俺の野生の勘と、可愛い菜穂
「これは……店の認知が全くされてない状態だな」
「そうなんです。主要駅にあるので、うちの店を知ってる人は多いんですけどね……。でもネットでこんな色んな商品を取り扱ってることを知らない人が多いです」
12月になりEC事業部に異動した。
そこからひたすら現状の把握に努めているのだが……売り上げは実店舗のひとつにも勝てていない。
多種多様な商品を置いているが、どう見てもECサイト自体が認知されていない状態だ。
ECサイトなのに一番アクセス数が多いのは店舗一覧で、そこからECサイトに買い物に来る人がいる。
後輩の日比野はデータを見ながら、
「マジでECモールしかないと思うんですよねー……」
同期の久賀は、
「今の状態で出しても利益を全部持って行かれるだけだ。認知がないと今さらECモールに出店しても意味がない」
日比野はデータをいじりながら、
「店には老若男女、上は80才から下は5才まで来てるのに、サイトは30~50代女性のみです。でも同業他社だと、そんなことないんですよね。ECモールの力を一時的にでも借りるべきだと僕は思います。実際僕はAmazonでしか買い物しないですし」
確かにECモール……つまりECショップが一堂に会しているサイトだが、こういう所は手数料が高い。
分かりやすく言うと100万円売り上げても30万円は持って行かれる。知名度が上がるまで純利益など上がらないことを想定してサイトを置くべき場所だ。
しかしECサイト内には共通ポイントがあり、それで買い物してくれる客は多い。
知名度を上げたい時に初期費用としてはありだと、うちの会社がECサイトを始めた当初からずっと討議されていたことだ。
しかし俺は反対派だ。
俺たちには都内に店舗があり、しっかりとした商品も持っている。
現状それを全く活かせていない状態でさらに費用をかけるのは悪手だと感じる。
もっと種類を増やして店舗に宣伝を置いて……と俺たちは今考えられる案を出しつつ会議を終えた。
「どうすべきか……」
打ち合わせを終えて帰る途中。
俺は新宿にいることに気がついた。
小腹が減っていることもあり、新宿店の横のカフェに寄っていくことにした。
うちの新宿店は横のカフェも、うちの系列店だ。
元は違う店だったが、経営が悪化したタイミングで店を買い取り、うちの商品を試しに飲食できる店としてオープンした。
横で売っている商品を食べられるとは知らずカフェとして利用する客も多く、そのまま購入に至るパターンも多い。
店の商品を使ったオリジナル料理方法を伝える講習会や、売れるか未知数の商品のテストの場として活用されている。
実は菜穂が醸屋三左衛門さんに「そこの店で味噌皮まんじゅうを出しませんか?」と話をして、紀代子さんが受け入れたと聞いた。
今日から商品を出していると聞いて、気分転換に食べてみたいと思った。
店に入ると、見慣れた顔が出迎えてくれた。
「えっ……そんな。秘密にしてたのに……あっ、い、いらっしゃいませ!」
「?! ……海野。手伝ってるのか」
「今日からテストなんです」と朝軽く言っていたが、接客までするとは聞いていない。
海野がつけているエプロンはこの店のものでもちろん見慣れない。
そして少し伸びた髪の毛をしっかり高い場所で結んでいるのでいつもと雰囲気が違う。
海野はチラリと俺を見て、
「(……恥ずかしいから秘密にしてたのに……)」
とつぶやいて、お盆を抱えてうつむいた。
ポニーテールが小さく揺れて、いつもと違う雰囲気が新鮮だ。
でも海野は気を取り直したのか背筋を伸ばして、
「おほん。い、いらっしゃいませ。カフェ長靴ネコへようこそ。1名様ご来店です! お食事されますか?」
そうぎこちなく……でもちゃんと接客してくれた。
じゃあ俺もちゃんと客になろうと思い、
「カフェの利用でお願いします」
「ありがとうございます。ではこちらのカウンター席へどうぞ」
