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デキる上司と秘密の子育て ~気づいたらめためた甘々家族になってました~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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久しぶりにその言葉を

「お昼食べ損ねた……」


 店舗回りを終えて会社に戻る14時すぎ。

 私は階段を上りながら、適当に買い物をしてから会社に戻ろうと思っていた。

 忙しくてお昼を食べる時間がなくてお腹が空いている。

 15時からの会議の前に食べたい……とスマホを見ていると地下階段に男性の怒鳴り声が響いた。


「……んだよ! あぶねーな」

「すいません」


 おばあちゃんは階段を上っていたんだけど、降りてきたサラリーマンにぶつかりそうになっていた。

 おばあちゃんは階段の真ん中を歩いていて、降りてくる人の邪魔になっている。

 私は透さんのおじいさんが脚立から落ちた光景を思い出し、思わず近づき、


「おばあちゃん、あっちにエレベーターがありますよ。反対側の道に出ますけど、信号ですぐに渡れますから」

「そう? じゃあそっちに行こうかね」


 そう言っておばあちゃんはゆっくりと階段を下り始めた。

 そして一緒にエレベーターで地上に上がりつつ世間話をした。


「この地下鉄、すごく深い所にあって大変ですよね」

「そうなの。それにスマホを見ると『こっから出ろ』って言うけどね、階段ばかりで。疲れちゃうわ」

「地上のほうが簡単に移動できたりしますよ」


 私はおばあちゃんと一緒に地上に上がった。

 そして見送ったんだけど……おばあちゃんの歩き方が気になった。

 身体が右側に引っ張られているような変な歩き方……。

 私はおばあちゃんに再び追いついて、


「あの、余計なお節介だとは思うんですけど気になって……。おばあちゃんずっと身体が無意識に右に引っ張られてます。意識してますか?」

「右側に? よく分からないわ」

「えっとですね、私身近に高齢者が多いので少しだけ詳しいんですけど、歩く機能を使っている部分が少し疲れちゃってる可能性があるんです」

「膝が悪いとかかしら?」

「えっと。ひょっとして、これからもっと大変になってしまう可能性もあるので、病院に早めに行けますか?」

「明日健康診断よ」

「それは良かったです。じゃあぜひ、それを言ってみてください」


 私はそう言っておばあちゃんを見送った。

 前に私のおばあちゃんが作っているお弁当を持って行った時に「なんかずっと右側に向かって歩いてて。それが脳梗塞の兆候だったの」と話していた人がいた。

 知らない人だしそうじゃない可能性もあるからこれ以上はお節介だけど、透さんのおじいさんみたいに小さなエラーが大きな事故を引き起こすから、ちゃんと病院で検査できると良いな……と私は思った。





「おじいさん、すごい。お庭が綺麗じゃないですか」

「ずっと気になってたけど、やっとしゃがめるようになったから、始めたわ」

「すごいです、わあ、スッキリしてますね」


 仕事が終わって帰ってきたら、お母さんに「おじいちゃんの大好きな草餅買ってきたから!」と言われたので持って来た。

 すると離れの前の庭の雑草が綺麗になっていた。

 退院前にケアマネさんに「やる気になるかも知れないからそのまま置いておいて」と言われた庭の雑草。

 でもおじいさんは元の自分に戻れるか不安で元気を無くしていた。

 最近はやっと元気になってきて、やっと庭に少しずつ復帰出来ているようだ。

 私が縁側に座って草餅を見せると、


「ええなあ、食べたいわ。歯を治してよかった。食べたいものが食べられる」

「もお、おじいさん!」


 もう私は笑ってしまう。 

 緑茶を入れて縁側に座ると、おじいさんは美味しそうに草餅を食べた。

 私は今日お昼に見た見知らぬおばあちゃんの事を思い出して、


「早めに病院に行けば、大変なことにはならないですからね。少なくとも確率は減らせる」


 私がそう言うとおじいさんは私のほうを見て、


「……ずっと謝りたかった。逃げ回ってすまなかった。昔歯医者で痛い目に遭って……それから嫌いなんだ。でも紹介してもらったところは、もう何をするにしても麻酔麻酔で、あの歯医者から戻ると半日何も食べられない。でも痛くないから……まあ行ける」

