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5/8

5 忘れられない、あの日。

「この間までカルチャースクールでピアノ講師をしてました……諸事情ありまして退職し、現在ニート歴約一ヶ月です」


 即席プロフィールは、不器用で口下手な私にはそこそこ上出来なものだった。

 いらないことは省き端的に状況を伝えられている。

 推しの前で死ぬほど緊張している事を考えたら上出来では?

 よし。

 時間の搾取を最小限に食い止めた!

 なんて自画自賛していたのもつかの間だった。


「ピアノか!」

 

 彼の目が、微かに光を帯びる。


(ちょっと待って。まだ会話を広げるの?)

  

 私は愕然とするが、彼には全く伝わっていないらしく。

 

「幼い頃、1週間だけピアノ教室に通ったことがある。右手と左手がバラバラで意味がわからない。俺にとって唯一の挫折だ。あれを極めるとは、君は真面目で根気強いんだな」


 まるで世間話のようにそう続ける。


「いえいえいえいえいえ、とんでもございません!」


 いきなり意味もなく持ち上げられ、私は何の罠なのかと震えあがる。やらかしの後なので余計に不安だ。


「ただ好きだから続いただけです。音大も出ていないのに、学生時代のバイトからそのまんま……就職活動もしていない甘ちゃんです」

 

 過度な自分下げには理由がある。烏丸さんだけではない。会場に来ている3000人ほどの時間を私なんぞのために消費させるのが忍びないのだ。

 頭にあるのは「私のことはほっといてください」。それだけだ。だってほら、時間は命なわけだから。

 しかし気遣いはカリスマに伝わらない。  


「バイトの拾い上げか」


 また無駄に興味津々な口調である。本気でやめてほしい。

 そして何気なく、こう呟いたのだ。


「音大を出てないのに採用されるとは。珍しいな」

 

 あ……。

 つきん、と心臓に痛みが走る。

 

 音大をでてない講師は邪魔だ、と同僚に責め立てられ、店長には止められたが退職を決めた。 そのトラウマが蘇ってしまった。


 どんより気分になってしまった私に、烏丸さんはさらに踏み込んできた。


「もしうちに来たら、どんな変革を起こす? プレゼンしてみろ」

 

 私は恨めしげな目で烏丸さんを見てしまう。

 そんなシミュレーションしても仕方ない……。

 だって私は……。

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