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「抵抗なさらないのですか?」


 私の首元目掛けて振り上げられたナイフは静止しているようだった。あと1cmでも近づけば当たっていただろう。

「私が偽物だったとして、今殺してもメリットがないでしょ。本物の居場所も分からないわけだし。貴方には私を殺す意味がないもの」

 まあ私が本物ですけど。早く怖いのでこのナイフしまってほしいです。

「…はあ」

 どこか呆れたようにリンディはナイフをしまった。助かった。

「アンジェリーナ様は本当に変わられましたね。面白いです」

 リンディは楽しそうな顔だったのも束の間、すぐにいつもの仏頂面に戻ってしまった。

「普通のご令嬢なら、首元にナイフを突き立てられたらもっと動揺するものですよ」

「え、そうなんだ」

「あと私の処分は好きにしていただいて構いません。辺境伯への殺人未遂ですから、大きな罪になるでしょうね」

 翠色の瞳を伏せがちに早口でそう付け加える。早く突き出してくれ、と言わんばかりに。

 まるで取るに足らないことかのようにリンディは言うが、私にとっては取るに足る。足りすぎる。殺人未遂やら罪やらそんな大事にするつもりはないのだ。

「いや、別に処分もしないし訴えもしないよ。リンディは私が偽物だったら、ってこの家を心配してやってくれたことだし。これからもよろしくね」

「っ…!私は私情で…!」

 リンディが何を思っていたのかはよくわからないが、私は面倒ごとは避けたいのだ。というか変に今リンディを手放したら、物語のシナリオがどうなるかわからない。どうするんだ、バットエンドしかなくなったら。

「…本当に変なお方だ。まあ、その甘いお考えは変わっていないようですが」

 ちくちく言葉がうるさいな。

「そのご厚意、ありがたくお受けいたします」

 こうして転生1日目は盛大に幕を閉じたのであった。


 ***


 転生してから1年が経った。

 私はあれから剣術と魔術の指導者をそれぞれつけてもらい、日々鍛錬に励んでいた。


「アンジェリーナ様、本日もお元気そうで何よりです」

「ウォード様。ご機嫌麗しゅう」


 ウォード伯爵は、私に魔術を教えてくれている講師兼王国直属の魔術師である。実際に、王国直属の魔術師なだけあってウォード伯爵が使う魔法は攻撃力・俊敏性・創造性に長けている。

「それでは、今日はこの間の応用をしてみましょうか」

「魔法を両手で発生させるアレですね」

「ええ。これは大人でもできない方が多いので、できなくても落ち込むことはありませんよ」

 この世界において、魔法というのはどうやら片手で1つずつ行うのが基本らしい。2つ同時に両手で魔法を行うことができる人は数少ないそうだ。基本の魔法を大方使えるようになった私を見兼ねて、ウォード伯爵がプラスアルファとして課題に設定してくれたものである。

「うわー…本当ですか」

 私の両手には火の玉が2つ。成功だ。

 ウォード伯爵は若干引いていた。まさかこの課題をクリアできるとは思わなかったのだろう。しかし、まだまだこんなものではない。

「見ててくださいウォード様」

 そう言って、片方の火の玉を水の玉に変えて見せた。

「ええ…」

 ドン引きである。これまで優しく微笑んでいてくれたウォード伯爵であったが、その顔にもう優しさは残っていなかった。あるのは驚きと呆れだけだ。

「さてはアンジェリーナ様、隠れて1人で練習なさいましたね?」

「あ…はは…」

 ばれている。練習すればするほど上達するのでつい楽しくなってしまい、今日の明け方まで試行錯誤してしまった。

「全く…本当に成長が速いんですから…」

 ウォード伯爵が頭を抱えるのも無理はない。事実、私は本来、学園で学ぶ範囲の魔術まで全て学び終えていた。現世でいうところの小学6年生が中学校3年生の勉強をすべて終えているのと同じである。

「気を抜くと私もすぐに追い抜かされそうですね…」

「いえ、この身体の大きさだと扱える魔力が限られるので、もう少し成長してからかと」

「そうですね…」

 どうやら返答を間違ったらしい。ウォード伯爵はさらに頭を抱えてしまった。


 同日。剣術の稽古の時間である。


「アンジェリーナ様、どうかなされましたか?いつもよりご機嫌がよろしいようですが」

「ラードナー副団長、ご機嫌麗しゅう。先刻、魔法の特訓の成果が出たものですから」


 ラードナー副団長は、団長と名がつくとおり王国直属の騎士団の一員である。彼もまた、王国直属なだけあって剣術が素晴らしい。さては、私はすごい人たちから教えてもらってるのではないだろうか。

「特訓ですか…貴方らしいです。さて、剣術の方は如何ほどでしょうか…ね!」

 予告もなしにラードナー副団長が斬りかかってくる。この手法も慣れたもので、最近は予告されることの方が少ない。一歩間違えば殺人未遂である。勿論私も最初の方は戸惑って身動きも取れずに剣を突き付けられることの方が多かったが、今では動きを目で捉え、いなすことまでできるようになった。

 剣先が鼻先をかすめる。副団長の刃先からは、殺気が感じられるようだった。

 辺りに激しい剣劇の音が響き渡る。緊張感が高まる中、副団長の視線が一瞬逸れた。

 今だ____!

 私は好機とばかりに副団長の首目掛け斬りかかる。

 しかし気づいたときには、副団長の剣が目の前にあった。チェックメイトだ。

「油断しましたね」

「…参りました」

「さてはアンジェリーナ様、剣術も特訓しているでしょう」

「うっ…」

 ばれている。剣術においても練習すればするほど技術が向上するので、リンディ相手に鍛錬していた。彼女は強いうえに容赦がなさすぎるので、練習相手として重宝している。

「全く…誰に教わったんだか…」

 強くなり喜ばせようと思ったのに、副団長にも頭を抱えてさせてしまった。大人を喜ばせるって難しい。



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