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「え? 馴れ初めを教えて欲しい?」
昼休み。私はそこら辺を歩いていたレインを捕まえ、話を聞くことにした。
「うん。レインのは勿論、その周りの人達のも」
「いいぜ、言える範囲で良いならだけどな」
流石攻略対象兼お助けキャラである。頼りになる。
「俺がダニアと出会ったのは、10歳の時だ___」
***
俺は貴族が嫌いだ。
こちらが平民だとすぐに見下してくる。昔から貴族のそういう姿を見てきた。
俺の親父は街の郊外でパン屋を経営している。勿論家は借家だし、裕福な暮らしではなかった。しかし、毎日必死に生活していたのを知っていた。そんな親父に対して、辺境伯は必要以上の取り立てを行い、常に平民を馬鹿にした態度をとり続けた。俺はそんな貴族が許せなかった。
そんなとき、彼女___ダニエラ・エヴァンズに出会った。
「あら、そのパン美味しそうね」
ふいに聞こえた声に視線が奪われる。
恐らく同年代くらいの女の子だろう。紫色がかった長髪に、どこか冷たさを感じさせるような顔___一目ぼれだった。
「あ、これは配達中のパンで、す」
しまった、緊張のあまり噛んでしまった。
よくよく見れば、その女の子の身なりは貴族のものである。
「そうなの? じゃあ後で買いに行こうかしら」
そう言って女の子はいたずらに笑う。
「いえ、そんな、貴族の方に食べさせるようなパンでは」
「…あなた自分のお店のパンに自信がないの?」
「い、いやそういうわけでは」
「じゃあ、いいじゃない。そんなに美味しそうなパン、食べない方が勿体ないわ」
まるで女の子は当たり前かのようにそう言った。貴族のはずなのに。
じゃあまたね、とその子はそのまま去って行った。
俺はそのまましばらく動くことができなかった。
数日後。
「本当に来た…」
「行くって言ったじゃない」
まさか本当に来るとは思ってもみなかった。その場しのぎで言われたお世辞とさえ思っていたほどだ。
女の子の後方に目を向けると、どうやら護衛付きのようだった。貴族社会の事はあまりよく知らないが、護衛が付いてくるということは割と高い身分の人なのだろう。
その女の子は、なんと買うや否やその場で食べ始めた。護衛もしどろもどろである。
「まあ美味しい!」
「…それはよかった」
貴族が、平民が作ったパンを、ましてやその場で食べるなんて。俺が知っている貴族じゃ絶対にありえないことだ。
「このパン、今まで食べた中で一番美味しい! あなたのお父様もきっと毎日パンを作って上達なさったのでしょう。積み重ねの味がするもの」
___この女の子は、どうして。俺が一番言ってほしかった言葉を、理解してほしかったことをこうも簡単に言えてしまうのか。
貴族だから、なんだ。「貴族」という言葉でひとまとめにして、拒絶して、理解しようとしなかったのは俺自身じゃないのか。
少なくとも、この女の子は違うのだ。
親父の頑張りを決して馬鹿にはしなかった。
「あのさ、名前…教えてくれないか」
「私の名前は___」
こうして俺とダニアは知り合った。
その日からも何回かダニアがパン屋に来るようになり、時にはダニアの家で遊んだりもした。正直、貴族の家は行ったことがなかったのでかなり緊張したが。その度にダニアは楽しそうにからかってきた。からかわれ、怒ったり恥ずかしがったりしたが、いつの間にか緊張はほぐれていた。実をいうとそんな他愛もないやりとりも楽しくてたまらなかったのだ。
***
「ちょっと待って」
「なんだ?」
不思議そうにレインは首をかしげる。
「そういう赤裸々な部分はちょっと隠してほしい、好きなのは分かったから」
顔を赤くして話すレインを見ている側はたまったもんではない。顔を赤くするぐらいなら最初から言うな。
「ばっ…好きとかそんな、そ、そんなんじゃねえし! わーったよ、状況説明だけにすればいいんだろ」
話が早くて大変助かる。
ちなみに、今のレインの話はゲームの主人公の出会いエピソードとほぼ同じである。違っている点は年齢と、少しずつセリフにアレンジが加わっていることだ。加えて、主人公の時は一目ぼれしていなかったのでそこも少し違う。
あと、レインがちょろいのも分かった。私ならそんなことを言われたら、お前に何が分かるんだよと思ってしまうだろう。まあ、好みの女から言われたら恋に落ちるのも分からなくはないが。
