クリスマスのプロポーズ
「メリークリスマス!! 透くん!」
「メリークリスマス、仁菜ちゃん」
今日は12月25日の土曜日。
離れでうちと菜穂の家族が合同でクリスマスパーティーをする日だ。
俺と菜穂と彩音の三人で、昼から始まるクリスマスパーティーの準備をしていると、そこに仁菜ちゃんが来た。
「透くん、見て見て! サンタさんに貰ったマイメロちゃんのぷっくりシール!」
「おお……可愛いね」
仁菜ちゃんはぷっくりとしたシールにハマっていて、それをプレゼントに選んだのだと菜穂は言っていた。
今子ども達のあいだでぷっくりとしたシールが流行っていて、人気キャラクターのものは手に入りにくく苦労したようだ。
仁菜ちゃんは俺の腕をグイグイと引っ張って椅子に座らせてシール帳を見せてくれた。
「これ!! こども園のルリちゃんにもらったの、ミャクミャク!」
「おお……大阪万博の。可愛い」
「これ仁菜欲しくて、仁菜が大事にしてたラプンツェルのシール2個もあげたの」
「なるほど。シールの価値で交換するってことか」
「ほしいって気持ちの量で交換するの!」
そう言って仁菜ちゃんは俺をじっと見た。
ほしいって気持ちの量……なるほど。大人の言葉では「価値」と言ってしまうが、ほしい気持ちの量のほうが分かりやすい気がする。
仁菜ちゃんと話すようになって思ったのは、こどもの言葉の柔らかさだ。俺には無いもので話していて楽しい。
仁菜ちゃんは分厚いシール帳を俺に見せながら、
「透くんはシール帳持ってる?! 透くんのお気に入りはどれ?」
「いや。持ってない」
俺がそう答えると、仁菜ちゃんは目をこれ以上ないほど丸くして、
「ママも好きなのに……? ……透くん、したほうがいいよ」
「そうか。そうだな、ママが好きなら俺もしたほうがいいかもな」
「そうだよ、ママずるいんだから。ママお仕事の時にこっそり買ってるの、ママずるいんだからー!」
仁菜ちゃんが叫ぶとそこに慌てて菜穂がきて、
「ずるくない! お仕事終わってから買ってるもん」
「ママはずるいーーー!! 仁菜にジブリのシールくれないもん!」
「あげたじゃん!」
「キキくれないーー!」
「キキはダメ!!」
どうやら菜穂もシールを集めているようで、仁菜ちゃんのシール帳を見ながら一緒に話している。
次は彩音に自慢するようで、シール帳を持って居間に移動していった。
菜穂は俺の隣に座って、
「もお、元上司の前で困っちゃう。ちゃんとお仕事終わってから買ってますよ?」
「いやもう上司じゃないし……っていうか、菜穂も集めてるのか?」
「えへへへ。元は私も学生時代に好きで買ってたんですけど、こんな分厚いシールじゃなかったんですよ。でも今の主流はこのぷっくりシールで。可愛いんですよ……すごく可愛くて、大人なのに我慢ができない……」
菜穂は目を細めて首を振った。
そして俺のほうに顔を近づいて小さな声で、
「(でも仁菜のクリスマスプレゼントになりそうなものは、私は同じのを買わないようにずっと気を付けていたんです)」
「……なるほど。かぶったらいけないと」
「(そうです。サンタがくれたものと、同じものを私が持っているとダメですからね。そこはちゃんとしました)」
なぜかドヤ顔で俺のほうを見る菜穂が可愛くて笑ってしまう。
リュウもサンタからトミカの車がグルグルと上に上がっていく駐車場? を貰ったようで、朝から離れにトミカを持ち込んで遊んでいる。
彩音も菜穂と同じようにかなり前にそれを入手して離れに停めていた車のトランクに隠していた。
ふたりともしっかりサンタクロースをしている姿が「母親」で良いなあと思った。
俺は部屋の飾り付けをしながら、少しだけ長く息を吐いた。
