2 運命の展開
「就活と採用を狩りに例えるとは。面白いな」
どもりながら説明を終えヘトヘトな私に烏丸さんは言った。
面白い?
まさかここで褒め言葉が出るなんて。
これは何かの罠だろうかと、不安が込み上げてくる。
「ありがとうございます。では」
座ろうとしたが、烏丸さんは許さない。
「しかし君はサバンナへ白いワンピースでやってきたのか。その意味は?」
ううう、突っ込まないでほしかった。
「私はその……ツアー客なので……」
「観光客の視点か。なるほどな」
感心してみせる烏丸さん。
これは、明らかに褒め殺しだ。電源を切り忘れた愚かな私に、制裁が下されている。
でも、もう十分だろう。
「ではでは失礼しました」
今度こそ私は話を切り上げ、座ろうとした。
ところが、烏丸さんはさらなる質問を繰り出してきた。
「君、名前は?」
「えっ!!!?」
想像した以上に、烏丸さんは怒っているのかもしれない。
衆人環視の中、個人情報を晒さねばならないなんて。
「なぜ……」
「知りたいからだ」
そういうのではなく、もっと納得の理由が聞きたかったのですが……。
「倉田ひかりです……」
蚊の鳴くような声でそう答える。悔しいけれど、仕方ない。
私で良かったと思うしかない。隣の彼女、烏丸商事の本命さんは、こんなネチネチした攻撃には耐えられないだろう。
「経歴を教えろ。ざっとでいい」
そこまでやりますか!?
ムッとしたけれど言い返す勇気もない臆病な私は時間の搾取を最小限に留めようと、出来る限り整理された返事をした。
「この間まで音楽教室でピアノ講師をしてました……諸事情ありまして退職し、現在ニート歴約一ヶ月です」
即席にしてはうまい要約だったと思う。
しかし自画自賛もつかの間、
「ピアノか!」
食いつき気味な彼に、絶望を覚える。
「子どもの頃に習わされたが4日で挫折した。俺が唯一攻略できなかったものだ。右手と左手が違う動きをするなんて、あり得ない。あんな複雑な楽器を弾きこなせるとは。凄いな」
ああ、無駄にいい声で褒めないで。
意地悪とわかっていても、ときめいてしまう!
「いえいえいえいえいえ、とんでもございません!」
私はパタパタと片手を顔の前で振った。
「ただ好きだから続けただけです。音大も出ていないのに、学生時代のバイトからそのまんま……就職活動もしていない甘ちゃんです」
過度な自分下げには理由がある。烏丸さんだけではない。会場に来ている3000人ほどの時間を私なんぞのために消費させるのが忍びないのだ。
頭にあるのは「私のことはほっといてください」。それだけだ。
だってほら、時間は命なわけだから。
しかし気遣いを何故か時短の鬼はスルーする。
「バイトからの拾い上げね。よほど信頼されていたんだろう」
感心したように呟くと、真剣な目で私を見る。
信頼……。
「されていたような、されていないような?」
首をかしげる私。そしてハッとした。
私ったら、こんな込み入った話を……あああ、もうバカ。
もんもんとしている私に烏丸さんは畳み掛ける。
「もしうちに来たら、どんな変革を起こす? プレゼンしてみろ」
(プレゼンって……)
次第に涙目になってくる。
そんなシミュレーションしても仕方ない……。
だって私は……。
これ以上、引っ張れない。
「何も起こせません!」
キッパリと言い切った。
「ん?」
烏丸さんが不思議そうな表情を浮かべる。
前職では、ピアノ講師という間違った道を選び失敗した。今度こそ、身の丈にあった正しい就職を決めるのだ。私は両手を強く握りしめ、足を踏ん張る。
「私が御社に就職することは100%ありませんから、何の変革も起こせません!」
しーん、と。
再び、その場が静まり返る。先ほどのどよめきとも違う、凍り付いたような静寂。
「100%、ねえ。絶対など、この世にはないと思うが」
しまった。流石に今のは失礼だった。
「すみません、あの」
「で、レアカードを捨てる理由は? 君なら、何か考えがあるんだろう」
何だか、妙な部分で買いかぶられている。
「私には何の取り柄もありませんし、御社に相応しい人材ではありませんから」
私は正直にそう答えた。
「なるほど」
ん?
烏丸さんが、意味不明な笑顔を浮かべたので、私は思わず首をかしげる。
「残念ながら、資格のあるなしは俺が決める。君じゃなくてね。さっきから、空気を読まずに自分の言葉で喋る姿勢が評価できる。というわけで、採用だ」
「承知しました。ですよね、えっ!???」
不採用、じゃなくて、採用???
どういうこと????
頑張ってもない私が採用???
就職しないって言ったのに????
さっきまで、どこか緩んでいた会場の空気が再びぴりりとなった気がする。
そんな事など気にしてない、という風情で、烏丸さんは声を張った。
「一人目だ。よろしく」
そしてすぐに、前へと戻っていく。
「あ、あの」
私は慌てて隣を見て、彼女が唇を噛み締めながら、私を睨んでいるのに気がついた。
(手を挙げてたのに、烏丸さん、忘れてる)
でも、私が今それを言うのは違う気がして、ただオロオロしていると、
「ずるい」
彼女はそう言って、プイと顔を背ける。
『あの子ばかり、ずるいのよ!』
過去を思い出し心拍数があがる。目の前が一気に暗くなった。
呆然としている私に、眼鏡の男性が通路から私に声をかけてきた。
「倉田さん、移動しましょう」
「えっ」
「手続きがありますから」
「手続き……」
どちらにしても、ここから出られるのはありがたい。
私はよろよろと立ち上がった。
「烏丸は強引で驚いたでしょう。あ、私はこういうものです」
男性が差し出した名刺には烏丸商事人事部長「水上正」と書かれていた。
「人事部の……」
「改めて、ご採用おめでとうございます」
水上さんは軽く頭を下げる。
「空耳じゃなかった……!」
絶句する私。
「突発的に何を言い出すんだと呆れましたが、あなたは感じもいいし、今すぐに働けそうだし願ってもない人材かもしれません。お互いにラッキーでしたね」
水上さんはにっこりと微笑みかけてくる。
どうやら本当に、私は採用されたらしい。
(ラッキーだなんて……)
TPOに合わない格好でやってきてスマホの電源を切り忘れ、100%就職しないと言い切った。
これで採用なんて絶対におかしい。
「すみません。私、帰ります」
自分の声が遠くに聞こえる。
驚き顔の水上さんにこう続けた。
「さっきも言った通り、私は御社にふさわしくありませんから……」
そう。これは間違っている。
私はペコリと頭を下げ足早にその場を去った。