***
出会ってしばらくしたときのことだ。
「あのね、今日は私のお友達を紹介したいの。みんなにも仲良くなってほしいなって」
目の前には3人の同年代くらいの男がいた。それぞれに戸惑いが見えた。
「じゃあ、みんな知ってると思うけど私から自己紹介するね。私の名前は、ダニエラ・エヴァンズよ。よろしくね」
にこにこと話すダニア。次は自分が、と金髪の男の子が前に出る。
「僕の名前はクラウス・マンフォードだ。この名の通り、一応第二王子だが、それとは関係なく仲良くしてくれると嬉しい」
王子と聞いて、各々の顔が強張る。そんな中でも依然としてダニアはにこにことしていた。
まさか平民の自分が王族と知り合うことになろうとは。緊張して立ち振る舞いを意識してしまう。
次に申し訳なさそうに前に出てきたのは青色の髪をした男の子だった。どうやら彼も緊張しているようだった。
「ぼ、僕の名前は、ノア・ウォードです。よ、ろしくお願いします」
「ああ、お父さんにはお世話になっているよ。君の話も聞いている」
「ほ、ほんとですか。あり、ありがとうございます」
嬉しそうに頬を赤らめるノア。
待て。王族と関りがあるということは彼もそれなりの貴族に違いない。一体、ダニアの知り合いはどうなっているんだ。
続いて緑色の髪をした男の子が元気よく話し始める。
「俺の名前はブレイズ・ラードナーだ!手合わせ願うぞ!」
元気が良いとかもうそういう話ではない。彼は戦闘民族ではないのか。
「もう、違うでしょ! よろしく、だよ!」
ダニアが訂正を促すが、ブレイズは気にも留めない様子だった。
「ラードナー副団長のご子息だね。君のお父さんにもよくお世話になっているよ、よろしく」
なんと、俺以外の全員が貴族である。最後に俺、というのはあまりにハードルが高すぎるだろう。
ダニアに助けを求める視線を送るが、ダニアはにこにことするだけだった。
俺は覚悟を決めて話し始めた。
「…お、俺は、レイン・オルセン。みんなと違って…平民だ。親父は王族と知り合いでもないし、みんなみたいに裕福なわけでもない。場違いなことは分かっている」
視線が怖くて、つい下を向いてしまう。値踏みするように見られているのではないか。平民だとわかって馬鹿にされているのではないか。
言葉に詰まってしまい、その場に沈黙が流れた。
しかし___
「レインのお家はパン屋さんでね、パンがとっても美味しいの!」
ダニアの明るい声が沈黙を破った。
「____パンって作れるのか?!」
素っ頓狂な声が聞こえる。
予想外の言葉に驚いて顔をあげると、ブレイズが興味津々にこちらを見ていた。
「つ、作れるけど…」
「あれって人が作ってたんだな! 木からなるんだと思ってたぜ!」
笑い飛ばすブレイズ。
誰も、俺の事を馬鹿にしている様子はなかった。それどころか平民であることは気にも留めていないようだ。むしろ気にしていたのは、俺だけだった。
そのとき、俺はまた貴族との壁を無意識のうちに作り上げていたのだと気づいた。
ダニアはこれを知っていたのだ。俺が勝手に劣等感を感じていることも、みんながそれを受け入れるということも。
ああ、彼女は本当に___
「これからよろしく、レイン」
クラウスが手を差し出す。俺は勿論。
「おう、よろしくな!」
満面の笑みで手を握り返すのだった。
***
「と、まあこれが俺とダニアの出会いっつーか、俺たちの出会いだな」
「大体分かった、ありがとう」
本当に大体分かった。私が転生した時期と同じくらい、もしくはそれより前にダニエラは転生していた。その上10歳のときからダニエラは攻略し始めていた。しかも同時進行で。
レインの様子を見る限り、他の攻略対象にも主人公の出会いエピソードと同じような感じで接触したのだろう。つまり攻略済みである。
しかもここで注目してほしいのは、全員を幼馴染という枠に入れることで一気に全員との仲を深めることができるという点だ。ダニエラ…なんて恐ろしい女…。
「まあ、ダニアと仲良くなりたいなら俺たちと先に仲良くなっておいた方がいいかもな。ノアやウォードなんかは特に、敵対視されると厄介だぞ」
絶対に逆なんだよな、順序が。あれ、もしかしてダニエラを攻略するゲームになってないか? これ。
「まあ、頑張れよ。俺もダニアの女の子の友達が増えたら嬉しいし」
そう言い残してレインは立ち上がって去って行ったのだった。




