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心、知られてしまって

「では、はじめますか」

「よろしくお願いします!」


 私は頭を下げた。

 今日は石神井店の大型店内レイアウト変更の日だ。

 石神井店はずっとPOSレジを入れるのを拒んでいたが、最上くんが手動でデータを収集した。

 それを見て商品を変えた結果かなり売り上げが持ち直し、店長はPOSレジの導入を決めた。

 それに伴い店内のレイアウトも若い人が入りやすいように変更することになった。

 何日も店を休みに出来ないので、こういうときは一日だけ休みにして私たちも集まって一緒に作業をする。


「最上くん、これどこを見ればいいの?」

「これはですね、ここたくさんデータあるんですけど、ここだけ見ればいいです」

「え。もうそういう風にできないの?」

「出来ますね。しましょうか」


 最上くんは腰に不安を抱えているので作業はしない。

 でももう早速導入した最新型のPOSレジの使い方を店長に教えている。

 店長さんは「そんなの要らないよ」とずっと拒んでいたけど、商品を入れ替えたことでお客さんが増えて本当に喜んでいる。

 

「これ! 見なよ……底にアストンマーティンのコラボ酒、デザインカッコ良くない?!」

「やっばいですね。瓶がカッコ良すぎます」

「これ2万円。車好きが入ったっていうから仕入れてみたら……売れたんだよ!」

「マジすか」

「俺だってこんなの売れると思わなかったよ」

「あ、じゃあこれ知ってますか? ベントレーとスコッチがコラボしたんですよ」

「え、ヤバ、これウイスキーなの?」

「車好きの中でめっちゃ有名なんですよ、ベントレーの廃銅使ってて水平デザインで」

「え、いくら?!」

「仕入れで50万ス」

「無理すぎる!!」

「え、じゃあこっちはどうスか?」


 店長と最上くんは車コラボのお酒について盛り上がっている。

 店長さんはただのお酒好きだけど、最上くんは高級車に詳しいみたいで、どんどん新しい商品を提案している。

 正直高すぎてうちの店に置けるものじゃないけど、出社さえ危うかった最上くんが楽しそうに営業している姿を見られるのが嬉しい。

 美香子が段ボールを奥から持って来て、


「さすがボンボン本社組。高級車に詳しいねえ」

「美香子。もうそういうこと言わないの」


 私は背中を引っ張って一緒に作業しはじめる。

 私は高級車コラボのお酒なんて全く分からないので、これは最上くんの強みだと思う。

 わりと高級ラインのお酒が売れるのが分かってきたので、それ専用のガラス棚を置くことになった。

 だから今ある商品をすべて移動させて、午後にくるガラス棚に備える。

 棚の所にくると広瀬さんが作業していた。


「おつかれさまです」

「海野、おつかれさま。これ台車に載せられるかな」

「はい、やります」


 今日はもう午前中で終わらせるということで、来られる営業がすべて来ている。

 広瀬さんは異動が決まったので、こうやって一緒に作業できる日は限られる。

 なんだかそれが淋しくて、実は今日は他店舗に行く予定だったけど、変更してこっちに来た。

 広瀬さんはスーツの上着を脱いでいて、長袖シャツの袖をめくり、ネクタイとネックストラップをポケットにねじこんでいる。

 広瀬さんのこの服装……ちょっと好きなんだよな……と小さく思う。

 でも仕事場では切り替えると決めているので、私は無心でせっせと置かれたお酒を台車に乗せる。

 すると広瀬さんが重たい段ボールを載せて私の横に座ってじっと見て、


「(……そのネックストラップ、俺の部屋から持って行ったやつだ)」


 と私の首にぶら下げてあったネックストラップを見て言った。

 気がつかれた! 顔が熱くなるけど、私も小さな声で、


「(……実はこの紐……元々私が持ってたやつです)」

「(……やば)」


 広瀬さんはそう呟いて立ち上がって作業に戻った。

 そう、あの日広瀬さんの家から持ち帰ったネックストラップはもう廃盤カラーでもう販売していない。

 金具が壊れた紐は取り外し、私が元々広瀬さんを真似て買っていたものにして、本体は広瀬さんが持っていたものにした。

 営業一課から居なくなってしまうし、持って来て良かった……と先日変えたのだ。

 すぐに気がつかれて恥ずかしいけど、それでもやっぱりこれが首元にあると安心する。

 私が憧れていた広瀬さんのイメージがとても強いからだ。

 広瀬さんが棚から下ろしたものを、私は延々と台車に乗せて倉庫に運んだ。



「いやーー、みなさんに手伝って貰って新しい石神井店をはじめられそうです」


 移動が終わり新しいガラス棚が入り、冷蔵庫にはお酒にあう高級ラインの商品を詰め込んだ。

 冷蔵庫にはお酒のラベルがついたビールが並び、特殊店舗という感じがすごい。

 店長と最上くんは日本全国どころか、世界中から車のラベルがついたお酒を集めたみたいで「ここから先は高すぎて買えないものばかりです」と断言するほど集めきった。

 店長はPOSレジも嫌がっていたのに、先日からインスタグラムをはじめて、店内の写真を嬉しそうに撮った。

 そしてアップして、


