5話 初めての戦闘
──イベントを開始します。
アナウンスが終わると同時に、近くにいた4匹の犬が襲いかかってくる。しょうがない。やってやろうじゃないか!
一匹目───左足に噛みつこうとする。とっさに右足で思いっきり顎を蹴りあげる。
二匹目───蹴りあげた反動で後ろにまわった右手を狙ってくる。避けるのは無理だ。噛みつかせとこう。体力1割減。
三匹目───左手側にまわり込み飛びかかってくる。蹴りあげた右足を、地面を踏み抜く勢いで下ろし、その反動で上半身を左に回転させて右腕に食らい付いている犬で殴る。
四匹目───右手側から後ろにまわり込み、飛びかかってくる。顎が外れ、自由になった右手でそのまま左腰の剣を抜き、振り向きざまに斬る。
犬達の一瞬の隙をついて一気にプレイヤー達の元へ。イベントに乱入した瞬間から三人組とグループが組まれ、フォーカスを合わせるとそれぞれのHPとMPが表示される。三人ともHPが三割を下回っていた。傷薬を投げて渡す。ここで死なれると、色々困るのだ。
「ぼ、僕が、引き付けます!その内に逃げてください!」
「すまん頼む!」
「……傷薬、感謝」
「引き付けるって……おま、ちょっ、待てって!」
近くの犬に手を出しつつ、彼らを追い越し、大狼に斬りかかる。右前足による引っ掻き。倒れるようにして回避しながら足の付け根を斬る。
──硬い。
今の装備では少ししか傷を与えられないようだ。そのまま走り抜き、振り返る。何頭かの犬の注意を引くことができたが、肝心の大狼はまだ三人を追いかけていた。
「おいガキ!一人じゃ!無理、だあぁぁぁ!俺ったちは!放っとい、て!すぐ逃げろ!」
「そっち、狼行ったぞ」
「くそがあああぁぁぁ」
犬を殴りながら男が叫ぶ。一人だけ犬達に大人気のようだ。次から次へと群がっている。ちょっと面白い。少し見ていたい気もするけど、もう一度大狼へと走る。正面から3頭の犬。速度を落とさず突っ込む。左腕に着けた丸い盾で攻撃を逸らし、すれ違う瞬間に後ろ足を斬りつけ、紙一重で躱し、走り抜く。
大狼が足を大きく広げ、頭を低く、尻を高くする“威嚇のポーズ”をとっていた。後ろがガラ空きだぜっ!
スライディングをするように、大きく広げられた後ろ足側から股下に飛び込み、右、左の順に大狼の後ろ足を斬る。右足で地面を蹴り、左前足と後ろ足の間から跳び出る瞬間に左前足を斬り、左足で着地。後ろ側に跳び、再び左後ろ足を斬る。
「なんだ?今の〈アーツ〉……か?」
「……エフェクトない。それより集中」
一旦、大狼から離れた所を、僕が攻撃した犬達が取り囲む。約半数の7匹。ステータスが低すぎて、昔のように速さで撹乱できない。ちょうど良いので“魅せる”用の技を使い、動きを確かめる。
飛びかかってくる犬にタイミングを合わせて左手の盾を叩きつける。そのまま回転して右手の剣を、右足で回し蹴りを別々の犬の頭に叩き込む。軸足を換え、くるくると回りながら同じ動きを繰り返す。
単調な動きしかしない集団にしか使えない技。昔と比べて、だいぶ遅い。分かっていたことだが、体が鈍っているにしても遅すぎる。大技は使えないだろう。あと、髪が顔にかかって鬱陶しい。括るか斬るか出来たら良いんだけど……。
7匹を吹き飛ばした瞬間、走る。
前足を振り上げ、唯一の女性プレイヤーにのし掛かろうとする大狼の左後ろ足に内側から“ぶつかる”。大狼が体勢を崩し、倒れる。しかし、女性にのしかかろうとするとは……このエロ犬め。
「グルルルゥゥ」
流石に鬱陶しかったのか、それとも僕の心を読んだのか、大狼がこちらを向く。
