はじめての召喚
《はじめまして。ぼくはアルベルト。10歳です。ヘルトリンク家のアルベルトといえば、おとな顔負けの天才少年魔術師なんて言われているみたいですが、どうなんでしょう。自分ではよくわかりませんけど。えへへ。
あ、ぼくのような子供がどうして魔術を使えるのか不思議でしょうか。
ええと、ヘルトリンク家は、もともと魔術師で傭兵だった祖父が、前回の魔王軍侵攻を阻止した功績を認められて、貴族の地位をたまわったことはご存じですか?
その祖父が年を取って生まれた息子、つまり僕の父は、溺愛され、甘やかされたせいか、あまり身を入れて魔術や剣術の修行をしなかったそうです。
よくある話ですよね。
使用人たちなんか、かげで父のことをできそこないの二代目なんて言ってるんですよ。まあ、本当のことですけど。ははは。おっと、話がそれましたね。
それで、父はぼくにも魔術をさせる気なんてなかったんですが、幼い頃遊び友達がいなかったぼくに、祖父が軽い気持ちで魔術を教えたら、思いのほか筋がよかったようで、どんどん魔術を習得していって。
ちなみにぼくの弟のカールにはまったく魔術の才能がなくて、本人も魔術より学問をしたいなんて言って、今は王都の寄宿制の学校に行っているんですが。
あ、また話がそれましたね。どこまで話しましたっけ。
そうそう、それで天才少年みたいな噂がひろがると、父もまんざらでもなかったみたいで、本格的に魔法を習わせることにしたんです。
祖父は僕が7歳のときに他界してしまったので、その後は魔術学校に通っています。まあ、魔術学校といっても小さな村の学校なんですが。
それで、そこの先生が言うには、あと数年もすれば飛び級で王都の魔術大学に合格間違いなし、だそうです。本当ですかね。えへへ。
学校で教わるのは、基本的な魔術ばかりでいささか退屈なので、ぼくは祖父の使っていた書斎にある魔術書をこっそり拝借してきて、古い魔法を試しているんです。
そこでこの召喚魔法の本を見つけたというわけです。昔の言葉で書いてあって、ところどころわからなかったけれど、まあ、そこは天才なので。自分で言うなって? うふふ。
それで、この本に人間の霊体だか、精神体だか、とにかくそういったものを召喚する魔法があったので、試してみようかと思いまして。本当は、最初は無害な精霊とか妖精で練習したほうがいいんでしょうけど、なんだか面白そうだったから。
つまり、それで呼び出したのがあなたと言うことなんですが・・・。あのう、伝わってます?》
ぼくは目の前の魔法陣の上に半透明の姿で浮かぶ、奇妙な服をきた異国の中年男を見つめました。ボサボサの髪の毛も瞳も真っ黒で、このあたりでは見かけない顔つきをしています。
男はぼくの思念による語りかけに反応することなく、きょろきょろあたりを見回しています。
語りかける速度が速すぎたのでしょうか?