そう言って俺の席を準備してくれた。
そしてオーダー表を持って、
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「今コラボしている味噌皮まんじゅうと、ホットコーヒーでお願いします」
「了解しました。えっと……これ広瀬さんの前だけで言いますけど、書きにくいんですよね……はい、少々お待ちください」
そう言って目尻を下げて微笑んだ。
くるりと方向を変えて動くとポニーテールが揺れて可愛い。
偶然だけど来て良かったと思って見ていたら、三角巾をしてエプロンを着た紀代子さんが目の前に来た。
「広瀬さんが来たと聞いて! あらご機嫌。そんなにニコニコしてる広瀬さん久しぶりに見たわ」
「……いえいえ、忙しい店ですね」
「そうなのよ! 菜穂ちゃんが助けてくれて助かっちゃう」
そう言って海野のほうを見た。
店の奥のほうで、海野が他の店員さんと笑顔で話しているのが見える。
紀代子さんは俺の前にコーヒーを出して、
「菜穂ちゃんにね、このカフェで数日間だけ味噌皮まんじゅう出してみませんか? って言われた時、どうしようかしらって思ったの。人前に立つの久しぶりだし、そんなことこの年齢でできるのかなって」
そう言って紀代子さんは俺に一歩近づいて小声で、
「でもね、ほら、奥で作業してる渋川茶葉さんの奥さま、なんと85才なのよ」
「……素晴らしいですね」
「私より10才も年上なのに現役でね、菜穂ちゃんが渋川さんと一緒にこのタイミングでお店にしてくれたの。私、一緒にお仕事してたら勇気が出てきちゃった。楽しいわ。はい、今から仕上げますからね。生クリームもね、菜穂ちゃんのアイデアなのよ」
そう言って本庄さんは味噌皮まんじゅうを軽くバーナーであぶり、その横に生クリームを置いて前に出してくれた。
一口食べると、前と少し違う……赤味噌が入っている。
「……このお味噌、うちで取り扱ってるものですか?」
「そうよ。これは新宿店さんにある白味噌と赤味噌をブレンドしたものなの。やっぱりお店に置いてある味噌を使ったほうがいいと思って」
「美味しいです」
「でもね、私個人で作る時は本店でしか取り扱ってない白味噌……しかも味噌蔵の蓋についてるものを使ってるの。でもあれはねー、ハネものみたいなもので新宿店さんには出せないから」
「……なるほど」
俺は前のものも海野が出してくれていて知っている。
だからその違いが分かる。正直海野が出してくれたバージョンのほうが独自の風味があって美味しいと感じる。
でもここは新宿店横のカフェなので、こういう配慮はありがたい。
本店のほうには、そういう商品もあるのか……醸屋さんの出すものなら何でも美味しいだろう。
俺は食事をしながら何かを感じていた。
味噌蔵の蓋についているもの……そして店には出せない。
でもその味噌は「間違いなく醸屋三左衛門さんのもので、うちの既存の顧客はそれを知っている」。
そう、事実俺は「それを知っていた」。
俺は閃いて、味噌皮まんじゅうを食べて支払いをして店外に出て、久賀に電話をする。
「久賀。UNIQLOとかで、店舗では売ってない2Lサイズ、3Lサイズ、もしくは150cmとかのサイズをネットだけで取り扱ってるだろ」
『急になんだ。でもまあ、うん、あるな』
「あれは店舗で試着したり、自分の体型を知ってる人が、店のものは買えなくてネットで買ってるはずなんだ。つまり一度店舗に来ている」
『……なるほど?』
突然の電話に驚いた久賀が黙る。
俺は続ける。
「俺たちの強みは店舗には人が来ていることだ。規模が違えどUNIQLOで考えよう。うちの店舗でいま一番売れている商品のハーフサイズ、もしくはかなり巨大なお得サイズ。全く同じもののサイズ違いをECサイトのみに置くんだ。味違いでもなんでもない、同じもののサイズ違いだ」
