12 恋人ごっこ
「ねらった獲物は離さない。それがビジネスの基本だ」
なんて。
意味不明なセリフとともに、私の腰を引き寄せてきた烏丸さん。こんなふしだらな姿勢でいながら、ビジネスって、どういう事?
「烏丸社長、栄保社長に聞きました! 彼女が出来ちゃったんですかっ!? ファンクラブの面々が泣いてますよっ」
数人の男女がわらわらと近寄ってきた。
アルコールが入っているためか、栄保社長の同類なのか、どの人もこぞってノリが軽い。
「し、失礼しますっ!」
私は慌てて体を離す。ダンスフロアじゃないんだから。この距離はシャレにならない。
烏丸さんは両手を広げると彼らに向かってにっこり笑った。
「さて、どう見えますか?」
おおおおお、と、激しいリアクションを返すギャラリーたち。
(煽ってる……!)
始まってしまった。新しいコント。いや、オン・ステージだ。
にわかとはいえ、私は彼のファンである。
たった今入ったスイッチにいち早く気づく。
自然体でも素敵な彼は、何かを企んでいる時には、一種独特のオーラを放つ。
会社説明会然り。動画での彼も、そうだった。
計算し尽くされた言動に、場はすっかりあたたまり、好奇心と親しみを称えた目が私を取り囲む。
「烏丸さんとひかりさん、運命の出会いなんですってね!」
「いえ、その……」
「難攻不落と言われた烏丸グループの貴公子を一瞬で篭絡させるとは……!」
「あ、いえ、そういうわけでは」
「会長や栄保社長にも褒められて。きっと素晴らしいお人柄なんでしょう」
(……どうしよう。どうしよう。どうしよう)
私はただの秘書なんです! なんて。言えない空気。
助けを求めて振り向くと、「自力で頑張れ」とでも言いたげにグラスを上げる彼の姿が。自分が蒔いた種なのに、すっかり他人事なのが憎らしい。
「あの、烏丸さん、ちょっと……!」
人の波が切れたあと、私は烏丸さんをフロアの隅へと引っ張っていった。
「随分人気者だったな。さすがは俺の見込んだ女」
すました顔の烏丸さん。意地悪すぎる。
「からかうのはやめてください……皆、いい人たちじゃないですか……これ以上騙すのは良心がっ」
自然と胃に手をあてる。嘘なんて慣れてなくて……罪悪感が半端ない。
「大丈夫。彼らも半分ノリで騒いでる。まあ、君の態度であたりをつけようとはしてるかもな」
そうなの?
胃の痛みが多少薄れる。
恐る恐る聞いた。
「……どう見られてると思いますか?」
「五分ってとこだろ。俺も君も、一応イエスとは言ってないわけだし」
「ノーとも言ってません!」
ああ、やっぱりこれ以上は無理だ。
「どっちにしても、彼らは君に好感を持っている。名前で呼ばれてるしな。100点満点のすべりだしだ」
「そんな……さっきから、あわあわしまくってるのに」
「だからいいんだ」
恥ずかしながら意味がわからない。
烏丸さんは神妙な顔で教えてくれた。
「結果オーライ。好感度は金では買えない。君はラッキーガールだからな」
ラッキーガール。ちょっとだけ、力が抜けてしまった。
うん。褒めてくれたのはわかっている。
だけど、その言葉は私から元気を奪う、トラウマワードだ。
ズルい、と言われ続けてきた過去に、たちまちワープしてしまう。
「少しはお役に立てたんですね……」
胸の疼きを見ないふりしてそう告げる。
「ああ」
「ここに来たのも、無駄じゃなかった」
「その通り」
満足そうな烏丸さん。
それなら流そうかと一瞬思う。
でも……
「こういう嘘はやっぱり良くないです。だって、出会いは宝物ですから……」
我慢できなくて、小声で言った。
うん。でないと、きっと後悔する。
「烏丸さんに憧れている女性はたくさんいます……このフロアにだって、きっと沢山。その中に、運命の女性がいるかもしれないのに……私の存在が素敵な出会いを奪ってしまうとしたら……それは辛いです。ついちゃいけない、駄目な嘘だと思います」
「……君は俺と誰かをくっつけたいのか?」
眉を寄せる烏丸さん。
そこでも嘘はつけなくて。
「……烏丸さんの邪魔はしたくないです……」
グレーゾーンを狙った。望んでは……ない。
邪魔したくないだけ。
「なるほどな」
烏丸さんは私の顔をマジマジと見て……その美しい顔を、直前まで近づけてきた。
「あ、あの?」
この感じ。以前にもされた事がある。
心を丸裸にされてるようで、心拍数が跳ね上がった。長めの前髪が少し垂れてすだれのようになっているのが色っぽい。この人は、自分がどれほど人の心をかき乱すか、自覚するべき。
当然のように、ヘロヘロになる私。視線に射抜かれ骨抜きだなんて烏丸さんが初めてだ。
(気づかれちゃ駄目……だって、一緒に仕事しながらドキドキしてるなんて、邪道でしょう!)
イレギュラーすぎる採用理由。首になるのは絶対にいや。
「あの、あの、烏丸さんっ」
「何?」
「もう少し……離れ……て」
「ああ、失礼」
そう言って烏丸さんは私を解放してくれた。
「まあ、しかし君は素朴で純粋だな。よく今まで保っていたもんだ」
「世間知らず……ですよね。それは確かに」
「……手放せないな」
烏丸さんは私の髪をひと房握る。
「君の意向をくんで恋人ごっこはこれで終わりだ。しかしまあ、美人秘書を見せびらかすくらいはいいだろう?」
美人秘書!
初めての称号に背筋が伸びた。
「え、ええ。そ、それは……むしろ、褒めてくださってありがとうございます」
「話はついたな。じゃ、戻るぞ」
ごく自然な感じで手を握られ、恋人つなぎでフロアに戻ろうとする烏丸さん。
「ちょ、あれ……?」
意外な展開に心臓が跳ねた。
これでは相変わらず恋人同士にしか見えない。そして私ときたら、さっきまでの揺さぶりで茹でダコみたいになっている。
しかも。
(どうしよう。私、喜んでる!)
ハートが、一瞬、甘く震えた。
解消された恋人ごっこ。その延長が、本当は嬉しい?
なんてこと。
このままじゃ、彼に気づかれる。さっきみたいに顔を覗き込まれたら、隠せない。
「す、すいませんっ。頭を冷やしてきますっ」
爆発しそうな心臓を押さえきれず、私は彼の手を振りほどき、フロアから反対方向へと駆け出した。