「今だ、逃げるぞ!!」
「おい、待てよ、ガキ1人に戦わせて逃げんのかよ!!」
「……我が儘言わない。行くよ」
「ちょ、ま、引っ張んな!」
三人が森に向かう。大狼のターゲットが変更したからか、ほとんどの犬のヘイトも奪えた。彼らは恐らく逃げきれるだろう。僕は三人とは逆方向に走る。
「クソッ!必ず迎えにいく!それまで死ぬなよ!!」
「分かってます!」
彼らに背を向けたまま答える。しばらくして、彼らがグループから脱退した旨のアナウンスが流れる。
いろいろと、ほんと、頼みます。
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どのくらい経っただろうか?僕は未だに戦い続けていた。長い戦いで服が泥だらけだ。躱し切れず負った傷も多く、きっと酷い見た目をしているだろう。
犬の数も減り、残り3頭。囲まれるのを防ぐため移動しながら、少しずつ減らしていった。そろそろ逃げれても良いはずなのだが、森に近付くと、すかさず僕と森の間に割って入る。戦うしかない。
傷薬も底を尽き、斬ったときの反動で握力が落ちている。腕も足も鉛のように重い。バッドステータス《疲労》の効果だ。体が重くなり、動きが鈍り、攻撃力が落ちる。まあ、時間をかけた分、大狼もかなり消耗してるようだけど。
左から襲ってきた犬を斬る。瞬間、ポリゴンになって消えた。犬、残り2。しかし、消耗してると言っても、まだまだ元気なようで、このままだとじり貧だ。どうにかしなくちゃ。
左右からの体当たりを右に、左に避けつつ斬り、飛びかかってくる大狼は逆に前へ転ぶことで回避する。すぐに起き上がり、次の攻撃に備える。そこに犬の体当たりが来る。それを避け、前転し……
もういやだ!なにこいつ、同じ攻撃しかしねぇ!!
うっかり囲まれてからは、数の違いがあるが、この攻撃パターンの繰返しだった。犬は横に避けられるが、大狼は下にしか避けれなかった。避けようとすると、周囲の犬が攻撃してくるのだ。傷薬に余裕があるときは無理やり突破したが、回復手段が採集した薬草しかない今、無駄なダメージは負いたくない。そうして、今の状況に陥った。
このままでは埒が明かない。《疲労》で速度が落ち、どこまでやれるか分からないが少し無茶をしよう。
大狼の攻撃を避けるとき、前に倒れるのではなく、犬のように四足歩行になる。剣を収め、足で地面を蹴り、手で土を掴む。下げた頭の上を大狼が通りすぎる。
よし、いける!そのまま体を起こそうと──
「ふごっ」
突然脚の力が抜け、頭から地面に突っ込む。《疲労》の影響か。僕はちょうど『or2』のように、お尻を高く上げた状態になった。
「わわっ!」
恥ずかしさからお尻を押さえ、慌てて起きようとする。が、半分ほど体を起こしたところで後ろから大狼に押し倒され、両足で押さえられる。発情したか、エロ犬め。いや、ホモ?どちらにせよ僕のお尻がヤバイ。
勿論そんなことをする訳もなく、大狼が牙を僕の首筋に突き立てようとしたとき────大狼の横っ面に拳が突き刺さる。
「キャィン」
と、可愛いらしい鳴き声をあげて大狼が僕から飛び退く。
「───すまねぇ、遅れた」
そこにいたのは三人組の一人だった。
全身で息をし、流れる汗も気にする様子もなく、全て任せろ、とでも言うかのように自信に満ちた笑みを浮かべ、彼は僕の危機に颯爽と現れた。
「約束、守りに来たぜ」
後ろに何人も仲間を従えたその姿はまるで─────喧嘩番長にしか見えなかった。
5人までをパーティー、パーティーが集まってグループとしています。