「昔の歯医者さんって、結構痛いことしましたよね、わかります」

「そうだよ、針でガリガリしてさあ、口の中が血だらけになって、いきたくねーだろあんなの。一生いかねえって心に決めてたんだ」

「でも……良かったです」

「すまねえな。まさか歯からこんな怪我になると思ってなかったんだ」


 おじいさんは項垂れた。

 私は新しくお茶を追加して、


「もう良いじゃないですか。身体の悪い所も全部分かったし、あとは元気になるだけです」

「そうだよ、俺は心を入れ替えた。だって長生きせんとあかん。どうだい、透とは?」

 

 おじいさんは嬉しそうに私を見て微笑んだ。

 付き合いはじめてからすぐにおじいさんにも報告したけど、改めて聞かれると恥ずかしくなってしまう。


「……はい。毎日とても幸せです」

「かーーーっ!! 嬉しいねえ! 良い男だろ?」


 おじいさんがあまりに嬉しそうで私は照れてしまう。

 でも完全に同意なので、


「はい。仕事ができるのに優しくて、それに仁菜と私のことをすごく大切にしてくれます」

「そうかそうか、嬉しいねえ、透のことを好きになってくれたのが菜穂ちゃんで。いやーー、最近俺、思うんだ。落ちて良かったって!」

「あはははは! おじいさん、それはちょっと」

「怪我の功名だ。落ちて良かった、治すぞ!」

「あはははは!」


 私は笑いすぎてお茶をこぼしてしまいそうになる。

 でもおじいさんが事故に遭わなかったら、年に一度正月にしかここに戻ってきてなかった透さんに会えてなかったと思う。

 上司の実家が近いことも知らず、こんなに素敵な人だということも知らず、ただ仕事をしていたと思う。

 私はおじいさんに向かってそれを伝えて、


「もう絶対怪我しちゃダメですけど、それは少しだけ感謝してます」

「いや本当に嬉しいよ。良かった。透はなんか何をしても楽しくなさそうでな……。部活もしない、遊びもしない、ただ家でずっと家事をして、学校にいって……資格の勉強とか、そんなんばっかやった。俺の息子がアホすぎて、俺は子育ての才能なんて無いってめちゃくちゃ怖かったけど、本当に良かったわ」


 おじいさんはしみじみと静かに嬉しそうに語った。

 そして庭を見て、 


「俺さあ、やっぱり本家戻ろうと思ってるんだよ」

「えっ、あ、やっぱり離れは淋しいですか?」

「いや、この離れをぶっ壊して、透と菜穂ちゃんの家を建てる」

「はい?!」

「もう老い先短い。だから最後に透と菜穂ちゃんが仲良く暮らしている姿を見てから棺桶に入る」

「おじいさん、ちょっと何を言ってるんですか!」


 さっきまでしんみりと良い話をしていたのに、突然ぶっとんだ話になってきて、私は慌てて止めた。

 おじいさんは軽く笑いながら、


「まあ半分本気で、半分はやっぱりあっちのが慣れてるからな。普通に玄関から入れりゃいいけど、本家にはいる石畳……あれ、めちゃくちゃ滑るんだよ。俺、なんであんな石を玄関前に積んだんだ……30年前の俺を殴りたいよ……」


 半分本気が気になりつつ、やっぱりあっちのが慣れてるよね……とは思う。

 私は気を取り直して、


「あの石、濡れると滑りますね」

「最高級品の御影石なんだ。入れた時は誇らしかったね、俺も玄関に御影石を使えるなんてって。でも30年たってツルツルだ。俺が元気な時はなんとも思わなかったけど、ありゃだめだ。石屋の滝さんに今スリット加工って言ってな、傷をつけて滑らないようにする加工を頼んでるんだが、時間がかかるって言われてよお……」

