夏休みのある日に
「わーい、パパ早い! 今日はもうお家?」
「仁菜おかえり。そう、今日はもうこのまま帰ろうか」
「やったーーー!!」
小学校が夏休みに入った。
仁菜は今年から小学校に入学している。
去年までいたこども園は保育園を併設している施設だったので夏休みがなく、毎日預かって貰えた。
だから仁菜の中で夏休み=菜穂が休みの一週間のお盆休みだったのだが、小学校に入り「夏休みってすごく長いんだ!」と知ったようだ。
しかし俺も菜穂も仕事がある。
それにじいさんは仕事に復帰して菜穂の両親も忙しく働いている。
だから仁菜は朝から小学校内にある学童に行き友だちと遊び、昼過ぎからバスが迎えに来るスポーツや遊びを取り入れた習い事に行っている。
すべてリュウも一緒だし、友だちも多いようで楽しそうに通っているが、数人の友だちはまったく会えないようで淋しいようだ。
それに夏休みでみんなが遊びに行っているのも知ったようだ「仁菜もどこか行きたいの!」と常々言っていた。
だから今日は埼玉の倉庫を見てきたついでに直帰して、昼すぎに迎えに来た。
一緒に遊ぼうと思ってリュウに声をかけたが、リュウは静かに首をふり、
「今日は跳び箱選手権があるからスポーツクラブいく」
「跳び箱選手権……?」
「西小学校の佐藤くんと1位を争ってて……今日はぜってぇ負けられないから」
「あ……ああ」
「先週は俺が勝ったから! 今日逃げたら勝ち逃げになっちゃうんだ。それはダメだ!! 男の約束として間違ってる!!」
と熱く言った。
仁菜は俺の腕を引っ張って、
「リュウくん先週すごかったんだよ、7段の跳び箱飛べたの、リュウくんだけ!」
リュウはドヤ顔になり、
「ま、だから今日の挑戦は受けて立とうかなって」
なんだかよく分からないが、男の戦いがあるなら仕方が無い。
俺はバスに乗って戦いに向かうリュウを見送った。
そして、
「……俺も跳び箱好きだったなあ」
「えっ、パパも? リュウくんすごいよ、ジャンプ台の使い方が超上手なの。リュウくんが使うとバイーーーンって飛んでいくの」
仁菜は「バイーーーン!」とその場で跳びはねていて可愛い。
俺は仁菜に向かって、
「仁菜も上手なんだろ? ママから聞いてるよ」
「仁菜は女子ナンバーワンだよ。でもねー、女子ってずっと一番だと嫌われるの。だから今日はどうしよっかなーって思ってたから、ちょうどよかった。今日は優香ちゃんが1位になるよ」
「あ……ああ……」
「パパが来てくれて良かった。仁菜はもう一ヶ月連続で1位だから、優香ちゃんちょっと悲しそうだった。でも手加減してミスするって仁菜できなくて。だってそんなことしたら跳び箱にぶつかっちゃうよ」
俺は仁菜の横に座って、
「仁菜は仁菜ができることを全力でするといい。何か悲しいことがあったらパパとママに話して?」
女の子には女の子の悩みがあるんだな、寄り添おうと思って目を見たら仁菜は目を輝かせて、
「仁菜はママがいないならダイソーでマニキュア買ってほしいの」
「……そういう話?」
「はやく行こう、早くダイソー! 今すぐ!」
仁菜は一秒で切り替えて車に向かって走っていき、助手席に乗り込んでシートベルトをした。
仁菜は菜穂に甘える所と、俺に甘える所を切り替えている。
俺しかいないとなると、菜穂がめんどくさがって嫌がることをしっかり見極めてお願いしてくる。
最近はとにかくマニキュアが塗りたいようだが、菜穂は「そんなの要らないでしょう。どう考えても有害だし」とあまりさせたくないようだ。
仁菜は俺が運転席に座ると俺の方を見て、
「忙しいよ、パパ!! 貴重な時間だよ!」
「マニキュアは帰って塗って遊んだら、夜には落とす」
「はぁい」
「お化粧もおなじ。ふたつしか買わない」
「はぁい」
「何を買って何をしたか、ちゃんとママに話す」
「……え~~~~~」
「じゃあ買わない」
仁菜が俺とふたりだけの楽しいことを貴重にしてくれるのは嬉しいが、これを続けると「ママは厳しい、パパは甘い」になってしまう。
それ自体が悪いとは思わないが、菜穂は正しいことを言っているのに、俺だけ美味しいところを頂くわけにはいかない。
だって菜穂だって本来は仁菜を甘やかしたいはずなんだ。
仁菜はむくれて、
「分かった分かった分かったぁ。もうパパはママに何でも話すんだから」
「31はキッズサイズじゃなくて、シングルサイズでしかもふたつ選んでいい」
俺がそう言うと仁菜は振り向いて目を輝かせて、
「パパ最高!」
「ママが好きな洋菓子屋でシュークリームも買っていこう。ママ今日もお仕事遅いみたいだ。夜ご飯ラーメンにしようか」
