夏の家族旅行
「仁菜、そのワンピースは……どうかな」
「やだやだ、絶対これ、絶対これ着ていきたいの!」
仁菜は薄いピンク色のワンピースを抱えて動かない。
お盆休みに入り、夏休みの旅行に行く日が来た。
出かける場所は仁菜の希望で川で渓流下りと、温泉旅館。
仁菜は「絶対これを着ていくの!」と言っているけれど、そのワンピースは薄ピンク色で膝丈だ。
私は仁菜の横に座り、
「渓流下り、靴のまま歩く所に座るから、汚れちゃうよ?」
「やだやだ、だってミコちゃんも渓流下りでワンピース着てたもん、仁菜もしたい!!」
ミコちゃんというのはTikTokに動画を上げているお姉さんで仁菜が憧れている子だ。
中学校二年生だという彼女はいつも可愛いメイクと服装をして動画をアップしてる。
渓流下りでワンピースを着ていたと言っていたけれど、乗っている写真はアップされていない。
「これ建物の前で写真撮ってるだけで、乗ってないと思うけど」
「乗ったって配信で言ってたもん!」
「うーん……」
私が困っているとそこに車に荷物を載せた透さんが来て、
「仁菜、このワンピース、旅行から帰ってきたらパパとアフタヌーンティー行く時も着ていく服だろ? 汚れちゃったらパパ悲しいな」
「……うーん……」
仁菜はワンピースを抱きしめて俯いた。
透さんは仁菜が持っているワンピースに触れて、
「だってパパ、仁菜のこのワンピースとお揃いにするためにピンクのシャツ買ったよ」
「え? 本当に?」
仁菜が目を丸くすると、透さんは一階の押し入れに仁菜を呼び、段ボール箱をあけて中からシャツを取りだして見せた。
それは仁菜のワンピースと似た色のシャツだった。
「ほら、ワンピースの色に揃えたんだ」
「パパこれ着てくれるの? 可愛いー! うーん、じゃあ上だけピンクのシャツにする。それなら良い?」
「このシャツリボンがすごく可愛いと思う。ほら写真撮った時にリボンが見えて可愛い」
「じゃあそうする! 着替えてくる、待ってて!」
そう言って仁菜は部屋に消えて行った。
私は思わず拍手してしまう。
「……透さん、すごいです」
「当日まで秘密にしようと思ったけど、仁菜がここでワンピースを汚したら、ピンクのシャツを着るタイミングを失う。さすがにピンクのシャツで会社にいく勇気はない」
そう言って透さんは苦笑した。
私は一歩透さんに近づいて手を握り、
「カッコ良いのは、私と仁菜の前だけで良いと思います」
仁菜が大好きなミコちゃんはいつもパパと一緒にお出かけをしている。
このパパがまたオシャレでカッコいいんだけど、よく見てみると正直透さんのほうが全然カッコいい。
私が仁菜にそう伝えたら「そうかも!」と言って、最近は透さんとお出かけして写真を撮影している。
透さんが撮ってきた仁菜は本当にお姫さまみたいに可愛くて、いつもその写真を楽しみにしている。
「川、ママ川すごい、川、川だーーー!」
「思ったより大きな川なのね。わーー、風が気持ちいい」
車で2時間走って目的地に到着した。
ここは渓流下りと川魚、それに温泉が有名な所だ。
お盆ということで混雑しているけど、かなり早めに透さんが予約してくれた。
施設の入り口横には釣り堀があり、川魚をそこで釣って横で食べられるようだ。
仁菜はそれを入り口から見て、
「お魚さんピチピチしてる!!」
「釣りやってみる?」
「生きてるからヤダ!」
そう言って仁菜は私と透さんを連れてミコちゃんが撮影したスポットに向かった。
生きてる魚に向かって「生きてるからヤダ!」って、笑ってしまう。
透さんも横で笑いながら、
「でも俺も鯉とか苦手だったな。デカすぎて」
「そういえば大昔はおじいさんの庭で鯉を飼っていたって聞きました」
「俺が小さいころは水槽で鯉を飼ってたんだよ。庭で飼いたい人がいるからって」
「本家横に水槽だけありますよね」
「そう。俺も子どもだったからさあ、鯉と遊びたくて」
「鯉と遊びたくて……?」
「棒の先にあれこれ付けて食べさせようとしたり、なんなら中に入って触れようとしたり……」
「透さんって今からは想像できないくらいわりと奔放な子どもですよね……って仁菜ー?!」
透さんの予想以上にアグレッシブな子ども時代の話を聞いていたら、仁菜が崖のほうに走って行ってしまい、私は叫ぶ。
仁菜は川のほうに続く崖に向かってぴょんぴょんと移動して「ママとパパ、こっちに岩の上に池があるよお~」と行く。
透さんは「おおー、すごいなアスレチックみたいだ、いいなこれ」と仁菜を追って走っていく。
透さんと仁菜、何か似てない?! 主に奔放なところが!