『……元々店舗で買い物をしてくれてる人たちに、一度サイトを見てもらう……それだけのためにするってことだな』
「そうだ。買い慣れている30代から40代の働いている女性をターゲットに、対象商品を店舗で買ってもらった人のみクーポンを渡す。同じ商品のビッグサイズがネットで送料無料で買える。それならまずサイトを見てくれるんじゃないか」
『味違いを置いていたが……確かに知ってる商品でまず呼ぶべきか』
「俺も、もう持っている商品のサイズや色違いを探すためにUNIQLOを見たことがある」
『……俺もあるな』
「そうなんだ。うちにはもう店がある。買ってくれてる商品もある。そのお客さんにECサイトに一度来てもらって『何ならECサイトで買うか』を教えてもらおう。そこから初めてデータを集めていくべきじゃないか。最もうちを使ってくれている、知っている人たちだ」
ECサイトには、店舗で有名な商品と「同じもの」は当然置いていた。
でも店にあるので動かない。味違いも置いているが、そこにあることを知られていないので動いていない。
とにかくECサイトがあることを知っていても、同じものを置いていても客は動かない。
店があるからこそ客がECサイトに来ないなら、店に来ている客にまずECサイトに来てもらって「何ならECサイトで買うか教えてもらおう」。
新商品をむやみやたらに置くより、そこから動くべきだ。
さっそく俺たちはどの商品にその働きかけをするか明日話し合うことにした。
俺と久賀と日比野は皆元営業で、店舗側にパイプを持ち続けている。
だからPOPやチラシなどのお願いも比較的しやすい。
「……まずは認知から」
俺はスマホを鞄に入れた。
すると私用のスマホに連絡が入った。
菜穂も仕事が終わったというので、一緒に帰ることにした。
ホームで待っていると菜穂が階段を上ってきた。
「透さん!」
菜穂はもうエプロンを取っていつも通りのスーツ姿になっていたが、髪の毛はまだポニーテールのままだ。
俺は菜穂の横に立ち、
「紀代子さん、楽しそうで良かったな」
「はい。紀代子さん、娘さんが頑張ってるから口は出せないけど、お味噌の話はしたい……そう感じたので提案したんです。少しでも元気になってほしくて!」
そう言って首を少し振って笑顔を見せた。
同時にポニーテールが揺れる。
俺は、
「……店でも思ったが、ポニーテール初めて見た」
「飲食店なので、いつもよりしっかりまとめてみました。でもなんか恥ずかしくて……透さんに秘密にしてたのにバレてしまいました……」
そう言って照れる菜穂が可愛くて手を握り、
「野生の勘で可愛い菜穂がいると分かったんだな、俺は。危うく可愛い菜穂を見られないところだった」
「! 可愛い……、でもいつもと違う仕事してるところを見られるの恥ずかしくてみんなに秘密にしてたんです。でも紀代子さんは応援したくて……」
そう言って首を振る菜穂が可愛くて、駅のホームで腕ごと引き寄せて、
「似合ってる」
「! ……そうですか? えへへ……じゃあ良かったです。仁菜に『絶対長いほうが可愛い』って言われて最近伸ばしてるんです」
そう言って菜穂は恥ずかしそうに自分のポニーテールに触れた。
俺は菜穂の手を優しく握り、
「店に寄ったら可愛い菜穂も見られて、新しく試したいことも思いついた。やっぱり外を歩くのは大切だな」
「そうですよ! いつだって来てください。営業のほうにも」
「ああ」
そして来た電車にふたりで乗り込んで家に帰った。
帰り道、菜穂は「可愛いですか?」と俺の前でポニーテールを揺らしながらスキップしている。
そして「今日のアドベントカレンダーはポニーテールの写真にします」と俺と写真を撮ってアプリに入れていた。
俺の彼女が可愛すぎる。
俺は指輪が入っているカバンをしっかりと持ち直した。
先日オーダーした指輪ができあがった。
明日のクリスマスパーティーのあと、菜穂にこれを渡して、一生一緒にいてほしいと、しっかり伝える。