……実は昨日からずっと緊張している。
今日のクリスマスパーティーが終わったら、菜穂にプロポーズしようと思って指輪を棚に隠してある。
色んな店に菜穂を連れて行ったし、そろそろプロポーズされるのは分かっていると思うが、日付くらいはサプライズしたいと思っている。
絶対に喜んでくれると思いつつ……少し怖い。
俺はきっと未来というか、結婚が怖いんだと思う。
親が結婚して俺たちを作ったにも関わらず、あまりに酷すぎたせいで、結婚して幸せになるという未来が描けない。
でも菜穂と仁菜ちゃんを幸せにしたいという強い思いはある。
だから今日菜穂にプロポーズする。
「はーーい、ケーキですよーー!」
「ばあばとじいじ特製のケーキきたーー!!」
「はーい、じゃあクリスマスパーティーのはじまりですー!」
「わー! 仁菜クラッカーする!」
「リュウも、リュウもする!」
ふたりが同時にクラッカーを鳴らしてクリスマスパーティーがはじまった。
どうやらこの合同パーティーは毎年クリスマス周辺の土曜日、夜は居酒屋を休めない菜穂の両親も一緒にいるため昼に行われるようだ。
なにより菜穂のご両親は居酒屋を経営してるだけあって、とにかくご飯が美味しい。
チキンはお父さんの手作りで、ケンタッキーのような旨さと、モスチキンのようなカリカリ感があり、正直メチャクチャ旨い。
パンは近所のパン屋さんにオーダーしているようで、フカフカなのに味が濃く、子ども用にはサンタクロースのメロンパンが置いてある。
そして持って来られたケーキはお母さん特製で、チョコがたっぷり乗っていて、リュウも仁菜ちゃんも大興奮して食べている。
大人がお酒を飲めるように焼き鳥や、つくねも準備されていて、離れの表に出された七輪で、菜穂のお父さんが器用に焼いている。
その横の縁側でじいさんは酒を飲んでいて、平和すぎる。
じいさんが俺を縁側に呼んで、
「透、一杯飲めや」
「……いや、俺、このあと仕事あるからさ」
「そうなのか? パーティーのあとに?」
「すげー大切な仕事だから、それが終わったら飲む」
「そうか。頑張れよ」
そう言ってじいさんは美味しそうに酒を飲んで、菜穂のお父さんが焼く焼き鳥を食べた。
仕事というのは当然プロポーズのことだ。仕事というと言葉が違うが、お酒を入れない状態で俺は言いたいと思って、とりあえず断った。
酒には強く、飲んでも酔わないが、それでも緊張しているから止めておいたほうが良い。
菜穂のお父さんはネギを焼いて俺の皿に載せて、
「これがうちの店の一番人気よ」
「いただきます」
食べると表面がサクッとしているのに中がトロトロで最高に甘い。
俺は口を抑えて、
「……すごいですね」
俺の横でじいさんは、
「うめーだろ?! 佐助さんが焼くネギはもう絶品なんだ。俺歯が痛くて食べられなかったんだよ~」
「ほら食べなって」
菜穂のお父さんはじいさんの皿にネギを載せて、じいさんは旨そうにそれを食べて酒を飲んだ。
ふたりとも笑顔で、じいさんが元気になって本当によかった。
そこに菜穂が来て、
「おじいさん、お父さん、透さん、はいチーズ!」
そう言って写真を撮った。
そしてスマホを俺の所に持って来て、
「透さん。アドベントカレンダー埋まりました。一緒に見ませんか?」
そう誘ってくれた。
台所のストーブ横。大きなヤカンがシュンシュンとなる所に菜穂は椅子を二つおいて、俺にアプリを見せてくれた。
まずは初日。裸だったツリーの横でリュウと仁菜ちゃんと俺でサンタの折り紙を折っている。
二日目は、一緒に通勤する時の新宿駅のツリー前。菜穂とふたりで顔を寄せて写真を撮っている。