私は仁菜には「服が汚れるよ!」と言ったのに、せっかくの旅行だから新品の靴を履いてきてしまったのもあり、汚さないように必死にジャンプした。
すると少し先の所で透さんが待っていてくれて、手を差し出してくれた。
「気を付けて」
「……はい」
私はその手を握って段差をジャンプした。
思ったより足場がガタガタしてるー! 透さんは私の手をしっかり握って良さそうな足場を教えてくれた。
結婚してからもずっと甘くて優しくて毎日嬉しい。
岩場には無数の隙間があり、そこは小さな池になっていて、小魚がたくさんいて、仁菜は「生きてて怖い!」と言っていたのに透さんと一緒にツンツン触れたりして笑顔を見せていた。
「パッ……パパッ……パパパパパパパ」
「大丈夫、ここにいるよ」
「すごい足元が、足元が浮いてるよパパパパパ」
そして渓流下りの船に乗る場所にきた。
乗る船は事前にネットで見てたんだけど、思ったより小舟で、当然だけど川に浮いているから、足を乗せた瞬間に「これは不安定だ」と分かる。
仁菜は来るまで「余裕だよ~」と言っていたのに、船に一歩乗った瞬間から「パパパパパ」と言っていて笑ってしまう。
もうパパを呼んでいるのではなく、パを連呼する状態になっている。
透さんはそれを聞いて仁菜の手をしっかりと握って船に乗って落ち着かせた。
まったくもう偉そうなんだから……なんて思って船に足を置いたらグラリと揺れた。
「……透さん! 怖いです!!」
「菜穂、おいで」
そう言って入り口に戻ってきて私の手を引いて抱き寄せてくれた。
そして一番川側に仁菜、真ん中に私、通路側に透さんが座った。
仁菜は真横の川を見て目を輝かせて、
「見て! 近くで見ると川がすんごく元気!」
「あはははは!!」
私も透さんも声をだして笑ってしまう。
二日前に雨が降ったようで、川の水が多く、施設の方曰く「最高のコンディション」のようで、思ったより激流だった。
全員が乗り込んで船が岸から離れた瞬間、仁菜は私たちの方を見て、
「浮いてる……浮いてるよママ!」
「え……ヤバい、わ、わわ……すごい、身体が浮く。おおお、仁菜大丈夫?!」
「動き出したら楽しくなってきたよ、ママーー!!」
仁菜はさっきまで「パパパパ」言ってたのに、船が動き出した瞬間目を輝かせてはしゃぎはじめた。
もっとこうドンブラ平和に流れる船だと思っていたのに、川の流れに合わせて船が思いっきり揺れる。
それに川に近いからか、かなり速度を感じる。
先頭さんが船の前に立って、視界の先に岩が見えると、長い棒で川底を突いて船の針路を決めていく。
仁菜は針路が変わるたびに、
「すごいー!! すごいすごい、ギュインって変わる!」
「これちょっとアトラクションみたいで楽しいですね、透さん」
そう言って横を見たら、透さんが真顔になって固まっていた。
その表情は今まで見たことが一度も無い……完全な「無」。
透さん予約する時に一言も言ってなかったけど、ひょっとして、
「透さん、こういうアトラクション系、ちょっと苦手ですか?」
「……正直ジェットコースターは苦手だ」
「パパ駄目なの?! 仁菜超楽しい、わあああいいい!!」
私の右側で飛んでくる水しぶきに仁菜は歓声を上げて、左側では石になってしまった透さんの手を握った。
透さんの手はいつもふんわりと温かくて柔らかいのに、今日は冷たくて、それに私の手をギュウと握ってきて可愛い。
私のほうが後に船に乗ってきたのに、川側を譲った理由が今分かった。
結局川を下る間、仁菜と私は予想より楽しんで、透さんは「無」でゴールを迎えた。
仁菜は船に乗るときは怯えきっていたのに、下りるときは透さんの手を引っ張って、
「パパ、顔がないよ!!」
