外でした。
うっわ、マジかー。よく分からん状態で県外とかマジかー。
「笹本勇真様でしょうか?」
「え?」
突然、声をかけられたものだから驚いて振り返ると、高級スーツに身を包んだ几帳面そうな男が居た。
一度、驚いてみせてから、微笑を浮かべる。
「はい。そうです」
「お待ちしておりました。すでに、他の参加者の方々もご到着なさっております。少々礼を欠きますが、急ぎますので、ついて来て下さい」
「あ、はい。分かりました」
少し早足で進む政府の人(?)についていく。鈍く黒に光る木の扉を抜けると、吹き抜けのエントランスに出た。三つの扉に壁沿いにある螺旋階段がある。だが、見回して見ても見慣れたものが見当たらない。
キョロキョロと見回しているのに気付いた男が、不思議そうにした。けれど、すぐに理由が分かったらしくニコリと仕事スマイルを作った。
「照明がない事が不思議ですか?」
「あ、はい。今時照明がないのが不思議だなって」
「ここを設計した建築士が一カ所だけ自然光のみの場所を作りたかったらしく、なぜかエントランスが選ばれたのです。今考えてみれば、不便でしかないのですけどね」
心底面倒そうな表情で肩を竦める男に、先程までは一切と言っていいほど感じなかった親近感を感じた。たぶん、やっと人間らしい雰囲気を感じられたからなのかもしれない。
「えっと、名前を教えてくれませんか?」
「え?私のですか?」
「他に誰もいないですよ」
苦笑して言うと、男は照れたように頭を掻いた。
「この仕事を始めてから久しぶりに聞かれました。なんだか、照れ臭いですね。っと、佐藤雄作です。雄々しいに農作の作で雄作と書きます」
やっぱり照れているのか頬に朱が刺している。いや、男にそんな顔されても困るんですけど……
「雄作さんですね。少しの間ですが、よろしくお願いします」
「任せて下さい……と、言っても、もう目的の部屋に着くのですけどね。そうだ、一つだけアドバイスを」
「?」
「彼女には気をつけて下さい。見た目に騙されてはいけませんよ。いいですね?」
「はあ。とりあえず、了解です」
雄作さんが最後に言った台詞が気になるが、導かれるまま部屋に入った。
白いカーテンに淡いグリーンの羽毛布団があるベッド。手前には男性が四名とその奥。椅子に腰掛けた綺麗な女の子と、これまた高級スーツの男が彼女の横に控えるようにして立っていた。
上に浮かぶ彼女は手前の四人を警戒している。たぶん、ソッチ系の職業の人達なのだと思う。
袈裟を身につけた坊主居るし。
「やっと全員揃ったらしいな………って、おいおい。なんだあれ!?なんつー強い悪霊憑かせてんだよ!?」
「…とりあえず、彼女のことを悪く言うのはやめてくれませんか?不愉快です」
俺が語気を荒げて言うと、シルバーアクセをじゃらじゃら付けた男が黙った。文句はないらしいが、睨みつけてくる。鬱陶しい。
俺が座ったのを確認するとスーツの男が口を開いた。
「全員揃ったようなので始めさせて頂きましょう。今回皆様にお集まり頂いたのは、彼女――神宮寺京子についてです」
全員の視線が神宮寺京子に集まる。だが、その視線をなんとも思っていないらしく、反応は薄い。
スーツの男が続ける。
「彼女にはあなた方と同じように特殊な技能があります――彼女の場合は呪いの様なモノですけれどもね」
「呪い?呪いにかかってるようには見えないが……」
「……触れたモノに死を与えるの。あたしは」
唐突に神宮寺が口を開いた。見た目に違わず声も透き通った綺麗な声だった。俺も含め全員が聞き惚れていると、神宮寺を威嚇するように彼女が俺の前に浮かぶ。どうやら、さっき言った事は本当らしい。
と、神宮寺が花に手を伸ばした。触れた瞬間に花びらが茶色に変色し枯れ果てた。
『な!?』
俺を除く四人が驚愕の表情を浮かべた。
だが、俺は何も言わず立ち上がり、神宮寺に近づいて手を掴んだ。いきなり、手を捕まれた神宮寺は驚いたように目を見開いた。
それは手を掴まれた事に対する驚きではなく、たぶんだけれども、人を殺してしまうのではないかという恐怖からだと思う。
「…え?」
驚きが口から漏れた。
「ばっ…ばっかじゃないの!?あんた死ぬかもしれないのよ!?」
「でも、死んでないじゃんか。俺は君を特別な人間とは思わない」
今思えば、俺自身なぜこう言ったのか行動をしたのか分からない。けれども、神宮寺の表情がなんだか昔の、父さんがまだ忙しく独りぼっちだった頃の俺に似ていたから言ったんじゃないかと思う。
「俺は死んでないし。君も殺してない。だから、問題ないだろ?」
「…なんだ。マジックか…なら、触ったって関係ねぇじゃねーか」
シルバーアクセが無造作に立ち上がり無造作に神宮寺の腕を掴もうとした。
だが、咄嗟に俺はシルバーアクセの腕を掴み、それを阻止する。
「あんたは、彼女の反応を見てなかったのか!?神宮寺京子が自分の“呪い”について言った時の彼女の反応を!!それでも『見える』人間か!?」
先程よりも強く怒鳴る。目の前で人を死なせてたまるか!