三日目は家に帰ってきてから仁菜ちゃんのリクエストでふたりで唐揚げを作っているが、焦げてしまった。
四日目は離れで一緒に飾りを作っている俺と仁菜ちゃん。仁菜ちゃんに教えてもらってかなり上手にサンタが作れるようになってきた。
五日目は会社帰り……ポニーテールの菜穂と俺が写っている。
そうやって毎日毎日、そこには俺と菜穂と仁菜ちゃん、みんながいた。
菜穂はその写真一枚一枚に手書きでコメントを入れて飾っているようで、
「ほら。透さんこれ覚えてますか? 仕事帰りの新宿駅で、それまで私から写真を……って言ってたのに、はじめて『あっちによさそうなツリーがあった』って言ってくれたんです。クリスマスが楽しみじゃなかった……って言ってた透さんが自分からそう言ってくれてすごく嬉しかったんです。だから花丸を書いておきました」
「……菜穂」
「これを見てください。この透さんの成長! 最初のサンタはこれなんですけど、昨日最後に飾り付けたあれ、もう完璧じゃないですか! 私より上手だと思います」
菜穂は全部の写真を見せながら説明してくれる。
そこには何もなかった俺が、毎日を重ねて、彩られていく全てがあった。
小さくて良い、誰かにとって些細なことでいい、失敗した折り紙でいい、俺にとってはじめて見るポニーテールでいい、焦げた唐揚げでいい。
最初からうまく行くはずがない、失敗が間違いでもない、正解が唯一の道ではない。
大切な人と共に歩いて知ったことの全てがそこにあった。
小さなことを集めて、集めて、昨日も、今日も、明日も、ずっと、こんな風に生きたい。
喜びも、悲しみも、苦しみも、全部菜穂と。
ずっと、ずっと。
俺は菜穂の手を握って、
「菜穂。結婚しよう」
「?!」
「怖い。自信がないんだ。それはずっとだ。ずっと怖いままだ。正直今も怖い。これが幸せすぎて怖いというものなのかもしれない。菜穂がひとつ、ひとつ、俺に優しくしてくれるから、俺は怖い。でもどうしようもなく菜穂とずっと一緒にいたい。こうやって今日も明日も明後日も、ずっとずっと菜穂と居たい。だから菜穂と結婚したい。怖くて恐ろしい、自信なんて全くない。それでも俺は菜穂と仁菜ちゃんと三人で家族になりたい」
こんなんじゃない、もっとちゃんとした言葉を考えていた。何度も練習していたのに、吐き出されたのは懇願のような言葉。
それでも伝えたくて、必死に言って、準備していた指輪を出した。
菜穂は目からポロリと涙を落として、
「……嬉しいです。私も透さんと結婚したいです。指輪、嬉しい。可愛い、これ……お店でみたやつですね」
「そうだ。菜穂が可愛いと言っていたから買った。菜穂と一緒に買いに行きたいと思ったけど、それは結婚指輪にしよう。菜穂にこれを贈りたい、そう思ったんだ」
俺はそう言って箱から指輪を出して、菜穂の左手薬指を持った。
そしてゆっくりと指にその指輪を入れた。サイズは完璧で、菜穂の左手薬指に美しい指輪が入った。
菜穂は泣きながらそれを俺のほうに見せて、
「……どうですか?」
「似合ってる」
「嬉しいです」
そう言って目元を押さえた。
受け取って貰えて、喜んでもらえて良かった……と思っていたら、菜穂がその場から立ち上がって、戸棚の下から箱を出してきた。
そして俺に渡す。
「実は……私も透さんにプレゼントを準備してたんです」
「え……」
「パーティーが終わったら……と思ってたんですけど、こんな素敵な指輪を頂いたので……でも指輪に見合うかどうか……」
菜穂は遠慮していたが、俺は許可を取ってそれを開ける。
すると中から出て来たのは、
「……クレーン猫だ」
