3 神様のくれた、最悪な偶然。
烏丸さん(推し)は座席フロアの階段をゆっくりとのぼっていた。何人かの就活生に声をかけている。このまま進めば私の真横に到達してしまう、なんて、その時も私はまだ他人事だった。
「君はうちが第一志望?」
「え、は、はい」
「少し間が空いたな。嘘はだめだ」
「あ、す、すいません……」
「俺は瞬発力を見ているんだ。いい加減学習しろ」
容赦ないジャッジメントタイムに場の空気は盛り上がるどころかお通夜状態。誰かの囁き声が聞こえてきた。
「……こんなので選ばれるわけ無いじゃん。ただのパフォーマンスだろ」
「はやく終わってくれないかな」
やれやれ系の声ばかり。
私は両目を見開いた。
(みんな随分冷めてるのね。せっかくのチャンスなのに、勿体ないなあ)
周りを見ると、目を伏せている人がほとんどで。
せっかく生カリスマが至近距離にいるのに、勿体ない。
私はかっと目を見開いて、美しい姿を網膜に焼き付ける。
「我こそはという人は挙手を」
烏丸さんはゆっくりと階段を歩いてくる。
「なんだ。大人しいな」
烏丸さんが失望したような声で呟く。
彼はほんの1メートル先に迫っていた。私は瞬きするのも惜しいと言わんばかりに彼を凝視した。
彼もじっと私を見ている気がするが、気の所為だろう、と気にもとめなかった。
その時の私は本当に馬鹿で。
眼の前にいる彼を、まるでモニター越しに見ているような気分だったのだろう。
そして……。
ピロリロリロリ~
突然、場違いな大音量が、至近距離で鳴り響いた。
スマホの通知音である。
緊迫した空気が更に凍りつく。
前の人たちが一斉に振り返る。咎めるような、同情するような複雑な視線を一気に浴びた。
(えっ? 私!?)
どこかお茶の間にいたような気分だった意識が、一気に現実へ引き戻される。