「結構な長さありますよね、大変な気がします」

「いやもう滝さんには頼んだ。そんで俺は俺で、離れから本家までの道でリハビリする!」

「はい?!」

「この木の横をまっすぐ進むと本家に行けるの知ってるか?」

「あ、はい……細い道ですよね、なんとか繋がってるけど……みたいな道ですよね」

「菜穂ちゃんの家の裏も歩けたし、行けると思うんだよな、付き合ってくんねーか?」


 私も一度歩いたことがあり、獣道まで酷くないけど、それなりに大変だった記憶がある。

 でもおじいさんの決意は固そうだ。それに「あっちのが慣れてる」やっぱり家族がいないと淋しいのだろう。


「ゆっくりですよ。それに無理そうだと思ったら戻りましょう」

「分かった」


 おじいさんは健脚だった頃はよく移動していた道のようで、私と一緒にゆっくり歩き始めた。

 ちょっとした山道……は言い過ぎだけど、木の根っこがあったり、上に大きな枝があったり、突然大きな石があったり、簡単ではない。

 私は安全を確認しながら進み、その後ろをおじいさんが杖をつきながら器用に進む。

 蜘蛛の巣があったり、木が育ちすぎていたり、雑草が生い茂っていたり……それなりに大変な道を進み、40分ほど歩いて本家に到着した。

 おじいさんはドヤ顔で縁側に座り、


「ほら、行けた」

「おつかれさまでした……って、大変すぎませんか」

「いや、疲れたな。こりゃ往復は無理だ。今日は行く日、明日は帰る日にするか」

「おじいさん、これひとりじゃ危ないから、絶対私か彩音さんか透さん、誰かと一緒にしてください」

「分かった、分かった。ひとりではやらん。さすがにもう迷惑かけられんわ」

「こうやって一緒に歩くのは迷惑じゃないですからね」

「仕事場を歩く、木の状態が分かる、することが見つかる……これが俺にとって最高のリハビリだ。菜穂ちゃん付き合ってくれてありがとうね」


 そう言っておじいさんは目を細めた。

 本家の縁側で話していると、声を聞いた彩音さんとリュウくんが出て来た。


「えっ、じいじなんでいるの? ワープ?!」

「離れから歩いてきた」

「え~~?! そんな秘密の道あるの?! リュウ行く!!」


 そう言ってリュウくんは今私たちが歩いてきた道をダッシュで走って行って、なんと5分もかからず戻ってきた。


「迷路みたいで楽しい!」

「速い!!」

「ありえんだろ」

 

 私と彩音さんは爆笑、おじいさんは驚いてしまう。

 健脚だったらその程度で行ける道……? と思うけど、その後彩音さんがしてみたら往復で15分くらいかかった。

 やっぱりリュウくんが特殊なんだと思う。

 おじいさんは今日は本家で泊まり、明日離れに向かって歩き、離れに泊まると決めた。

 彩音さんは、それをするときは誰かと一緒の時と約束させて、リハビリとして付きそうことにした。




「ただいま……ってじいさん?!」

「よお、透。おかえり。離れから菜穂ちゃんと一緒に歩いてきた」

「……そこまで回復したのか」


 帰ってきた透さんは私の方を見て目を丸くしたので、私は無言で頷いた。

 透さんは染み出すようにゆっくりと優しく、


「ただいま」


 とおじいさんに向かって言った。

 おじいさんは透さんの方を見て、


「こっちで透におかえりって言えるの、久しぶりだな。おかえり」


 と答えた。

 私はそれがなんだか嬉しくて、彩音さんと台所で少し泣いた。

 そして透さんと私と彩音さんでおじいさんが大好きなシュウマイを作った。

 おじいさんはリビングで走り回っているリュウくんを見て、


「……うるさいくらいが丁度ええわ」


 と静かにお茶を飲んでいた。

 やっぱり淋しかったんだと思う。

 本当によかった。





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― 新着の感想 ―
>嬉しいねえ、透のことを好きになってくれたのが菜穂ちゃんで。  ああ、うん。本音だよね(^^)
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