「そうです。おじいさんに昔の写真を見せてもらった時に、透さんがクレーンと猫が一体化したぬいぐるみを持って居るのをみて。でも途中からそのぬいぐるみがいなくなってて」
「……そうだ、クレーン猫は……たしかじいさんが仕事先から貰ってきたのを俺にくれて、ずっと大切にしてたんだ。でもいつの間にか忘れていた」
「クレーン部分が千切れてしまったとおじいさんに聞いたんです。だから私、それを買おうと思ったんですけど、クレーン猫……これメーカーさんが独自に作ったもので、その会社も無くなってました。だから私、ネットで調べて作ったんです。だからこのぬいぐるみ、すいません手作りなんです」
「?! ……すごい」
「いえ……実は型紙を作ってくれたのはおじいさんで。あっ……さっきからあそこで号泣されていて気になってますけど……型紙を作ってくれたのはおじいさんで、私が布を買ってきて縫いました。そしてこの目のパーツを選んでくれたのは仁菜です。一緒にユザワヤに行ったら選んでくれて。これが可愛いって。それで、お腹の部分がティッシュ入れだったはずだって思い出してくれたのは彩音さんなんです」
「そうだ。そうだった、お腹に部分にティッシュが入れられるようになってた。思い出してきた」
「それも再現しました。ほら、ここにポケットティッシュが入ってます。私からじゃなくて、みんなで作ったんですけど……透さんにクリスマスプレゼントです」
俺は嬉しくてそのクレーン猫と菜穂を抱きしめた。
こんなに嬉しいことはない。俺だってそんなの忘れていたのに。
こうやって気持ちを形にして、伝えてくれる。こんな人と出会えて良かった。
ここまでしてもう気がついているけど……目の前に仁菜ちゃんがいる。
俺は頭を抱えて、
「……みんながいるってことは気がついてたけど……というか、みんなに聞かれてもいいと思ってプロポーズしたけど……仁菜ちゃん近いな……」
「透くん、パパに変身する?」
「ああ、大好きが溢れちゃってここでママにプロポーズしちゃった。パパに変身していいかな?」
「さっきね、透くんとママが話し始めたときに、彩音ちゃんがリュウくんに『変身ベルト持って来て!!』って言ったの。だからね、リュウくんが5分で離れとお家を走って持って来たんだよ、はい、変身ベルト」
「あ、ありがとう……」
俺は自分で直しておいた変身ベルトを受け取った。
みんなが泣いているのに、どうしようもなく笑っている。
もう仕方なくて、それを腰に巻いて、
「変身!」
と言うと、直したゆえに完璧な音楽が鳴り響いて、彩音と仁菜ちゃんとリュウくん、それにお父さんもお母さんもおばあちゃんもじいさんも倒れ込んで笑った。
みんな泣き笑いで、俺は恥ずかしくてその場に座り込んだ。
横で菜穂も泣きながら笑っていて、
「約束だったから仕方ないですね」
「……こんな恥ずかしいプロポーズあるのか?」
「すいませんもう面白くて嬉しくて……嬉しいです……透さんが好き」
「菜穂を愛してる」
俺は泣く菜穂を抱きしめた。
仁菜ちゃんが反対側にグイグイ来て、
「透くん仁菜ちゃんのパパになった?! パパ? パパになった?」
俺は仁菜ちゃんの頭をなでて、
「パパになるよ。よろしくね」
「わーーーい、すごいサンタさんがパパも連れてきてくれた!! すごい、今年のクリスマスはすごいぞーー!」
と抱きついてきた。
三人でひとつになって俺は泣いた。
すると仁菜ちゃんがクレーン猫からティッシュを出して「便利便利」と俺の涙を拭ってくれた。
便利すぎて嬉しくて、また泣いた。
じいさんとおばあさんのカラオケが鳴り響く夜。
俺にとって孤独の象徴だったクリスマスは、菜穂の旦那と、仁菜ちゃんのパパに変身する、特別な日になった。