「……パパの顔は、ここにあるだろう」
「パパの顔からパワーが無くなってる!」
そう言ってケラケラ笑った。
乗る時は誰より優しくてかっこよかった透さんがフラフラになってしまったので、今度は私と仁菜で手を繋いで一緒に透さんを船から降ろした。
透さんは船から下りたあとも「ヤバいまだ揺れてる」と文句を言っていて、その弱り切った姿がレアすぎた。
その後、旅館に到着して休憩してから、夕飯を食べた。
仁菜はいつも食べない山菜の天ぷらを「美味しい!」と目を輝かせて食べて「今度ママ作って!」と言ってくれたけど、山菜の天ぷらってとんでもなく難しいと思う。こんなプロみたいにカリッとできない。私のお父さんに頼んでみよう。
そして眠る時間になり、お風呂に入ってから部屋に戻るともうお布団が敷いてあった。
仁菜は真ん中の布団にダイブして、
「仁菜ここ!」
とゴロゴロと転がった。
そして私の布団のほうにコロコロと転がってきて、
「ママとお布団で寝るのすっごく久しぶり」
「ひとりで寝るの慣れた? ベッドはどう?」
「あのベッド最高に大好き。だってお姫さまみたいだもん。ベッドの横に置いたキラキラのライトが……もうすっごいの」
そう言って仁菜は目を輝かせた。
仁菜の念願だった真っ白なベッドの横には、会社の人たちが引っ越し祝いにくれたオシャレなライトが置いてある。
アンティークデザインで中のライト色を変えられて、ピンクにするとものすごく可愛い。
仁菜はそれをメチャクチャ気に入っていて、夜部屋を覗くといつもつけっぱなしで寝ている。
仁菜は布団の中で私にしがみ付いてきて、
「でもね、前の家でママとふたりで抱っこしてもらって寝るのもすっごく好きだから、仁菜今日楽しみだったの」
あまりに可愛くて抱き寄せて頭にキスをする。
仁菜は反対側の布団に入った透さんに気がついて、今度はそっち側にコロコロと転がって移動して、
「パパ! でもね仁菜ね、あの小さな家で三人ではじめて寝た時! あの時超超楽しかったの。だからはい、今日はママもパパも両方から仁菜を抱っこして!」
呼ばれて私と透さんは左右から仁菜を抱き寄せた。
透さんが本当に優しい表情で仁菜を見てて嬉しくて仕方が無い。
仁菜は「今日のパパ、船で面白かった」「ママは風呂に入りすぎて長い」「天ぷらをもっと食べたい」とあれこれ話していたけれど、次第に静かになり眠った。
子どもの頃に両親と旅行で外泊したことは無かった。店をしてるから当たり前で、祖父母と一度泊まったことしか覚えてない。
だからこうやって家族で温泉とかに来てお泊まりするのは少しだけ夢だった。
仁菜のお腹の上で私の手を握っていた透さんが、クッ……と少しだけ力を入れて小さな声で、
「……俺、こうやって家族で温泉旅館で一泊とか……はじめてかも」
そうか。透さんの親も離婚してるから……。
私は透さんの手を同じように握り返して、
「実はうちも居酒屋してるので……全然無くて。同じです」
私がそう言うと、透さんは優しく私の手を握り、
「家族で色んな所に行こう。これからずっと、何度だって」
「……はい」
少し首を持ち上げて透さんを見ると、透さんも私のほうを優しい瞳で見ていた。
真ん中に仁菜がいて温かくて、隣を川が流れる音が静かに聞こえてくる夜。
繋いだ手は温かくて夜は静かに甘く、私たちは三人でゆっくりと眠った。
これからはずっと幸せだと信じられるから。
ここで完結とさせていただきます。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
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