「……ほら見てよ、お客さんたちが反応してる。この人たちみんなこんな部屋に住んでるんだよ-」


 そう言って良いねしてくれたお客さんの写真を見せてくれる。

 石神井店の駅の反対側に出来たデザイナーズマンションは部屋の真ん中に車庫があり、それを見ながら生活できるという部屋だ。

 そこには車を置く人、バイクを置く人、鉄道模型や、趣味のカバンや服を並べている女性もいた。

 美香子は目を輝かせて、


「すごいーー! ブランドのカバンとか自分で好きに並べられたら楽しいかも」

「究極の趣味人って感じですごいよな」

「香水のお酒とかありますよ。そういうのも売れるかも」

「美香子ちゃんいいね、面白そうだ」


 店長さんは嬉しそうに目を細めた。

 ここまで特化した店になったら、それはそれで強いと思う。 

 これで引き続き売り上げとデータを確認しながら、仕入れを変えていこうという話で終わった。

 店長さんはインスタを見ながら、


「広瀬さんなんて独り身で長く楽しそうに暮らしてるんだから、こういうマンション良いんじゃない? 似合うよ」


 広瀬さんはポケットからネックストラップとネクタイを出しながら、


「いえ、俺は大切な人と小さな家でもいい、のんびり暮らしたい派ですね」


 そう言って私のほうを見て目を細めた。

 身体が熱くなって、私は段ボールをパンチして片付ける。

 お酒瓶が入ってる段ボールは固い!

 美香子が目を輝かせて、


「え~~~イメージ通りです~~。私ものんびり田舎暮らしがしたいです~~~」

 最上くんはパソコンをいじりながら、

「ブランドのカバンを納屋に置くんですかね~~」

 とあざ笑い、ふたりはバチバチとにらみ合う。

 このふたり、最高に相性が悪い。

 石神井店での作業を終えて私たちはそれぞれの仕事に戻った。 

 やっぱりこうやって広瀬さんと一緒に作業できなくなるの、淋しいな。



「菜穂」

「広瀬……透さん、おつかれさまです」

「良かった、一緒の電車に乗れそうで」


 石神井店の作業が終わり、会社に戻って報告書を仕上げた。

 何店舗か回って作業して話を聞いて……なんとか帰れそうだと思ったら透さんからLINEが入った。

 一緒に帰りたいと言われて、新宿駅で軽く待ち合わせする状態になった。

 一緒に帰れるなんて嬉しいと思って、ネックストラップを外そうとしたら、そのまま地下街のほうに手を引っ張って連れて行かれた。

 こっちは百貨店があるけど、さっき横を通ったら、今日は臨時休業だった。

 それを伝えようとしたけど、透さんはその奥にある誰もいない通路に私を連れ込んで、突然抱きしめた。

 照明に消えている薄暗い通路で、上を通る電車の音が響く。

 透さんは少し身体を離して、私の唇にキスをした。


「!」


 優しく口づけて、そのまま強く私を抱き寄せる。

 腕の強さと唇の優しさにクラクラする。

 透さんは唇を離して、私の首元に指を這わせた。

 そしてネックストラップをツイと引っ張って、


「……これ、壊れてるのになんで持って行くんだろうと思ったら」

「……あっ……あの、これ実は……私が新人の時に広瀬さんのを真似て同じの買ってて……」


 話しているそばから透さんが私にキスをする。

 そしてそのままギュッ……と抱きしめて、


「そんなの可愛すぎるだろ。どうなってるんだ」

「! いえあの……広瀬さんが一課から居なくなるので……お守りです」

「信じられないくらい可愛い」


 透さんは再び私を優しく抱き寄せた。そしてゆっくりと顔を近づけて優しくキスをする。

 私を引き寄せる力が強くて、それなのにキスは優しくて甘くて、クラクラしてしまう。

 ここは従業員用の通路だろうか……今日は誰もいない。

 私は引き寄せられるままに透さんに抱きついて、何度もキスを返した。

 透さんは私を抱き寄せたまま、


「……じゃあ俺は菜穂が一個前に使ってたネックストラップを貰う」

「捨てちゃいましたけど」

「?! ……なぜなんだ……」

「だって、こっちのがいいから」


 そう言って自分の首に付いていたネックストラップを引っ張ると、広瀬さんは私をぎゅう……と抱きしめて、


「可愛い。めちゃくちゃ可愛い」

「気がつかれて……私はちょっとだけ恥ずかしいです」

「可愛い!」


 透さんが叫び、狭い通路に声が木霊して笑ってしまう。

 私と透さんは手を繋いで中央線乗り場まで走った。

 結構長い間キスをして抱き合っていたみたいで、お迎えが完全にギリギリになってしまった。

 電車の中で透さんは「なんで前のをすぐに捨てたんだ……俺が使いたかった……」とずっと私の首元にぶら下げたままのネックストラップを引っ張っていて、外すに外せなくて困ってしまった。でもそんな透さんが大好き。

 



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― 新着の感想 ―
甘すぎてひっくり返りました。 職場の昼休みに読んでたのにニヤニヤが止まらず……!
 独占欲の強い男の人(ヤンデレ除く)っていいですよねぇ(^^)
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