「!! 仁菜しなちくいっぱい、袋の中、全部食べたいの!」
「おっけー、行こうか」
俺は車を動かし始めた。
少し特典を与えて一緒にいて楽しいと思ってほしいとは思ってしまう。
こうやってダメなパパになっていく気がするので、キッズサイズをシングルサイズふたつくらいにしておこう。
「ちょっとまってパパ。仁菜すっごく時間かかると思う」
「うん、いいよ」
「ピンクはこの前買ったのに……どうしてこの世界のピンクはひとつじゃないのかな」
「……深い話だ」
「こっちのラメラメ、可愛い、可愛いよパパーー!」
「ラメは落とすのが大変なんじゃないか?」
「でもキラキラさせたいのー!」
到着したダイソーのお化粧品売り場で仁菜は座り込んで30分経過した。
たしかにここまで多種多様なものが100円で買えるとなると、お化粧に興味がある女の子としてはパラダイスだろう。
菜穂も「理解はできるので、毎回2個まで許可してます」と言っていたので、俺もそれに習っている。
どうやら仁菜は今日はマニキュアを2個ほしいようで、そこから動かない。
「うううう……やっぱり前から欲しかったこれ……白!!」
「おお、シンプルだな」
「白とピンク、白と紫、全部に使えるから! 右手と左手で変えるの!!」
「なるほど」
「あとラメ。爪にキラキラ付けるの」
「へえ……」
仁菜は結局白のマニキュアと、塗った爪の上に乗せるパウダーのようなものを購入した。
ものすごく細かい雪のようなもので……これは机の上で作業させないと悲惨なことになりそうだ。
作業マットを台所の机の上に敷けばいいのか……? と一階にあった31でアイスを選びながら思った。
仁菜はここでも「あーーっ、アイスふたつならマゼマゼしたいかも!」と悩んでいて可愛すぎる。
平日の昼間でいつも大行列の31も人が少なく、店員さんも余裕を持って接客してくれて助かる。
「はあああああ……疲れました、疲れた、疲れましたああああ」
「おかえり」
夜21時すぎに菜穂が帰ってきた。
菜穂は先月から商品開発課に異動して忙しく仕事している。
俺も異動して一ヶ月は引き継ぎと新しい仕事で忙しかったからよく分かる。
菜穂はへなへなと俺にしがみついてきて、
「……透さん……疲れました……」
「おかえり。晩ご飯できてるし、仁菜も仕上がってる」
「え?」
「ママ見て! 仁菜今日はアイドル!!」
「わあ……すっごい……すっごいなあ……透さん……ありがとうございます……」
そう言って菜穂は空気が抜けるように笑った。
仁菜は帰ってきてから、一時間まったく話さずひたすらマニキュアを塗った。
失敗したら塗り直す、YouTubeを見ながら二色使う塗り方を学び、本当にひたすら。
そして息を止めてパウダーのようなものを乗せて……これも何度も失敗して頑張った。
そして次はメイク。持っている化粧品を引っ張り出して、これまたYouTubeを見ながらアイラインを……ものすごく……極太に引いていく。
俺は全く分からないが、たしかにYouTubeが言う通りに描いている。
その通りなのだが……よく分からない。
目がない所に、目があるように何かを描いている。でもそこは目ではない、まるでだまし絵だ。
でも仁菜が憧れている女の子らしく、一生懸命真似て頑張っている。
そして一番お気に入りのミニスカートを着て、さっきから部屋でコンサートを開いていた。
そこに菜穂が帰ってきた。
菜穂は「なんなんだ……?」と言いながらも見守って、仁菜のコンサートを見ながら俺が作ったラーメンを食べた。
仁菜のアイドルコンサートは、子ども用のトランポリンの上で行われ、そこの上で飛び跳ねながら歌って踊る。
もうわけわからないけど、やっぱり可愛くて菜穂と一緒に動画を撮った。
そして俺が責任を取って、菜穂がお茶碗を洗っている間に一緒にラメを取った。
「?! ……全然取れないな、どういうことだ」
「お風呂入ったらとれるんだよ、ね、ママ」
「そうです。でもお風呂に結構ラメが浮くんですけど……」
「俺にラメが付いてても……まあいいだろう」
「いいですかね?」
そう言って菜穂は笑った。
仁菜と菜穂がお風呂に入り、俺も風呂に入ると湯船にキラキラとラメが浮いていた。
俺はそれをすくって出しながら、来週もどこかで仁菜と遊ぼうと決めた。
しかしすくってもすくっても出てきて……すごいなこれは……。
夜布団に入ったら横に入ってきた菜穂が俺の頬にふれて、
「透さん、顔にラメが」
と笑いながら取ってくれた。
そう言って笑う菜穂の頬にも付いていて、俺たちは笑いながら眠った。