召喚された場合、異国の人間でも言葉は通じるはずです。なにしろ精霊や妖精とも会話できるのですから。ですが、この男はあまり知能が高くないのかもしれません。
今度は少しゆっくり語りかけてみましょう。
《は・じ・め・ま・し・て。ぼ・く・は・ア・ル・ベ・ル・ト。10・歳・で……》
すると、突然男が口を開きました。
「おい、ここはどこだ。おまえはだれだ?」
「うひいッ」
ぼくとしたことが、驚きのあまりおかしな声を出してしまいました。
召喚された状態で、思念を使わず声を使って話すとは、なんと野蛮な。そういえばなんだか顔つきも下品だし、知性が感じられません。するといままで語りかけていたことはまったく通じていなかったのですね。
これは早めにお引き取りいただいたほうがよさそうです。
「ぼくはアルベルト。ここはヘルトリンク家のぼくの部屋です。今日はお忙しいところどうもありがとうございました。さようなら」
「おい、あからさまに面倒くさそうな対応すんな。きちんと説明しろ」
ぼくは、しぶしぶ先ほど思念で語った話を口頭でくりかえしました。
「つまりあれか、これは異世界転生ってやつか?」
意味不明です。いい年をして、おかしな書物の影響でも受けたのでしょうか。
よくわかりませんが、この男は、ここではないどこか別の世界の住人ということのようです。
「いま説明したとおり、ぼくはあなたを召喚しただけです。いまのあなたは精神体で、その魔法陣の範囲から出ることはできないんです。すぐに元いた場所に帰してさしあげますから」
男が魔法陣の境界線上に手を伸ばすと。バチッと音がして青白い火花が散ります。精神体なので痛みは感じないはずですが、男は呆然として自分の手を見つめています。
「……精神体って言ってたけど、いま、おれの体はどうなっているんだ?」
「元の世界で眠っている状態だと思いますけど」(ちがったらごめんなさい。)
「おれの体を召喚することはできるのか?」
「それは不可能です」(……多分。)
何をいっているのでしょうか。そんな話は聞いたこともありません。
仮にそんなことができたとしても、異世界から生身の人間を召喚などしたら、なにが起きるかわかったものではありません。
この世のことわりに反した存在は、巨大な災厄級の魔力を持つことさえありえるのですから。そんなことは少し考えればわかりそうなものなのに。
「人間どころか虫一匹が異世界から迷い込んでも、世界そのものが破滅するような影響がでるかもしれないのですよ。さあ、気が済みましたか? そろそろお帰りいただきたいのですが」
いささかぶしつけかもしれませんが、このようなやからには、これくらいでちょうどいいでしょう。
ところが、男は予期せぬ反応を示しました。
「いやだ。帰らない。どうせ帰ったって一生フリーターだし、物価は上がる一方。税金も高いし、なにもいいことなんてないんだ」
フリーターとはなんでしょうか? 口ぶりから察するに、奴隷かなにかのようです。自分の世界に帰りたくないなんて、そこは一体どれほど過酷な世界なのでしょう。
ぼくは男に少しだけ同情しましたが、同時に実はとてもあせっていました。
召喚の方法を見つけたぼくは、いても立ってもいられずその場ですぐにこの男を呼び出したので、召喚した相手を帰らせる方法を知らないのです。
とにかくこの男を落ち着かせて、帰らせなくては。
「まあまあ、そんなことを言わずに。ぼくでよければ話をききますよ。そうだ、あなたのお名前は?」
「林 盛太郎ってんだ」
ハヤシ・モリタロッテンダー? なんとも奇妙な名です。しかしここは相手をなだめることが先決。たしか祖父の書斎にあった社交術の入門書に、相手の心を開くには、あだ名で呼びかけることが効果的、と書いてありましたね。
「すてきなお名前ですね。モリリンとお呼びしてもかまいませんか?」
「ダメに決まってるだろ。丁寧になれなれしいな、おまえ」
あら、失敗。少しご立腹のようです。話題を変えなくては。
「ところで、あなたの世界にはどんな魔王がいるのですか?」
「唐突だな。そんなものいないよ」
これだ! 魔王の恐ろしさを強調して、モリリンが帰りたくなるように仕向けましょう。魔王には悪いけれど、ここはひとつ悪役になってもらいましょう。
まあ、悪役もなにも、普通に悪者ですけど。
「それはうらやましい。こちらの世界では、つい先日も魔王軍が攻めてきて大変な被害が出たのですよ。家も田畑も焼き尽くされ、人々は生きたままむさぼり食われたのです。ボリボリと」
