閑話 話の後で
ストーリーには関係無いです
「上手くいってよかったですね、せんぱい!」
「まあ、私達が全力で“お願い”しても良かったけど、それじゃあ意味ないですから」
「……お前らなぁ」
美少女二人が、マ○クの前で“あいつ”と別れた直後の俺に話しかけてきた。どちらも黒髪で、ポニーテールの元気な方が姉。お下げっぽく二つにくくっているのが妹。一つ下の双子だ。この二人は“あいつ”の妹であり、兄と遊ぶ為だけにコンフリクト・オンラインを薦めるよう俺に“お願い”してきた。ちなみに俺と“あいつ”とでは“お願い”の意味が違う。黒歴史を握られている俺は従うしかなかった。
「“お願い”しなくても、一緒に魅力を語れば良いだろ。俺、少しでも興味を引こうと下手な芝居までしたんだぞ」
「下手な……あぁ、あの変な笑い顔ですか?」
「あ、あー、たしかに変でしたね!」
「お前らなぁ……」
もうお分かりだろうが、この二人は店内で俺達の会話を盗み聞きしていた。“あいつ”の真後ろで、ボックス席の仕切りの上から、じぃぃぃっと見つめながら。
近くに居ることは知っていたが、まさか隠れもしないとは思わなかった。二階に上がったら……いや、上がる前から目立っているのがよく分かった。自覚が無いようだが、この兄妹、髪を下ろせば見分けがつかない程よく似ている。そんな三人が――上目遣いで辺りをキョロキョロと見渡す“美少女”の頭上で、同じ顔の生首が二つ、じっと見下ろしていれば――そりゃ目立つ。その後は、「目立ってんぞ」と注意したら廊下側から顔だけニュッと出したり、アイドルみたいにニコッと笑いかけられてドキッとしたらヒヤッとするような殺気をかけられたり。
こいつらに気づかないよう、気をつけてた分いない方が良かったような……
「ま!そのおかげで説得できたし、ありがとうございます、せんぱい!」
「有り難う御座います。その……ソフトの方も合わせて今度お礼をさせて下さい」
「お礼なんていいって。兄貴がもうやらんって言ってた時からあいつを引き込むつもりだったし」
通信で進化する訳でも無いのに、二つ持っていても仕方がない。それより、気になるのは―――
「お前らはどうすんの?」
「何をですか?」
「?」
「いや、ソフト」
一つ6万ほど。土木工事などで一週間まるまる働けば買えるが、女の子では無理だろう。貯金でもあるのだろうか?
「いやいや、何言ってるんですか春前先輩。私達テスターですよ?」
「《二つ三日月》とか《ドッペルゲンガー》ってきいたことないですか?」
「え、マジで!?」
《ドッペルゲンガー》といえば、出会えば必ずPKされるというPKKで、《二つ三日月》は戦闘中、剣の軌跡が描く“三日月”が空に浮かぶと言われるトッププレイヤーだ。
「私達は事前調査なしに兄さんにゲームを薦めませんし。それに一度、ダンジョンボスの攻略で御一緒したのですが……気づきませんでしたか?」
「あ、いやごめん」
「しょーがないよ!雑魚狩りで忙しかっただろうし!」
雑魚狩り……あー、あのうじゃうじゃ沸きまくる奴か。放っておくと部屋から溢れるまで増え続けるくせに、ボスは薄いピンク色で薄暗いボス部屋では見分けがつかないというスケルトン系ボス。《二つ三日月》が空中コンボで沈めたって後から聞いたっけ。
「そういえば《妖精達の剣舞会》時代も空中戦得意にしてたな」
「懐かしいですね」
「また《ノルン》けっせーだね!」
俺達が初めて会ったゲームでの彼女達の二つ名。飛べないはずのピクシーで、舞う姿をもう一度見られるのか。
「なんか、今から楽しみになってきた!あー、はやく来週にならないかな?」
「落ち着け。一週間なんてすぐだろ」
「ながいですよ!一週間あれば140時間ゲームできますよ!5日間ですよ!?」
VRは10時間毎に最低2時間の休憩が義務化されている。この国には廃人様が多いのだ。
「あ、すみません春前先輩。急用を思い付きました」
「急用を思い付くってお前……」
嫌われてるんだろうか
「いえ、春前先輩が嫌いって訳ではなく、そういえば兄さんはあれからVRをやってないなーって思いまして……」
「あ!そっか!身体情報の更新!」
「こうしては居られません。姉さん急ぎましょう!」
「うん!それじゃ、せんぱいさようなら!あ、お兄ちゃんびっくりさせたいからテスターってことは黙ってて下さいね」
「それでは失礼します、春前先輩。あ、ドキッとしてらしたのでcaution pointプラス1ですから」
こ、コーション?
戸惑いながらも、手を繋いで走り去る二人を見送る。彼女達は身動きの取れない身体情報の更新中に何をするつもりなのか――すぐに考えるのを止めた。