7 占い師
数時間前、私は推しに会うために、意気揚々と迎賓館に続く街路を歩いていた。
その道を背中を半分に折り曲げながらトボトボと折り返している。
つらい。
頭の中をその言葉がぐるぐる巡る。
何がいけなかったんだろう。まずはスマホ、そして立ち上がって謝って、笑われてそれから……。
(全てが間違いだった気がしてきた)
もう歩く気力も失せて立ち尽くす。
推しにわざわざ会いにいった、下世話なミーハー気分の私。多分それが全ての起点だ。
もしかしたら、バチがあたったのかも。もっと真面目に生きなさい、って。推し活なんてやめて、ちゃんと職を探しなさいって。
失業手当をもらいながら、なんて甘かったのかな。
でも、こんな気持ちのまま、就職活動なんて出来ないよ……。
「どうしたのじゃ。あんた、死相がでておるぞ」
突然誰かに声をかけられる。はっと目をやると、街路の隅に卓をかまえた占い師が、水晶玉に手をかざしながら私を見ていた。
白髪の小柄な老人である。
日焼けした顔に刻まれた笑い皺が、不穏なセリフとは裏腹に柔らかい。
「死相? 私、死ぬの!?」
「あ、失敬。死にかけの金魚みたいな顔、と言いたかったのじゃ。死にはせんわい」
「良かった……」
死にかけの金魚は気になるが、まあ、それくらい切羽詰まって見えるという事だろう。
「悩み事がありそうじゃの」
占い師さんは神妙な顔でそう言った。
「はい」
私は頷く。素直なのが私の長所だ。実際干上がりそうなほど悩んでいるのに、ここで我慢する必要もない。
「ちょうど暇での。あんたの未来を見てしんぜよう。無料でな」
私の……未来。
「潰れたりなんてしてないですよね……」
私は半泣きでそう言いながら、そそくさと椅子に腰掛けすがるように占い師の顔を見た。
「それはわからん」
「そんなっ」
嘘でもいいから、大丈夫と言ってほしかった。
それからおよそ20分ほど。
私はこの一ヶ月のあらましを語った。
「ほう。たった今、会社説明会を追い出された、とな。その前にピアノ教室も追い出され、一ヶ月に2度も追放を味わった、と言うことじゃな」
「はい」
「しかも、衆人環視の中、馬鹿と連呼され、あまつさえ無駄のテンプレートと名付けられた。そこで、自信をすっかり失っておる、と」
「おっしゃる通りです」
無駄の多い私の独語を見事に要約されて私は心から感心する。
「しかしとんでもない社長じゃの。なんていう会社かな?」
「それは伏せます……万が一、足を引っ張りたくはありませんので」
「わしならやられたら倍返しにしてやりたいものじゃが」
「そんな気力ありません……」
私は必死に訴えた。
「知りたいのはこの先の未来です。こんな私にも明るい未来が、来るでしょうか」
「まあ、確かに立て続けの不運じゃからの。切実になるわいな。とりあえず水晶に聞いてみるわな」
占い師は、真剣な表情で大きな玉を覗き込む。そして、
「ん?」
眉根に大きな皺を寄せる。
「ど、どうしたんですか? やっぱり死相が」
「いや、そうではなく」
占い師は不思議そうに私を見る。
「あんたの未来は見えんかった。これはな、わしとあんたが近しい存在の場合に起きる現象じゃ。不思議なものよの」
何度も首を振りながら、占い師は水晶玉を覗き込む。
「ああ、無理じゃ。なんも見えん」
匙を投げたようにそう言うと、視線を私に向け語り始める。
「ちょっと気になる事があっての。その社長の顔を、ここに書いてくれんかな」
占い師さんはペンとノートを差し出した。
言われるがままに、かつての推しをサラサラと描く。
「これは……イカ型宇宙人……?」
「すみません。絵心なくて……」
「いや、まあ、でも、まあ、なんとなくわかった」
占い師さんは笑った。
「あんたをどん底に突き落としたこのイカ型社長じゃがな」
「うわっ。その言い方やめてください!」
かつての推しにとんでもないキャッチフレーズをつけられて私は慌てた。
「しかしイカにそっくりじゃけど」
「せめて魔王にしてください。本物は……すごく美しいんです」
私はもじもじしながらそう呟く。
と、占い師さんの動きが止まった。
顔を硬直させたまま不自然なほど動かない。
「占い師さん?」
名前を呼ぶと同時にゴッという鈍い音がして、占い師さんが机に突っ伏した。
(えっ?)
占い師さんの紙のように白い顔が目に入った。
「占い師さん!! しっかり!」
焦りながらも小柄な体を起こす。
占い師さんは荒い息を吐いていた。