「ボリボリと?」
「そう、ボリボリーッと! 恐ろしいでしょう? またいつ奴らが来るかわかりませんから、帰ったほうがよいのでは?」
実際には彼らに人間を食べる習慣はないですし、前回の魔王軍の大侵攻は祖父の若い頃の話です。そして、その後は散発的な小競り合い程度で、もう数十年も比較的平和な時代が続いています。
ですが、これくらいの誇張は許されるでしょう。魔王だし。
「待てよ、さっきのお前の話だと、魔王軍と戦って功績をあげたら貴族になれるんだろ? じゃあ魔王を倒したら、もっとすごい地位や財産が手に入るってことだよな。就職氷河期世代のおれに、向こうの世界でこんなチャンスがめぐってくることは一生ないからな。そうさ、おれは魔王を倒すぜ!」
氷河期? ぼくはなにを聞かされているのでしょう。
よくわかりませんが、モリリンのなかで、勝手になにかが始まろうとしているようです。なんとしてでも阻止しなくては。
「魔王を倒すといっても、あなたはただの精神体ですし、どうやって倒すつもりですか?」
普通の思考回路なら無理だとわかるでしょう。ところが、薄々感じていましたが、どうやらモリリンは普通ではないようです。
「精神体ってことは、だれかに憑依したりできるんじゃないか?」モリリンは不穏な笑みを浮かべました。「たとえば、天才少年魔術師とかによ」
モリリンはそう言って、ぼくを物色するように眺めています。ぼくはぞっとしましたが、平静をよそおって言いました。
「そ、そんなことは無理ですよ」――自信はありませんが。「だいたい、あなたはその魔法陣の範囲内から出られないのですから」――そうでありますように。
するとモリリンは驚くべき行動に出ました。
突然叫びながら、あたりかまわず体当たりを始めたのです。こ、怖い。
魔法陣との境界にぶつかるたびに青白い火花が散ります。怖すぎです。
「や、やめてください。ぼくはあなたを強制的に帰らせることもできるのですよ」
「うそだね。そんなことができるなら、とっくにそうしているはずだ」
うーむ、頭は悪そうなのに意外と鋭い。動物的な直感でしょうか。
「そ、それにですね。仮に僕の体を乗っ取ったとしても、魔王に魔術は効かないのですよ」
「それもうそだ。さっきおまえの魔術師のじいさんが魔王軍を撃退したとかいってただろ?」
「いや、人の話聞いてます? 祖父は魔術師で傭兵だったと言ったのですよ。魔術の腕はたいしたことなかったみたいですが、剣で魔将のひとりに深手を負わせたとか」
「だましやがったな」
ひどい言いがかりです。
ただ、自分で言うのもなんですが、ひょろっとした貧弱なぼくを見て、モリリンも憑依するべきが躊躇したようです。でもそれも一瞬で、すぐに気を取り直して体当たりを再開します。
そのポジティブさを自分の世界で生かせなかったのでしょうか。
「……まあ、傭兵の孫なら剣の修行をすればなんとかなるだろ。さあ、四の五の言わずさっさとおまえの体をよこしな」
そして突然猫なで声で言いました。「心配しなくていいんだよ、やさしくしてあげるから」
なんだかいろんな意味で怖いです。
ふと見ると、魔法陣との境界が少しずつほころび始めているではないですか。なんという執念。ここまでして異世界にとどまりたいものでしょうか。
モリリンの体当たりが勢いを増していきます。
このままでは本当に危険です。ぼくは社交術の入門書に書いてあった、『友好関係を構築することが難しい相手には』の章を思い出し、実行することにしました。
すなわち――殺られる前に殺れ!
といってもぼくは精神体に有効な魔術を知りません。となれば、少し乱暴ですが召喚そのものを強制的に終わらせるしかありません。
「消え去れ! モリリン」
「変なあだ名で呼ぶなって言ってんだろ‼」
ぼくは手から炎を出し、モリリンを呼び出すのに使った召喚魔法の本を燃やしました。
あたりがまばゆい光につつまれ、モリリンの悲鳴が響き渡ります。光が消えるとモリリンの悲鳴も聞こえなくなりました。モリリンの姿もありません。恐るおそる呼びかけてみます。
「モリリン?」
返事はありません。魔力で気配をさぐってみても、モリリンの気配は感知できません。
どうやら一件落着です。祖父の貴重な魔術書を灰にしてしまったのは悔やまれますが、戦いに犠牲はつきものです。
さて、夜も遅いし、そろそろ寝ることにしましょう。
なんだかとても疲れました。
さようならモリリン。二度と会うことはないでしょうけれど……。(完)




