第2話 ワガハイを自由を愛する気高き猫なのニャン!
「使い魔? そんなの、ごめんなのニャン!」
この世界では、魔獣がいる。ドラゴンやらなんやら、魔力を持つ人間以外の生き物が魔獣。もちろん、ワガハイも魔獣の一人。
使い魔の契約とは、魔獣の力を貸す代わりに、人間に養ってもらうというもの。
だけど、ワガハイは自由を愛する気高き猫。
誰かの飼い猫になるなんてごめんなのニャン。
たとえ、こんなかわいらしい美少女の飼い猫だったとしても……
「お願い! あなたしか、いないの!」
うるうるとしたアリスの大きな瞳がワガハイを見つめている。
髪もつやつや、肌もモチモチとしているし、何なら甘いいい香りが鼻の奥をつき——
ワガハイ…… こういうのに弱いのニャン……
アリス…… 可愛すぎるのニャン。
いかん、いかん。
冷静になれ、ワガハイは気高き猫なのニャン!
「いやいやいや。お願いされても困るのニャン! ワガハイ、自由を愛する猫なのニャン! 誰かの使い魔なんて! とにかく、契約をする気はないのニャン!」
「じゃ、じゃあ! 私の使い魔になってくれたら、三食ご飯と、部屋でごろごろしてくれていいから!」
三食ご飯。
ごろごろ確約。
ワガハイはグラグラと揺れる内心を必死に隠しながら、真顔を作った。ここで食いついたら猫の名折れ。自由と誇り高き猫の尊厳にかかわるニャン。
「ふん…… ニャめるニャよ。ワガハイはそんなエサに――」
「毎晩お腹も撫でてあげるし、毛もといであげる。ベッドも、ふかふかのを用意するから!」
「……ニャんていい娘なんだ」
あ、ダメだこれ。心が折れたニャン。
いや、決して提案が魅力的だからじゃないのニャン。
アリスがけなげにワガハイに頼むものだから、仕方なくなのニャン!
「……事情くらいは聞いてあげるのニャン?」
言うと、アリスは、寂しげな表情で
「私、まだ使い魔がいないの……」
「それが何の問題なのニャン?」
「あなたはわからないかもしれないけれど、私たち人間の世界では、16歳になったらみんな、『使い魔』と契約するの。でも、私は誰も契約してくれなくて」
「なんでなのニャン?」
見たところ、アリスは普通の——いや、というかワガハイから見ても、容姿で言えば人間の中でも恵まれている方だろうし、ふるまいや服装から見るに、育ちだって悪くはなさそう。性格だって今のところは別に引っかかることはない。
だから、普通に考えれば、契約できないようには思えない。
すると、アリスはうつむき加減に、
「誰も私の話を聞いてくれないの。私の魔力が身体に障る、とかで…… 私の魔力が魔獣にとっては毒らしくて…… で、ドラゴンなら耐えられるかも、って思ったけれど、結局耐え切れなくてさっきのあり様」
……おいおい。魔力暴走の結果って。冗談じゃないニャン。
ワガハイ、あんな風にはなりたくないのニャン!
「毒……!? そんな物騒ニャ……!」
ワガハイの言葉を遮るようにアリスが言う。
「このまま使い魔がいないと、私、学園を退学になっちゃう。そうなったら、お父さまもお母さまも悲しむ…… 私も家から追い出されてしまう。だから、なんとかして使い魔と契約しなきゃいけないの!
そんな中、あなたと出会った。きっとあなたと私、出会うのは運命だったのよ!」
「ワガハイ…… 暴走したくはないのニャン……」
「でも、あなたは耐えれている! あなたならきっと! いや、あなたしかいないの!」
必死にワガハイを見つめていたアリス。
ここまで言われてしまって、断るのは猫の名折れ。
仕方ない。
決して、三食、ゴロゴロ、ふかふかベッドにつられたわけじゃないのニャン!
「……仕方ないのニャン。そっちがそこまで言うなら、契約してやってもいいのニャン。でも契約するだけなのニャン! ワガハイは誰の指図も受けないのニャン!」
「ほんと!? やったぁ!」
ぱあっと顔を輝かせて抱きついてくるアリス。むぎゅっと猫のワガハイがつぶれた。
「おい、ちょ、重いのニャン! それに胸が!」
アリスの柔らかな感触が伝わってくる。
そのまま、アリスはワガハイを持ち上げ、
「で、あなたの名前は? なんていうの?」
名前……
人間の頃の名前は憶えていないし……
この世界に来てからの名前はない。
「ワガハイに名前はまだないのニャン!」
言うと、アリスは、ワガハイの顔をじーっと見つめ、
「じゃあ、あなた。今日からルクスね!」
「ルクス? 変な名前なのニャン ……でもまあ、ギリ許すニャン」
「よろしくね、ルクス!」
こうしてワガハイ——ルクスは、少女アリスと仕方なく使い魔契約を交わすことになった。