「テメェは触って生きてんだろうが!なのに、俺は触っちゃいけないだと!?ざけんじゃねえ!」
「いえ、笹本様の言う通りです。もしも、神宮寺京子に触れていたら貴方は死んでいました。笹本様が特殊なだけです」
感心…というか呆れが八割方占めているような言い方が、不本意だけれども事実っぽいから言い返せない。あぁ、もどかしい。
しかし、それでも納得しないシルバーアクセくん。君、神宮寺が美人だから触りたいんじゃないだろうな?
「船田くん。それくらいにしたらどうだい?」
「黙ってろ!ジジイ!」
坊さんが窘めるようにシルバーアクセくん改め船田に言ったが、それを一蹴。やれやれ…どうすっかなぁと彼女に視線を向けると、少し困った表情で頷いた。
やっちゃっていい感じですか。そうですかー。
「船田さん」
「るせぇなクソ坊主……がっ!?」
話しかけ、船田が振り返った瞬間に顎へ上段回し蹴り。おぉう、上手くいった。俺、自分にビックリしたぜぃ。
「触りたきゃ床でも触ってな!って感じかね」
ビックリする周りと苦笑いを浮かべる彼女。
あれれ?ダメでしたか?今のダメでしたかー?
「……んんっ、さて皆様。残ったお二人の見解をお聞きしたいのですが、構わないでしょうか?」
「ええ、構いませんよ」
「大丈夫だ」
え?船田くん無視っすか?別にいいけどさ。
「では、金井さんお願いします」
「分かりました。まず、神宮寺さん。その力…呪いと言った方が適切でしょうか?それはいつ頃から発生するようになりましたか?」
「小一くらいよ。最初の被害者は両親」
「後天的なものですね。または、先天的なものがあとで表へ出てきた可能性も否めませんね。コントロールが可能性ならば神にも等しき力ですが……霊感などならば第六感として説明できますが…」
一息分、間を開ける。
「これは僕の手に余りますね。ただ言える事は彼、笹本くんにはその力が効かない為、彼が近くに居た方が僕はいいと思います。おそらく、彼の連れている霊――彼女も何かしら関係があるのではないでしょうか?」
そう締めくくると金井さんが俺の方へ視線を向けてきた。
「だから、これは僕の独り言として聞いて欲しい。笹本くんが感じたものは僕も感じていた。爺のお節介だけど、笹本くんが神宮寺さんと一緒に居る事を僕はオススメするよ」
俺と神宮寺の顔を順番に見たのち、優しい笑みを浮かべた。
まあ、金井さんの言う事にも一理も二里もある。検討に値するだろう。
しかし、しかしだ。金井さんは俺が男だということをお忘れか?俺だって健全な男子高校生である。ただでさえ、風呂上がりにフリーダム過ぎる美穂さんのせいで持て余し気味だったのだ。やめて欲しい。警察のお世話になりたくはない。
「私からも一つ。先程の様子を拝見した限り、我々のように彼女を特別扱いはしないでしょう。ならば、良い機会ではありませんか。対等な友人が出来る事は、神宮寺さんの為となるでしょう」
今度は含みのある笑顔ですか。うざいっす。そのニヤニヤしてる顔が憎いです。
「殴りたい
その気持ちには
嘘はない」
「まさか、俳句のように返されるとは思っていなかったよ」
相手をするつもりはないらしく神宮寺は腕と足を組んで静かに座っている。なら、まあ、俺もいいや。
「ということで、よろしいでしょうか?笹本様」
「俺は特には問題ないと思います」
「神宮寺京子」
「あたしからすれば、願ったり叶ったりよ。ようやく、多少だけど監視が減るんだから」
肩をすくめる神宮寺を見て男が一度頷き、こちらへ視線を移した。
「そうそう、笹本様の勘違いを訂正しないといけませんね。この場所は県外ではありませんよ」
「え?」
「しかも、貴方の通う高校に近いです」
焦って携帯を開きGPSを起動させる。
なるほど、この男の言っている事はどうやら本当らしい。倍率を下げると学校が映り込んだ。
それにしては、ここへ着くまでに時間がかかり過ぎだろうに。
「つまり、明日より笹本様は、ここから通学するわけです」
「え?」
「神宮寺京子との同棲生活(佐藤雄作付き)をどうぞお楽しみ下さい。ちなみに、国つまり総理よりの勅命ですので断る事は不可能なのであしからず。では、我々は失礼しましょう」
え?何?家に帰っちゃあかんの?ダメなの?え?
いやさ。何となくはこの展開読めてたよ?けどさ、手順ってーものを忘れてないかね?
「伝え忘れていましたが、親御さんには既に連絡が通っていますのでご心配なく。週末には帰ってこいよ。とのことです」
はい、逃げ場なしー。
笹本勇真17歳、諦めは大事と実感した春だった。寒いけど、春だよ?